第二幕:ノアルスイユ侯爵家専用席⑥
「大丈夫ですか??」
圧倒的な強さにぽかんとしているアルフォンス達の傍に戻ると、少女は馬から飛び降りて、落馬した騎士に駆け寄り、甲斐甲斐しく介抱しはじめた。
年の頃は、16、7歳ほどか。
蒼い大きな瞳が愛らしい。
ぽわわわわ……と妙な音がしたような気がして、アルフォンスが振り返ると、女性には無駄に気難しいノアルスイユが、うっすら上気した顔で少女を見つめている。
見ると、サン・フォンも他の騎士達もだ。
既婚のクリフォードまでどさくさに紛れてぽわっていたので、アルフォンスは軽く頭をはたいて正気を取り戻させると、馬を降りて少女に名乗り、助けてくれた礼を言った。
少女は、戸惑いながらお辞儀をして、ジュリエット・フォルトレスと名乗った。
フォルトレスといえば、御料牧場の管理をしている男爵家だ。
アルフォンスも、男爵夫妻の顔くらいは知っている。
あの家にこんな令嬢がいたかな?と首を傾げつつ、牧場へと向かった。
牧場では男爵夫妻達に出迎えられたが、ジュリエットが一緒なのに気づいた男爵夫妻はあからさまに狼狽した。
なんぞ?と思いつつ、ジュリエットに魔犬の群れに襲われたところを助けてもらったことを伝え、怪我人や傷ついた馬の治療を頼む。
幸い、落馬した護衛も深刻な怪我ではなく、一段落ついた後の晩餐は、大いに盛り上がった。
もともと男爵家の支族の娘で、2年前に光魔法を発動させたことから男爵夫妻の養女になったというジュリエットは天衣無縫で朗らか。
乗馬が得意で、魔獣退治も得意。
だが、令嬢らしいことはほとんどしておらず、王都にも行ったことがないという。
確かに、食事の仕方でも敬語の使い方でも、正式なマナーとはちょいちょい違うところがある。
だから男爵夫妻は、ジュリエットを自分の前に出したがらなかったのかとアルフォンスは腑に落ちた。
晩餐もジュリエットは遠慮させるつもりだったようだが、ノアルスイユが引っ張り出したのだ。
別に同席者に不快感を与えるようなものではないし、地方公務で宮廷風の行儀作法に不慣れな人々ともよく接しているアルフォンス的には無問題だ。
と、ここでノアルスイユが眼鏡をくいーっと持ち上げて、王太子を救出した褒美として、まずはアルフォンスの帰都に同行し、王都見物をするのはどうかと言い出した。
とたんに、ジュリエットは眼を輝かせる。
慌てて辞退しようとする男爵夫妻に、ノアルスイユは王都での滞在は自分が責任を持って面倒を見るからとゴリゴリ提案し始めた。
そんなご迷惑をかけるわけにはと、さらにおろおろしている男爵夫妻に、何代か前にノアルスイユ家の支族の娘が男爵家に嫁いだことがあったのだし、赤の他人ではないとかなんとか必死すぎることまで言っている。
少し迷ったが、アルフォンスはノアルスイユを後押しした。
令嬢達には基本塩対応なノアルスイユが、ここまで前のめりになるのは珍しすぎる。
この機会を逃すと、次にその気になることは一生ないかもしれない。
それに、ノアルスイユは侯爵家の息子だが、三男だ。
貴重な光魔法があれだけ使えるのなら、男爵家の養女でも彼が娶るのは全然アリだ。
というか、突出した魔力を持つ下位貴族の娘を上位貴族の傍系が娶り、生まれた子が優れた魔力を持っていれば、本家が養子に迎える家系ロンダリングは、高い魔力を保つためによく行われている。
結局、アルフォンスの口添えが効いて、ジュリエットは王都に同行することになった。
「ところでアル様のお妃選びって、どうなっているんですか??」
明日は王都に着く馬車の中で、ジュリエットは訊ねてきた。
道中、だいぶ気心が知れてきたこともあって、つい、アルフォンスはジュスティーヌと結婚したいのだが、カタリナにみずから退いてもらわねばならないのだと打ち明けてしまった。
さすがに父と祖母のドロドロは口にできないので、さきざきを考えたらカタリナの面子を潰せないし、彼女も大事な友人なのだという話にする。
「ほへー……大変なんですね。
あ! もしかしたら、アル様と私が仲良い感じにしてるのを見たら、カタリナ様?が退いてくださるかもですよ?
女の人って、自分より格下だって思う子と並べられたくない人が多いから」
「「「それはどういう??」」」
男子三人の声が揃った。
「地元でめっちゃ人気の男子がいたんです。
その子の気を惹こうと、いろんな女の子達がバチバチやるような感じで。
でも、その男子が、女の子達から見ると格下?て思うような子と仲良くなったら、女の子達はさーって引いていって」
「あー……そういうことか!」
なんでかサン・フォンが反応した。
「いや、うちの騎士団で、令嬢達が競い合って差し入れに来るようなモテ男がいたんですが、ある時、団の舞踏会で、ちょっとアレな令嬢とベタベタした感じを出したら、びっくりするくらい誰も来なくなったことがあったなと」
アレな令嬢、例の嘘泣き令嬢みたいなタイプだろうとアルフォンスは雑に把握したが、しかし首を傾げてしまった。
「そういうものなのか?
好意を感じている相手が、自分より劣った者とどうかなりそうだったら、自分の方が良いだろうと逆に意地になりそうなものだが」
ノアルスイユが眼鏡をきらんと光らせた。
「殿下、そのあたりは男女差があるのでは?
好ましいことではないですが、女性は男性の所有物として扱われる部分があります。
自分より劣っている者と両天秤にかけられたら、資産としての自身の価値が暴落してしまうことになる。
だから、さくっと撤退するんではないでしょうか」
「「なるほど……」」
男子2人は感心し、ジュリエットは「ノア君、あったまいいー!」と拍手した。
ジュリエットにチョロいノアルスイユはふしゅふしゅになる。
「確かに、カタリナは、私が子爵家や男爵家の令嬢と話すのを嫌がるところがあるな……」
アルフォンスはあれやこれやと思い返して頷いた。
特に、可愛い系のタイプを警戒している気がする。
下位貴族出身で、可愛い系。
まさにジュリエットだ。
なんの縁もない令嬢ではなく、魔犬から助けてもらった恩があるのだから、目をかけてもおかしくない。
仮に、アルフォンスとジュリエットの仲が本格的な噂になって、ジュスティーヌに誤解されたとしても説明すればきっとわかってくれるだろう。
要は、カタリナにがっかりしてもらえればいいのだ。
アルフォンスがジュリエットを連れ歩けばすぐにカタリナの耳に入るだろうし、そこでカタリナが退いてくれれば、ジュスティーヌが聞きつける前に巧く事を収められるかもしれない。
今度こそいけるかもしれない、とアルフォンスはぐっと拳を握った。
「ジュスティーヌ様、カタリナ様が候補から降りてないのも、競い合うことがお互い恥にならない相手だからかもですねー……
それにしても8年って、いくらなんでも引っ張りすぎですけど」
希望に眼を輝かせるアルフォンスを、ジュリエットが軽く睨む。
「うぐぅ……」
アルフォンスは胃のあたりを思わず抑えた。




