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9 男子生徒阿久津漣の事情

9 男子生徒阿久津漣の事情


 阿久津漣は学校で暴れるような問題を抱えた生徒ではない。どちらかというと地味な存在だ。ただ反抗期で斜に構えているだけなのかもしれないし、文学少年のように物思いにふけっているだけなのかもしれない。この変態教師騒動の中でも、一人自分の世界の中に閉じこもっているようだった。彼はホームルームの時間、窓の外をぼんやりと眺めているだけであるが、それが白鳥にとっては不気味に映ってしまうのだ。

 阿久津の両親はいたって物静かな人たちだった。父は役場に勤める公務員で、母はスーパーマーケットでパートタイマーとして働いていた。阿久津は両親を慕っていた。そう、それは現在ではすでに過去形になっている。彼が小学校5年生になるまでは、確かに両親を慕っていた。他の親よりもずっと心のきれいな尊敬できる人だと思っていた。

 阿久津が住む官舎は六畳と四畳半の二間で、六畳間には巨大な仏壇が壁一面を占拠していた。六畳間全体があたかも巨大な仏壇の収納庫と化していた。親子三人で食事をするのもテレビを見るのも寝るのも、生活の一切合切をとり行うのは四畳半の部屋だった。

 白鳥が家庭訪問した時も、この四畳半の部屋に通された。この時、四畳半にあった小さなタンスは白鳥が来る前に一時的に六畳間に避難されていた。

 阿久津は子供心にどこの家でも仏壇が一番大切にされ、自分の家と同じくらい大きいんだろうと思い込んでいた。両親が朝晩、仏壇にご飯を供え、敬虔にお祈りする姿を見ると、仏壇の大きさこそが、人間の善良さの物差しになっているように思えた。大きなテレビやテーブルを持つ人は、心の中は貧相なのだとさえ思っていた。

 仏壇が大きいことで不自由を強いられているのは、神様が我々に試練を与えているからだと考えた。もしかするとある時期に親からそう教え込まれたのかもしれないが、そのことは定かではなかった。そんな阿久津でも、たまに仏壇がなければ六畳間で手足を伸ばしてゆったりと寝られるのに、という考えが頭をかすめることもあったが、それが浮かんだ時は瞬時に打ち消すようにした。心が汚れるように感じたからだ。

 阿久津は両親に連れられて毎週日曜日の午前に教団の集会へ出かけた。正直に言うと友達と遊びたかったけれど、遊ぶことを我慢することが気高いことのように思えた。これもおそらく親に吹き込まれたことなのだろうが、それがいつ頃なのかは忘れてしまった。我慢すること、そしてそれを表に出さないことが人間の魂を高めていく、幼いながらそう信じるようになっていた。魂という言葉の意味は、今でもわからないのだけれど。心と魂はどう違うの? いつかネットで検索してみよう。

 小学校に入学してしばらくすると、ぼくは学校で線香臭いと言われてクラスの仲間にからかわれた。その場は担任の先生がとりなしてくれたが、ぼくは自分のセーターを引っ張ってにおいを嗅いでみた。何もにおわなかった。次の日も、その次の日もぼくは線香のにおいでクラスのみんなからからかわれ、ぼくは毎日泣いた。ぼくだって線香のにおいくらいわかっている。だって毎朝、両親が巨大な仏壇に線香を供えるからだ。だけど、セーターからはそのにおいはしない。ぼくの嗅覚は人よりも劣っているのではないか、とそっちの方が心配になった。神様、どんなことにも耐えていい子にしていますから、ぼくにハンディキャップを与えないでください。

 しばらくして、担任の先生が両親に何か言ってくれたのかどうかわからないが、ぼくが学校に出かける前には、両親は線香を焚かなくなった。ぼくは同級生からからかわれなくなった。

 信者の人たちとバスに乗って遠くにある本山に泊りがけで出かけることがあった。バスの中でみんなうっすらと笑みを浮かべていたが、世間話をするわけでもなく、終始無言で何を考えているのかわからない人たちだった。始めてかれらに薄気味悪さを感じた。

