四話 ストーカー犯と自殺者の自宅
こんにちは、奈宮です。昨日は私の諸事情で投稿が出来ませんでした。本日から再開しますので、よろしくお願いします!
男の名は中安大樹という。
青いジーンズに緑と黒のチェックのパーカーを着たごく普通のおっさんである。清潔感を保つために髭も隅々まで剃りきっている。メガネはしていないし、肩下げ鞄もしていない。町中にいても悪目立ちするようなタイプではない。
ある一点を除けば。
彼の本日の予定はいたってシンプル。ただとあるマンションの前で立っていることである。そこに立ち、ある一部屋の住人の生活を監視―――もとい保護することが彼に課せられた使命なのである。
本日の、というか本日も、である。
ちなみにある一部屋の住人というのは花咲あいりのことである。彼は重度のアイドルオタクなのだ。
数年前、彼はなんとなくテレビを眺めていた。夜八時頃だっただろうか。
彼はそこで運命の出会いを果たす。
歌って踊っていた花咲あいりがそこにいた。
彼はそれから何度もライブに足を運び、CDを集め、握手会に赴き、住所を調べあげ、家族構成を調べ上げ、通っていた中学校を訪れ、花咲あいりの彼氏の存在を知った。
このことはファンの仲間には内密にしておき、自分だけの秘密にしていた。
彼氏の存在を知ったその日にメールが届いた。
「関わればお前のすべてを奪う」
とても単純な脅しだ。
彼はそれを無視し、プライベートの花咲あいりに接触した。するとその数時間後には彼の卒業アルバムの写真がネットに出回った。別にそんなことは気にしてはいないが、メールの内容が事実となった。これは恐れるべきことだと彼は感じ、接触をやめた。
時は経ち、現在。
数日前に花咲あいりの彼氏が死んだという情報が耳に入った。
だからこうして監視、もとい保護活動を行っている。これはファン仲間との共同業務であり、日毎に担当者を交代している。今日はたまたま彼の番だったのだ。
「あいりゃん、今日はどこに行ってたの? 誰と会ってたの? 大丈夫、僕が守ってあげるから」
中安は塀の陰でにやりと口角を歪ませた。
彼は知らない。
自分が監視、もとい保護しているということは、自分もまた保護される可能性もあるということを。
「よお。調子はどうだ?」
中安の耳元で何者かが囁いた。
彼は飛び上がり、拍子に電柱に頭を軽くぶつけた。頭を押さえつつ、声の主を凝視する。そこにいたのは金髪で革ジャンを着た西部劇に出てきそうな風貌の男だった。さらにその後ろにはメガネをかけた若い男の姿もあった。
◆ ◆ ◆
「な、な、なん、なんだな。なんだなんお前、たち!」
もはや何を言っているのかわからない男を光一は冷えた目で見下していた。ついてきた翔も冷ややかな視線を男に向けている。
「聞きたいことがある」
「お、お、お前に教えてやるぎ、義理なんて、ないんだ、ないんだ!」
「谷川宗次について知っていることを話せ。話さなかったらどうなるか、わかるよな?」
光一は男の言葉を無視した。ストーキングをするような男だ。どうせ性根の腐った臆病な男に決まっている。少し強く出れば聞きたいことを吐いてくれるだろう。
「お、脅す気、か! ここ、この僕を!」
「立派なストーカーが何言ってんだ。警察に行きたくなけりゃ話せっつってんだ」
「ストーカー行為の刑罰は一年以下の懲役か五十万円以下の罰金です。よかったですね! そんなに重くないですよ。ちなみに被害者に実害があれば何年も豚箱に入ることもあるそうですよ」
「ぶ、豚箱……! い、いやけ、警察、なんか知るもんか! だ、だいたい。あ、怪しいのは、お、お前もじゃな―――」
光一は男が何か言っている間に一歩踏み込み、右拳で男の腹にめり込ませた。男が「ぐおええ」と唸る。
