二話 アイドルの実態
花咲あいり。
ドラマ、映画、バラエティに引っ張りだこの今を時めく絶賛売り出し中のトップアイドル、を目指して奮闘中の売れているのか売れていないのかギリギリのラインを渡り歩いている十八歳である。
根強いファンはたくさんいるようだが、いまいち一般的な認知度は低い。そんなところだ。
ファンが彼女を称賛する際によく上げられる魅力が彼女の持つ「二面性」だそうだ。
テレビでは気さくで愛らしい女の子、という風に画面に映っているのだがラジオや自身のSNSでは少し捻くれたような人間性が垣間見えるという。
そのギャップに打ちのめされた男性が多いらしい。
例えば、テレビで「尊敬する人は?」と聞かれた際は過去にアイドルとして活躍し、現在は女優業に注力している先輩の名を挙げた。
しかしその数日後のラジオでは「尊敬する人? そんな人別にいないですね。人間なんて別にそんなすごい人いないと思うんですよね」と吐き捨てるように述べたという。
そんな二面性が世間一般には受け入れられずに気持ちよく跳ねることができないでいた。
近頃はテレビでもそんな様子が弄られることが増え、ともすれば虚言ともとれる彼女の発言が許されるようになってきているのだ。
その花咲あいりが光一たちの住んでいる家に訪れ、ソファに座っている。
「あいりちゃん、いや花咲さん。ようこそいらっしゃいました! いやーまさか生の花咲さんに会えるだなんて夢にも思いませんでしたよ。一体今日はどんな用があってこんな辺鄙な場所に来られたんですか?」
「おい、お前この家の事そんな風に思ってたのか?」
「辺鄙なのは事実でしょう。言葉尻捉えて責めるのやめてもらっていいですか? そんなことより、本当に今日はなぜここに? あ、もしかして妖怪でも現れたんですか? それならば僕たちにお任せください! どんな妖怪が相手でも僕たちにかかればイチコロです! 安心してください。絶対に依頼を達成してみせます! あ、妖怪といえば花咲さんが出演した映画、妖怪学園の話を聞かせてくださいよ。実は僕、あの映画を見て花咲さんのファンになったのでぜひお伺いしたいです!」
久しぶりに早口が炸裂した翔の頭に手刀が叩き落された。このところ落ち着いているように見えたが気のせいだったようだ。
「興奮するなオタク」
「いてて、酷いですね光一さんは……」
翔は頭を押さえて呻いた。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「ええ、ええ! 大丈夫です! そうやって花咲さんに心配してもらってるだけで僕もう胸いっぱいです! だって本来ならお会いできること自体が―――」
何かが翔の琴線に触れたようで再び熱が入ってきた翔に再び手刀が落ちた。
「本題に入ろうか」
光一が声のトーンを落とすと苦笑い気味だった花咲の表情が正される。
「まずどういった要件か教えてくれ。あんたのマネージャーからはまだ何も聞いてないもんでな。一から頼む」
マネージャー、光一が電話していた相手だ。彼からは不可解な事件が起きた。依頼料は弾むから頼まれてくれないか、とだけ言われている。
「はい。実は、私にはお付き合いしていた男性がいました」
「えええええ!?」
座っていたソファを弾き飛ばす勢いで驚いたのは翔だった。彼女だって年頃の娘だ。男の一人や二人いたことがあってもおかしくはない。
一般人であればの話だが。
「アイドルって彼氏とかいていいの?」
食卓でスマホを弄っていた美柑が唐突に口をはさんだ。芸能界の恋愛事情に興味があるのだろうか。
「いえ、もちろんよくはないです。男性のファンの方はアイドルに処女性を求めている方もいるそうですし」
「やめてください! あいりちゃんの口から処女だなんて……! そんな言葉聞きたくない!」
「お前人間は恋愛対象外じゃなかったか?」
「あいりちゃん、というかろくろちゃんは別です」
つまり「花咲あいり」本人というより彼女が演じた「首長ろくろ」に恋愛的な感情を抱いているということだろう。
光一は納得した。
「えっと、話をもどしても構いませんか?」
花咲は平静を崩さずに言った。翔の奇怪な言動を目の当たりにして動じないとは中々大物だなと光一は心中で彼女の評価を上げた。
「ああ」
「その付き合っていた方なんですが、実は一週間前に死にました」
彼女は声を震わせて言った。
「えええええ!?」
「一週間前ね。それがどうかしたのか?」
人間は死ぬ。それは誰しもが知っている当たり前のことだ。
彼女の付き合っていた男というにも、それは同じ。彼女が馬鹿でなければそんなことは知っているはずだ。
「ただ死んだのではなく、自殺だったんです。でも彼がそんなことをするはずがありません。私と一緒にいるとき、彼は本当に楽しそうにしていました。いいこともやなことも私たちは共有して乗り越えていました」
彼女は付き合っていた男との思い出を語る。
その間、翔は悶え苦しんでいた。
話の要点はいくつかある。
まず、付き合っていた男が自殺するなど考えられないということ。
次に彼が死んでからストーカー被害にあうようになったこと。
彼が死んだのは他殺である可能性があること。
警察は自殺しかありえないと結論を出したようだが、おかしな点がいくつもあった。彼は死亡する数分前にも彼女とメッセージのやり取りを行っていたのだ。そのメッセージを見せてもらったが、何気ないやり取りで思いつめた様子は感じられなかった。
そして最後に、
「私にとって彼は大切な人でした。その彼がなぜ死ななければならなかったのか。私はそれがどうしても知りたいんです。もし、もしも。彼が誰かに殺されたとしたならば、私は―――!」
彼女は眼元に涙をためながらそう言った。息を切らし、体を震わせていた。
光一は彼女が落ち着くのを待った。
「聞いてもいいか?」
「……ええ」
質問に答えられるほどには冷静になったようだ。
「あんた、テレビでの様子とずいぶん違うようだがなぜだ?」
光一の勘違いという線もあったがどうしても違和感をぬぐい切れない。ニュース番組で見せた彼女はもっと元気溌剌という感じだった。だが今は年齢の割に物腰丁寧な女の子という様子だ。
「あ、実はテレビやラジオなどでの私は素ではないんです。キャラを作ってるということになりますね」
翔は耳を塞ぎ始めた。
「なるほどな。販売戦略ってわけか」
「そういうことです」
「で、俺たちに何をしてほしいんだ?」
「自殺に見せかけて殺した犯人を捕まえてほしいんです」
彼女の見解では、彼を殺したのは超能力か何かだということらしい。超能力でなければ呪い、でなければ超自然的な毒物。とにかく科学では説明のできない何かがあった。それを妖怪狩りの専門家である光一に暴いてほしいというわけだそうだ。
「いいだろう」
光一は依頼を受けることにした。
超能力や呪いは専門ではないが、少しなら知識もある。隣で悶絶している男も一応超能力を持っているし、わかることもあるかもしれない。
やれるだけやってみて、だめならだめでいい。とりあえず光一は目の前の依頼主から聞けることを聞けるだけ聞いておいた。