 ぼくは旅行中渡された一冊の漫画本を何度も何度も繰り返し読んだので、中身を全部覚えてしまった。神様が地獄から我々を助けてくれるという子供ながらにしてもあまりに単純だと思える物語だった。この本を読んでも、天国にそれほど行きたいとは思わなかったけれど、それかと言って痛みや苦しみの伴う地獄には落ちたくないとも思った。

 小学校3年生になって、運動会の時、ぼくの運動靴がとてもぼろだったので、我家がよその家よりも貧乏なことを自覚した。そして貧乏なのは教団に入っているせいではないかと思えてきた。しかし、両親はいつもうっすらと笑みを浮かべて優しい顔をしていた。ぼくが悪いことをすると一瞬きつい目つきになることがあったが、即座に「しまった」というように思い直し、いつものようにうっすらと笑みをたたえた顔に戻る。まるで、神様から感情を表に出すことが禁じられているかのようだ。もし、感情を外に出したら刑務所に入れられるのかもしれないし、死刑になるのかもしれない。そんなことをして死んだら、地獄に行って一生(生きているわけではないので一生という言い方は正しくないのかもしれないので、永遠と言った方が正確なのかもしれない)、地獄で苦しまなくてはならなくなるだろう。それを考えたら生きている間中は辛くても作り笑いをしている方がよっぽどましなのかもしれない。だって、一生は有限だけど、あの世は永遠だからだ。永遠という無限の時間の長さには誰にも耐えられない。だから、この世では演技をしてでも、いろいろなことに我慢した方がいいんだ。だって、永遠は一生の千倍、万倍、億倍、もっともっと数えらないくらい長いんだから。想像するだけで体が震えてくる。

 小学校5年生の時、親戚の人が我が家にやって来て、父と母と激しく口論になった。親戚のおじさんは「こんなろくでもない宗教はやめろ。どれだけお布施をして貧乏になったら気がすむんだ。あの花瓶だって200万円もしたそうじゃないか。あの掛軸は300万円だろう。この湯呑茶碗が5万円。隣の部屋の巨大な仏壇は今でもローンを払っているそうじゃないか。そんな金があったら、子供に服の一つでも買ってやれ。ぼろを着てかわいそうじゃないか。人並みの生活をしろよ。いい加減に目を覚ませ。もう十分に償っただろう」と言った。父と母は親戚の人を「無間地獄に落ちろ」と大声で罵って、「二度と家に来るな」と言い放った。親戚のおじさんが帰ってからも、両親はしばらく興奮が冷めないようだったが、しばらくして、くしゃくしゃな作り笑いをぼくに向けた。

 この時、なぜかぼくは学校で見た操り人形を思い出した。両親が誰かに操られている人形のように見えてきた。この世の善良な人間は、みんな操り人形かもしれない。神様が操っているの? もしかしてぼくも操られているの? この時僕は神様の糸を切ってしまいたいという衝動に駆られた。

ぼくには本当の親がいないのかもしれないし、どこか遠くに連れ去られ隠されてしまったのかもしれないと思うようになった。目の前にいるのは、親の代わりに遣わされた操り人形なのか、もしそうでなかったら、変な薬を飲まされて作り笑いをするようになった狂った親たちなのかもしれない。もちろん最近は、親たちが教団に洗脳させられていることがわかっている。

 我家には今でも巨大な仏壇があり、両親のつくり笑いは変わっていない。親たちは朝晩仏壇に手を合わせている。6畳間には気づかないうちに強力な換気扇がつけられていた。

 両親をこのように仕向けた大きな不幸が過去にあったのだろうか? 早くして亡くなったぼくの兄弟がいるのだろうか? 両親は何か不幸な事故にでもあったのだろうか? そんな話は聞いたことがない。不幸がなくてもこんないかさま教団に入ることってあるのだろうか? 人間は弱いから、なんでもいいから救いを求めるのだろうか?