痛みというのは人体の組織が何か障害を伴うと脳が不快な感覚として処理されて感じることができる。所詮は脳が伝達する電気信号であるため、痛みの程度にもよるが我慢しようと思えば我慢できる。
しかしそれを普段から感じなれていない人間からすれば、少しの痛みであっても精神的ダメージは大きくなる。
ストーカーのこの男は明らかにそういう人間だ。
だから痛みに訴えることは効果的であると判断した。
「し、知ってます。住んでいた場所も、知ってます。だから、お願いします。殴らないで……」
「場所を言え。わかりやすいようにな」
「こ、この街の隣の町にある、い、一番大きいマンション、タイタンズマンションの、さ、最上、階のい、一番み、右の部屋、で、です」
「なるほど」
翔がスマホで「タイタンズマンション」と検索をかける。ふむ、確かに京都にあるそうだ。次に画像を見てみたが名前通りかなり大きめのマンションだった。
「ちゃんと実在しますね。どうしますか?」
「行こうか。とりあえず俺と翔だけでいいだろう。あ、お前も来いよ。嘘の可能性もあるからな」
「え、えええ……」
光一と翔は男を連れて、マンションに戻った。男は玄関の前に待たせておいて、部屋に入った。ストーカーを被害者の家に近寄らせるのは危険であるが、どうせこの件が終われば捕まるので気にする必要もない。
谷川宗次の家らしきマンションには二人で行くつもりだが、その前に花咲と美柑には行き先を伝えておく必要がある。
光一と翔が部屋に戻ると花咲と美柑はテーブルでりんごを食べていた。
「俺りんごってあんま好きじゃねえわ」
「あ、おかえりなさい」
「りんご嫌いな人間とかいるの?」
「さあな……。さっきの奴、捕まえたからちょっと行ってくる」
「行ってくるって、どこに?」
「谷川宗次の家だ」
花咲が勢いよく立ち上がる。
彼女にとってその情報は喉から手が出るほど欲しい情報だろう。最愛の彼氏の不審死につながるかもしれない情報だ。
不審、というのはそもそも自殺するなら自宅ですればいい。一番最初に彼女に発見してもらいたかった、ということもあるかもしれない。だがそれにしても異常な行動ではないだろうか。普通、自殺に普通があるのかは知らないが、自宅でひっそりと死ぬか、仮に誰かに恨みを持っていたのだとしたらそいつの目につく場所だとか。愛していた彼女の部屋で自殺など到底まともな神経をしていたとは思えない。
「私も行きます」
「ダメだ」
「なぜですか?」
「もし、あんたの彼氏が呪いで死んだのだとして、その本人が住んでいた家に行くんだぞ。危ないに決まっている。行くのは俺と翔、捕まえたストーカーだ」
「……私は足手まといって、ことですか」
「当たり前だろ。ただの人間にゃ危険だ。危険すぎる」
「翔さんだってただの人間です」
「こいつは仕事だからな。それで死ぬなら本望だ」
光一の後ろで翔はぎょっとした顔になった。幸い、それは美柑だけにしか見えていなかったようだが。
「なら、私は家の前まででいいです。中に入るのは柳さんが安全を確認してからでいいですか」
光一は数秒間考えて、
「……わかった」
了承した。これ以上議論しても彼女を待っているように説得することは難しそうだ。
十分後、光一の運転するインパラには五人が乗っていた。光一と美柑と翔とあいりと、花咲あいりのストーカー。ちなみに席は前に光一と翔、後ろにあいり、美柑、ストーカーの順で並んでいる。
異常すぎるメンツとなっているが美柑が間にいれば手は出せないだろう。もし手を出せばストーカーの四肢が無事では済まない。
ストーカーの案内のもと京都の市街地を進み、十五分ほどだった。
タイタンズマンションはあまりにも当然のようにそこにそびえ立っていた。




