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第2話 魔女を吊るせ。いや、ひん剥こう



 授業が終わって尚、教室には半分強の生徒が残っている。部活動等で即時出立な用事がある者以外、全員がこの地に座している按配だった。

 その中には無論、協調性Eである私も含まれていた。関わりたく無いのは山々であるも、「出来ればお願い」というカースト上位者が振う強権に、私程度のガガンボが逆らえるはずも無く、隅っこでボッチである。

 因みに、先日、私に溜息を吐いたあの少年は、この場にいない。まあ、見るからに、美術部だし。名前は……まあ、いいか。

 で、主催者、曰く。


 曰く。


「……もう、本当に限界なんだけど」


 女子のリーダー格で、実際に委員長でもある佐藤さんが、冒頭で現状を憂いた感想を口にした。彼女の言葉に他の女子たちも一斉に頷いて、男子たちを睨みつける。会議はこのように、こうして始まった。


 さもありなん。議題は勿論、「スカートめくり」についてである。さすがにいくら何でもいい加減にしろってことで、委員長の佐藤さん主導のもと、担任を交えない、クラスメイト全員参加の自主的なクラス会が開かれたのだ。未だうちのクラスだけ侵食しているパンデミックを終わらせるために、彼女たちが動いたのである。


「とにかく金輪際禁止!セクハラだし、犯罪だし、まだ続けるようなら、出るとこ出るからね!」


 委員長の言葉には取り付く島もない。出るとこって何処だろう。個人情報保護委員会とか、その辺りかな。


「でもさぁ……」


 おサルさん筆頭として槍玉に上げられている田中君が何か言い掛けて、でも返す言葉もなく引っ込めた。

 男子と女子、クラスを二分する対立、と言いたいところだが、残念ながら、異性に不自由しなさそうなクラスのイケメン軍団は、女性陣の味方である。イケメンはきっと心もイケメンなのだろう。数の上でも劣勢だった。


『がんばれー』


 教室の端っこ、目立たない所で佇む私は、密かに心の中でサル軍団を応援した。別に肯定派だからというわけじゃなく、実際はどうでもよかったから、いわゆるところの判官贔屓ってやつである。

 せっかくの成功体験を手放したくないという未練だけで反抗する彼らに、佐藤さんは更に畳み掛ける。


「ひとの嫌がることはしない! 当たり前でしょ!」


 正論である。勝負ありかと思われたが、このタイミングで伏兵が現れた。めくり回数では二番手、田中君の右腕と呼んでも過言では無い鈴木君が発言する。


「じゃあさ、嫌がらないやつなら、どうなの?」


 この一言によって皆の視線が一斉に私に向いた気がした。いや、実際、物理的に首のベクトルがこちらに向けられている。


「そ、そうだ!朝倉はぜんぜん嫌がってないぞ!」


 と、鈴木君の値千金なターニングポイントとなる疑問に、お調子者の田中君が続いた。彼が語る朝倉なる人物が誰を指しているかというと、たぶん私である。


「この前なんて、スカートめくったら、お礼されたぞ」


 いやいや、わざわざこの場で指摘するつもりはないけど、それは捲ったことに謝辞を示したわけじゃなくて、事実は機械的な返礼というだけの話である。


「朝倉さん」


 天下の委員長様が、遂にモブたる私の名前を呼んだ。

このクラス会にて、真に吊し上げられるべき悪党が誰であるか、その本命が遂に壇上へ上がった瞬間である。

 是非も無し。クラスでスカートめくりが流行り続けている元凶は、意図せずとも絶えず餌付けを行なっていた私にあるのだろうと、そのぐらいの自覚はある。ヒトと話すのは苦手オブ苦手だが、仕方ない。


「はい、何でしょうか」


 教室の隅で背景に溶け込んでいたモブが矢面に立つ。そんな私に、佐藤さんが語り掛けるわけだが、


「朝倉さん、大丈夫?無理してない?」


 と、何故か口調が優しい。おや?


「アイツらあんなこと言ってるけど、気にする必要なんてないのよ。嫌なことは嫌と言っていい。私たちみんな、あなたの味方だから」


 慈愛に満ちた彼女の、それに同調する彼女たちの視線が痛い。なるほど、と、そこで私はそこで理解した。

 彼女のたちのそれは、軽蔑というよりは、むしろ「怪物に囚われた可哀想な犠牲者」を見るような、湿り気を帯びた同情の視線だった。こじんまりとした体躯である私は、きっと怯えるウサギのように見えたのだろう。私が自分を敢えて同じ齧歯類に例えるならヤマネなのだが、もちろん彼女たちは知らない。


「えっと………」


 周りは沈黙。明らかに私の答え待ちである。期待の眼差しを向ける清純な戦乙女たちと、反して、この空気に押されてバツが悪そうなゴブリンズが見える。

 だったら乗るしかないな、このビッグウェーブに!

