第二幕:ノアルスイユ侯爵家専用席⑤
というか──
どうやったら退いてくれるのかともだもだしながらカタリナと接するうち、なぜ父がカタリナの方が王妃に向いていると言うのか、アルフォンスにもだんだんわかってきた。
若い貴族を中心に幅広い人脈を形成していているカタリナは、なにかあればすぐに耳に入るようで、あれやこれやとアルフォンスに教えてくれる。
以前は、そうした社交界の噂話をうっとおしいと思うこともあったのだが、それもまた、貴族たちがなにを考えているのか、誰が信頼できて誰がそれほどではないかを知る手がかりなのだ。
そして、カタリナの自信に満ちた、華やかな立ち居振る舞い。
仲の良い者相手に、わざと気取ってみせたりする表情も愛嬌たっぷりで、思わず笑ってしまう。
毒舌を吐くこともあるが、品位を失うことはない。
夢見がちな令嬢がアルフォンスに突撃してきても、華麗に捌いてみせる。
アルフォンスだと、ぽかんとして対応が出遅れてしまうし、ジュスティーヌもびっくりしてしまって、そういう突発時への対応は苦手だ。
一度、令嬢を泣かせたと騒動になったことはあったが、あれは腹いせにカタリナを悪者にしようとした嘘泣きだったとアルフォンスは知っている。
気がついたら、カタリナはアルフォンスにとって「大切な存在」になっていた。
大事な女友達というか、信頼できる仲間というか、なんと表現したらよいのかわからないが。
アルフォンスが愛しているのは、あくまでジュスティーヌである。
ここは揺らがない。
だが、カタリナも大事なのだ。
彼女を傷つけることは、できればしたくない。
そして、王妃には──おそらく、カタリナの方が向いている。
ジュスティーヌは学業にせよ魔法にせよ驚くほど優秀だが、人間関係のコントロールは苦手だ。
父のこともあるし、もしかしたら、ジュスティーヌは王太子妃、王妃にならない方が幸せなのではあるまいかとも、アルフォンスは思うようになってきた。
もし、アルフォンスに弟がいれば、王位をぶん投げて公爵家に婿入りするのだが──
などと、悩んでいる間にも、相変わらず、カタリナはアルフォンスの顔だけを褒めてくる。
気まぐれで驕慢な猫のように社交界を飛び回り、面白い情報を咥えて戻ってきては、アルフォンスをからかってくる。
今も「わりと本気で」自分のことが好きなのかどうか、アルフォンスにはまるで読めない。
ジュスティーヌの方は、アルフォンスと接する時はいつものように笑みを見せてくれるが、夜会の最中でも物思いに沈んでいることが増えてきている。
それはそうだろう。
アルフォンスを信じて、たゆまぬ努力を続けてきたジュスティーヌでも、さすがにここまで引っ張られたら不安になるのが当然だ。
早く、ジュスティーヌを安心させたい。
だが、どうやって父の条件をクリアすればいいのかわからない。
父と交渉しようとしても、「もう君にまかせたことだから」ととりあってもらえない。
そんなこんなで手をこまねいているうちに、近隣国への親善訪問が入ったりして、あっという間に月日が経ってしまった。
表立ってせかされることはさすがにないが、夜会に出れば、さっさと決めろと言わんばかりに、シャラントン公爵側からも、サン・ラザール公爵側からも、厳しい視線が飛んでくる。
特に、シャラントン公爵家の養子のドニ。
舞踏会でも、義姉上義姉上とジュスティーヌに話しかけ、隙あらばその手を取ろうとする。
シャラントン公爵はその様子を微笑ましげに眺めているだけだから、ジュスティーヌがドニと結婚して家を継げば良いと考えているのだろう。
最悪、カタリナより先に、ジュスティーヌが王太子妃候補から降りてしまうまでありえると、アルフォンスは焦りに焦って──蕁麻疹が出るようになってしまったのだ。
離宮では、まず、2日ほどひたすら寝まくった。
政務は父の鞄持ちのようなかたちで見習いをしているだけだが、傍にいるだけでは全然話がわからないので、予習復習が強烈に必要だ。
おまけに、地方の公務は結構任されているので、そちらの準備も必要。
正直、くたくただったのだ。
それからおもむろに、ノアルスイユやサン・フォンと離宮の傍にある湖で釣りをしたり、周辺で遠乗りをしたりと身体も動かす。
ついでに、王太子妃選びの件について、愚痴を聞いてもらう。
2人とも恋の駆け引きには疎い方で、なにか巧くカタリナに退いてくれるような考えが出てくるわけではなかったが、聞いてもらうだけでも気が楽になった。
そんなこんなでまったりと過ごせる日々も残り少なくなってきた頃、離宮から少し離れたところにある王家の御料牧場に、泊りがけで仔馬を見に行こうという話になった。
その道すがら、アルフォンス達は魔犬の群れに出くわした。
のどかな丘陵地帯をぽくぽくと進んでいると、不意に横合いから黒い影が先頭を歩んでいた護衛に襲いかかってきたのだ。
先頭の護衛は、声を上げる前に落馬してしまった。
どうにか受け身をとって転がり、抜刀しながら立ち上がった護衛を、とっさにファイアボールで援護する。
「殿下! 脱出を!」
「いや、ここで皆で倒す!」
護衛のクリフォードの提案をアルフォンスは却下した。
魔犬は、逃げる者をどこまでも追う習性がある。
この人数で後ろから追走される形になっては、逆に危ない。
魔犬は20頭近くいた。
馬上からだと斬りにくい上、味方を巻き込む危険があるので、範囲魔法も打てない。
何頭かは倒したが、魔犬はひるまず、連携しながらしつこく襲ってくる。
アルフォンスとノアルスイユは射線を気にしなくていい雷で、サン・フォンや騎士達を必死に援護するが、後手後手だ。
これは案外ヤバいのでは、と焦りはじめたところ──
「いま、助けるね!」
丘の上から凛とした声が響いた。
見ると、ピンク色に輝く髪をツインテールにした少女だ。
乗馬用スカートを穿いて、やたらデカい黒馬に跨っている。
「こっちへ来るな!
助けを呼んでくれ!」
叫び返した護衛のクリフォードをまるっと無視して、少女は丘を駆け下りてきた。
駆け下りながら、背中の矢筒から一本、矢を抜き出す。
その矢が光り輝いて、光がぐいいっと伸びたと思ったら、群れの長であるひときわ大きな魔犬に突っ込んだ。
一閃、魔犬が両断されて宙を舞う。
「光魔法か!!」
そのまま駆け抜け、馬を返して二閃、三閃。
2mほどに伸びた光の鞭が振られるたびに、二頭、三頭、まとめて魔犬が吹き飛ぶ。
瞳をきらめかせて全力で突っ込んでくるので、魔犬が襲われているのか、アルフォンス達が襲われているのかちょっとわからなくなるほどだ。
アルフォンス達があわあわと逃げ惑っているうちに、魔犬の群れは総崩れになった。
「逃さない!」
少女は今度は矢を半弓につがえ、中空へと放った。
放ったのは一本だけだったのに、十数本の光の矢が降ってきて一目散に逃げようとした魔犬達を一匹残らず射抜く。
あっという間に、男6人が苦戦していた魔犬の群れを少女は殲滅した。
謎の少女、つよつよである。




