七話 自覚
翔が足の手錠を外した後、光一は自分の手錠も外してもらった。
「手錠なんて外せたのか?」
光一は両手で自由になった感触を味わいながら尋ねた。
「できたみたいですね」
「なんだそれ。できると思わなかったみたいな言い方だな」
「ぶっつけ本番ですよ。鍵の形をイメージして、ロックしている部分だけを外そうとすれば成功しました」
「へえ。やるな」
「でしょう! 僕は天才ですからね!」
体が自由になったからと言って安心はできない。まだこの部屋からどのようにして脱出するかという問題が残っているからだ。
この部屋には使えそうな道具はない。
あるのはベルトの内側に仕込んでいた極薄のステンレスナイフやクリップなど、自分たちの身体のみだ。
いくらなんでもこの装備では扉や壁は破壊できない。
手詰まりであることに変わりはない。
「では部屋から出ましょうか」
「出る、だと?」
光一に動揺が走る。
自分は諦めていたというのに、翔はあっさりと当然のようにできると言い放ったからだ。
「ええ。光一さん。その椅子なんですが」
翔は自分たちが拘束されていた椅子を指さす。
椅子は鉄製で動かせないように床に固定されてある。
「足の部分、脆いので光一さんが蹴るか何かしたらたぶん壊れますよ」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「この椅子って元々固定されているわけじゃなくて、後からくっつけられたものなんですよ。接地面を見ればすぐにわかりました。それに加えて椅子自体にもかなりガタが来ています。座った状態じゃ無理でも、自由に体を動かせる今なら壊せるはずです」
光一は改めて椅子を観察した。確かに椅子には錆が張り付いている。変色している部分も多い。接地面の違いはわからないかったが、椅子が脆そうだということはわかった。
「だが、これを壊したとしてどうする? まさかこれで壁を壊そうっていうのかよ」
「そのまさかですよ」
「いや、いや無理だろ。それは無理だ。俺の力で壊れるようなもんが壁の固さに勝てるとは思えない」
「ちょっとずつ壁を削っていけば可能だと思いますが、そうまで言うなら代案があるんですか?」
「……あるわけじゃないが、そうだな。それこそ翔が超能力で鍵を開ければいいんじゃないか?」
「……確かに。それは盲点でした! 早速やってみます」
翔は椅子に拘束されていた時のように沈黙し、集中し始めた。
光一はその間に椅子を破壊することにした。翔が成功するか失敗するかは未知数だ。失敗したとなれば翔の提案した「椅子で壁を壊す」案を進行させる必要がある。
自分が座らされていた椅子の脚を見る。
四本のうち一番錆が濃い脚に、前蹴りの要領で靴底を強く当てる。
ゴギン、と音が鳴った。
光一の予想では自分の足が跳ね返されて終わりだったのだが、なんと一撃で椅子の脚を折ることに成功してしまった。
腐っても鉄の椅子を壊せるとは思ってもみなかったので光一は驚いた。日ごろから鍛えていた意味があった、ということだろう。
一本折れたのなら後は簡単だ。椅子を捻じりながら、同じように前蹴りで一本ずつ破壊した。二本目はかなり固かったが、五回ほど蹴りを繰り返せばあえなく折れてしまった。
完全に椅子が地面から外れると、
「い、けました!」
と翔が歓喜の声を上げた。今度は二分ほどかかっていた。手錠とは違う構造のため少し時間がかかったのだろう。
「すごいな」
「ありがとうございます! 開けますね」
言って、翔はドアノブを掴む。捻って押すと、あっけなくドアは開―――かない。
奴らはドアの鍵をかけただけでなく、鎖を使っていた。手錠を外されたことを想定していたのだろう。頭がおかしいわりに警戒心だけは高い。
「外はどうなってんだ?」
「わかりません。たぶん山の中ですね」
「代わってくれ」
光一は翔に代わりドアの隙間から外を覗いた。
見えたのは眼下に広がる森林とそれを縫うように整備されたアスファルトの道路だった。他に建物はない。山の中に光一達が閉じ込められた建物だけが取り残されているのだろう。
鎖は固く閉められていて並みの力では壊せないだろう。
扉を思いきり開いても当然不可能だ。
「さて」
光一は扉から離れ、鎖を破壊する方法を考えた。
極薄ナイフで切断することなどできるわけがないし、光一の腕力では到底壊せないだろう。
銃かいつも持っているナイフがあれば何とかなる気もするが、現状での打開策は浮かばない。
そこで。
「開きましたよ、光一さん!」
「は?」
見ると、扉は開き外の解放感が視覚から感じられた。
鎖は地面に転がっている。
「どうやったんだよ……?」
光一が尋ねると翔は得意げに、
「てこの原理ですよ。椅子の脚を使って壊しました!」
てこの原理。
簡単に言うと、重いものを動かす際に必要な分の労力よりも少ない労力で動かせるという原理である。身近なものは公園にあるシーソーやハサミなどで利用されている。
翔はその原理を使い、鎖を破壊したのだ。
「……そうか」
光一と翔はこうして建物の中から脱出することができた。
「んー。きもちーですねー外は!」
翔は胸いっぱいに自然に囲まれた空気を吸い込み、解放感に打ちひしがれる。
スマホもないためこの場所がどこなのか調べることはできない。だから安心するのはまだ少し早いかもしれない。森林の向こうに見える輝きの強さと範囲の広さからして都会であることが伺える。それ以上は街に降りなければわからない。
しかし危機を脱したことに間違いはないのだから少しくらい喜んだってバチは当たらないだろう。
「早く行きましょうよ、光一さん! 街に行けば連絡もできるでしょうし美柑さんに助けも呼べますから。それにあいつらも来るかもしれません。一度帰って準備してからここに戻る必要がありますね。今回は妖怪とか関係ないですし、警察に連絡も必要ですね。やることがたくさんだ!」
翔もかなり痛めつけられただろうが、そんなことは微塵も感じさせないほど意気揚々と翔は歩き始めた。
光一にとって、そんな翔を見ることは耐えがたいことだった。
自分の脳裏に焦燥感という言葉が張り付いていた。
今まで光一は一人だった。どんな妖怪や怪物が相手だろうと一人で数多くの修羅場をくぐってきた。時には同業者の助けを借りることもあったが、その信頼を得ることも光一の能力の一つだ。
危ない場面もあったがギリギリのところで踏ん張り、乗り越えてきた。
それが自信につながっていた。
だが最近の自分はどうだ。
一介の鬼に不覚を取られ、落ち着いたらわかるものを結論を急ぎ、人狼の時には他人に自分の背後を任せた。信頼しているなどと言えば触りがいいが、要は自分の実力が足りないと認めているようなものだ。
今回に至ってはただの人間に意識を奪われとらわれた挙句、脱出はすべて翔の才力によるものだった。
これはなんだ?
なぜ自分は失敗する。なぜ自分は彼らにできることができない。なぜ自分はこうも醜態を晒しながら彼らと顔を合わせることができるのだ。なぜ、自分が彼らと対等などと思うようになっていたのだ。
どうして自分はこんな風になってしまったのか。
美柑と出会ったあの日から、光一は実力が発揮できていない。もしくは。
自分には実力がない。
そんなことを光一は考えてしまっていた。