―――と、出来たら出演の皆様も納得して大団円で閉められるのだけど、生憎と、私はモブ子である。ヒロインの気持ちはわからない。実感を伴わない言の葉は空虚であるし、何よりも真面目な彼女ら、ついでに彼らにも失礼だろう。私のこの「どうでもいい」という答えに、皆が膝を打って合点する理由を少し考えてみる。


「…………」


 考えてみた。

 直ぐに面倒になった。

 所詮、私だった。


 代わりに、誰にでも理解が簡単な、定番として何処かで聞いた事がある台詞を選択する。それなら問題なかろうと、声帯に伝達する。私は、


「べつに、減るものじゃないし」


 そう答えた。

 物理的に欠損するわけでも、機能が損なわれるわけでもない。摩耗すらしない。ただの、使い古された容れ物である。見られた如きで、減りはしない。或いは、無い袖は振れない、といった感じだろうか。

 こうして、私なりに金言のつもりだったが、


「っ!」


 おかしい。佐藤さんを見て、目を丸くするという言葉が写実描写であると、私は初めて知った。

 一瞬の静寂。と、遅れて爆発的に拡がった騒めきが、茜射す放課後の教室を支配している。

 私は別に鈍感系ラノベ主人公でも無いので、私が導き出した答えが皆の普通の一致しないことを何となく気付いていたが、リリカルな若人たちの反応は予想以上であるようだ。ヒソヒソザワザワの中身は間違いなく私の話題であるのに、私と会話しようとする者は誰もいない。ボッチの面目躍如である。田中君たち一派は何故か私に拝んでいるが。そんな中、


「やっぱりあの子、◯◯◯◯なのよ……」

 

 と、先程までの熱が反転して、冷めた理解を口にする者が女子たちの中にチラチラといる。目を丸くした後に何やら考え込んでいる委員長も、おそらくはそのうちの一人なのだろう。但し、


「そう。そういう子なのね。だったら………」


 彼女の感想、というか、思考のベクトルは、建設的な方向に向けられているのが、その呟きで解った。台無しにした私の発言を吟味した上でこの混乱、ひいてはこの流行り病を終息させる新たなプランを練っている。

 迷っている、若しくは、躊躇っている素振り。

 しかし、時間は有限である。やがて、


「朝倉さん」


 その声は良く響いた。

 騒めきが止み、皆の視線が集中する。


「これが最後よ。もう一度訊くわ。あなたはこれからもずっとスカートをめくられ続け、下着を見られ続けて、恥ずかしい思いをするのよ。それでいいの?」


 彼女のその言葉には含みがあった。その意味を理解した私は、深く考えること無く即答する。


「いいよ」


 それが決定打となった。


「そう……本人がいいって言うなら、私たちはもう文句言わない。その代わり————」


 田中君たちに向き直って、決定を伝える。


「いい? 他の子には絶対しないで。スカートをめくりたくなったら、あの子で我慢して!」


 私を指差しながら。


 その後の会議は驚くべきスムーズさで進んだ。女子たちは、自分たちの平穏を守るための「生け贄」として、私を差し出すことに決めて、その一方、男子たちは遊びを継続するための「免罪符」として、私を受け入れた。結果、我がクラスの総意として、ある一つの奇妙なポストが誕生したのである。


「こ、この度、『スカート捲られ係』に就任した、朝倉まゆ、です。よろしくお、お願いします」


 スカート捲られ係。

それは、学級日誌に載るような正式な係ではない。けれど、この教室においては、図書係や保健係よりもずっと重要で、実用的な役割である。


「はい。みんな拍手」


 こんな長文を喋ったのは久しぶりで、私は私なりに頑張ったつもりなのだが、拍手はまばらである。


「せっかくだから、あんたたち、就任祝いに今、やっちゃいなさい!」


 佐藤さんは私のスカートの端をちょっと摘み、ヒラヒラさせながら、田中君たちに言った。


「どうぞ」


「い、いやぁさ………」


 私も便乗して促すが、彼らの反応は鈍い。

 クラス全員という衆人環視のもとでスカートめくりを実行するのは、どうやら恥ずかしいらしい。

 すると、


「だらしがないわね。こうするのよ!」


 彼女は豪快に、その中身が全員の目に留まるぐらい高く、私のスカートをめくり上げた。

 一度こうと決めたら、女の方が肝が据わっている。

 結論を言おう。残っている生徒は皆、確認した。


 魔女は黒である。


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