 花瓶や掛軸は許せても、こんなに大きな仏壇は我が家にはいらない。釣り合いというものがあるだろう。小さな仏壇だったら、ぼくだって気にはしない。もしかすると仏壇ではなくて、テーブルやテレビだって部屋を占拠するような巨大なものだったとしたら、ぼくは嫌だ。それぞれの家具は部屋に適合した大きさというものがあるはずだ。この巨大な仏壇が入るのはお寺しかない。もしかするとこれはどこかの寺から盗んできたものではなかろうか? それならば、どこかのお寺に黙って戻して欲しい。それができないならば、できるだけ早く廃棄物としてどこかに捨てることだ。山の中でもどこでもいいよ。そうすれば家の中がすっきりするじゃないか。

 ぼくはこんな大きな仏壇があるために、これまで友達を家によぶことができなかった。ぼくだって心の奥底でわかっていたのだ。仏壇を見られることが恥ずかしいってことを。だからぼくには友達ができなかったんだ。

 ぼくは両親に表立って反抗したことがない。それでも、中学生になってからは、両親と一緒に仏壇に手を合わせることがなくなったし、日曜日に集会に出かけることもなくなった。ぼくはクラブ活動があるからと言って集会に参加しないのだが、毎週日曜日にクラブ活動があるはずがない。中学生のぼくは、日曜日の午前中は公園のベンチに座って本を読むようになった。天国も地獄も出てこない本だ。

 ぼくは集会に出なくていいように、中学校に入学したら何のクラブでもよかったんだけど、たまたま最初に勧誘された卓球部に入部した。両親もクラブに入った理由は薄々わかっていたはずだけど、それについては何も詮索してこない。ぼくとの間に波風が立つのがいやなのだ。触らぬ神にたたりなしである。

 今でもぼくには集会に集まる人たちがみんな操り人間のようにみえる。みんな両親と同じように作り笑いをしている。本当の笑いはどこにもない。人間にはもっと屈託のない笑いがあるはずだ。小学校に入学した頃、教室で天真爛漫な笑いをいっぱい見た記憶がある。でも、いまでは学校でもみんな計算したように笑いを作っている。誰にも嫌われないようにだ。先生だって、生徒に好かれるように感情を表に出さず、腫れ物に触るように接している。大きな声で笑うのも、どこか演技のようだ。互いに演技力を試しているかのようだ。ここまで言ってしまうとぼくの考えが極端なのかもしれないと思えてくる。みんなそれなりに人間関係をうまくやっているからだ。ぼくもみんなとはそれなりにうまくやっていきたいとは思っているんだけど、どうしたらいいかよくわからない。だけど、事を急ぐことはない。そのうちきっとうまくいくようになるんだ。いまは、こうして窓から広がる景色を見ているだけで気持ちいいんだから。

 もちろんこんなぼくだから、ぼくをいじめたい奴が登場することはあるよ。ちょっかいを出されたらどうするかって? どんなことをされても、薄気味悪く笑うだけさ。これだけは上手だからね。みんな不気味がって二度とぼくにちょっかいを出したりはしないよ。もしかすると両親も社会からいじめられて、その防御のためににんまりと笑っているのかもしれないね。それならぼくも両親と一緒じゃないか。でも、ぼくにはあんな巨大な仏壇は必要ないよ。祈らなくたって生きていけるんだから。

 白鳥先生はとってもいい先生だ。今までに会った先生の中で一番良い先生かもしれない。だけど、ぼくの家の仏壇を撤去してくれたりはしないだろう。先生がすべての問題を解決してくれるわけではないことくらいわかっている。それなのに、先生は「何でも相談してごらん」と言う。もし相談したら、ぼくと一緒に夜中に仏壇を廃棄物処理場に捨てに行ってくれるだろうか? それとも人にわからないように、山の中に捨てに行ってくれるだろうか? そんなことしてくれないだろう。それじゃあ、相談しても駄目じゃあないか。

 ぼくは高校を卒業したら家を出て行く。ぼくが仏壇から去っていくんだ。今はそれだけを考えているんだ。

 同じクラスの江川さくらは明るい。屈託のない女の子だ。授業が終わったら必ず白鳥先生に質問に行く。彼女の笑顔はいい。決して作った笑顔ではない。もしぼくがもう一度人生を始められるなら、彼女のように天真爛漫な子に生まれてきたい。きっと両親も明るい人なのだろう。決して無理して薄ら笑いを浮かべてはいないはずだ。それにまかり間違っても、彼女の家には巨大な仏壇はないはずだ。

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