一話 食いしん坊のヒロインとアイドルオタクの青年
人狼事件から数日後のとある日の朝。
「―――話はわかった。ならここに案内してもらっていい。は? もう向かわせてるって? 仕事が早いな。了解。なんとかしてみるよ」
電話の切れたスマホをポケットに直し、光一は料理に戻った。朝のニュース番組を流しながらする料理は爽やかな気分になる。今日はゲストに花咲あいりとかいうアイドルがいるらしく、番組全体が若干明るい雰囲気になっている。
今日は少し捻りを加えてコーンチーズハゲットなるものを作ることにした。
作り方自体はかなり簡単な部類に入るが、字面はお洒落に見えないだろうか。そんな適当な心持で作り始めたハゲット料理は思いのほか満足いく出来栄えになりそうだった。
「んー。おはようー」
美柑はほわ、と口元から欠伸を漏らした。
「眠そうだな。毎晩何してんだ? 仕事もしてないのに」
コーンチーズハゲットを焼くという仕事をしていたオーブンから光一は目を離した。
「女の子にはいろいろあるんだよねー」
「お前って口を開けばそんなことばかりだな。いろいろあるだとか、秘密だとか」
「え、何知りたいの? 美柑ちゃんのこと知りたくなっちゃった?」
「んなわけあるか」
オーブンからピーという気のいい電子音が鳴った。どうやら焼き終えたようだ。光一はクッキンググローブを付けて中から皿を取り出し、テーブルに置いた。
「あ、できたんですか」
光一よりも朝早く起きてパソコンで作業をしていた翔が香ばしい匂いに気が付いた。
昨日も妖怪狩りだったというのに翔はよく働いている。妖怪狩り、と言っても事件の廃病院の幽霊の正体が変態カップルだったという最低なオチだったのだが。
昨日のことを思い出し光一は気分が悪くなった。
「ところで翔は何やってんだ? ゲームの仕事か?」
ハゲットを食べ始めて数十秒経過した。気分転換のために事件とは関係ない話をすることにした。
翔は食事をしつつパソコンを弄り続けている。ハゲットを食べる際は油のついている部分を器用によけている。
「あ、いえ。これはただの遊びです。ゲームの仕事はとっくに終わりましたし」
ここ最近は妖狩りに忙しくパソコンを触っている翔の姿はあまり見ていないのだが。いつの間に、と光一は疑問に思った。
「遊び? どんな」
「ハッキングですね」
光一は耳を疑った。
「はっ、……なんだって?」
「ハッキングです。ハッキングバトル。でもちゃんとした奴ではないですよ。ノートですし。ガチならもっとちゃんとした装備が必要です」
「ちょっと待て。バトルがあるのか? ハッキングに?」
「ええ、どちらが早くハッキングできるかの勝負です。ハッカー仲間とたまにやるんですよ。まあ僕の圧勝ですけどね」
「まあ、自称天才エンジニアだしな」
ハッキングぐらいお手の物なのだろう。
「自他ともに認める、ですよ。僕はいずれ世界に大きく貢献する人物になりますから」
「なんでそんなことが?」
「未来をハッキングしました」
「え、まじで!?」
「嘘です。光一さん意外とピュアなんですね」
「嘘かよ! つーかお前、こっち見て話せよ。なんか不気味だぞ」
話している間、翔はパソコンの画面を見るかテレビを見るかのどちらかに視線を寄せている。別に気に食わないというわけではないが、まるで人形と話しているように感じて気味が悪い。
翔は今日初めて光一の目を見た。
「あ、すみません! 実は僕あいりちゃんのファンでして。画面に映ってたらつい見ちゃうんですよね」
目が合ったのは一瞬のことだった。翔はすぐにテレビに目が戻った。画面の中では愛想よく「わー。猫ちゃん可愛いー」と花咲きが両手を合わせて音のない拍手をしていた。
「へえ。意外だな。いやそうでもないか」
「そうです。あいりちゃんはとても可愛いんですよ。あ、僕がファンになったのは映画『妖怪学園 魑魅魍魎の文化祭』でろくろ首役の時です。あの時のろくろちゃんへのはまり具合が最高でして! あ、役の名前は「首長ろくろ」っていうんですけど」
「そのまんまだな」
「その時のあいりちゃんの作りこみ度が異常なんです! 本当にろくろ首がいたらまさにあんな感じなんでしょうね……。ああ、思い出しただけで泣ける……」
「泣くような内容だったのか?」
タイトルからは想像できない内容だ。ゲテモノ感が強いが光一は機会があった見てみることにした。
「アイドルの話は別にどうでもいいんだけどさ。翔君って圧勝して喜ぶタイプだったっけ?」
「……実は、二年ほど前まではライバルがいたんですけどね。ある日、突然いなくなったんですよ」
「ライバル?」
「ええ、ハンドルネームは『アンダー』でした。実力も同じくらいの奴です。ちなみに僕は『ヘッダー』って名前でした。かっこいいでしょう?」
「へえ。そんな奴が急にいなくなるなんて残念だな」
「あれ、無視ですか……。まあでも、ちゃんと連絡しあったことはないのでそこまでです。ネットでの交友関係ってそんなもんですし。ある日突然消えるなんてザラですよ」
「そんなもんか」
「それってちょっと寂しいね」
五つ目のハゲットを食べ終えた美柑が言った。翔は「もしかして聞こえてなかったのかも……」などと呟いていたので光一は聞こえていないことにした。
美柑について、光一は疑問に思った。
なぜ俺が三つ食べただけで満足できるものを五つも食べられるのだろうか、と。美柑はさらに六つ目のハゲットに手を伸ばす。
「どっかに行っちゃうならせめて一言ぐらいお別れしたいな。私なら」
まるで過去に黙っていなくなった知り合いでもいそうなセリフに光一と翔は固まった。
「……もう少し悲しそうに言ったりできないのか?」
「まあねー」
色々あったんだろうな、と察することのできるセリフだが頬いっぱいに食べ物を詰め込んで言われればいまいち真剣みが出ない。
「……まあ、それはリアルの話でネットの付き合いって気楽なんですよ。もちろん適当にしたらダメですけど。向こうが開示しない限り僕はあんまり現実のことに介入しないようにしてます」
ピンポーンと鳴った。
光一は何の音だと身構えたがよくよく考えればその音がインターホンの音だということに気が付いた。長い間音を聞いていなかったため忘れていたのだ。
光一には友達が少ない。
狩り仲間なら何人もいるし、事件を通してできた知り合いもたくさんいる。しかし、家に呼ぶような友人は一人もいない。だからインターホンの音もしばらく聞いていなかったのだ。
「来たか」
光一は席を立ちインターホンを覗き込んだ。インターホンは地上の部屋ではなく居住スペースの二階につながるように設定されてある。
画面の向こうでは若い女が不安そうに周囲をうかがっていた。山の中にぽつんと建っている小屋を怪しく思っているのだろう。
「誰が来るの?」
「依頼者だよ」
「依頼? 探偵でもやってるの? あ、そういえば最初にそんなこと言ってたね」
「最初って何ですか?」
「光一は最初に私と会った時、探偵って嘘ついてたんだ。前に環境省だとか言ってたんでしょ? それと一緒」
「なるほど。光一さんは様々な顔を持ってるんですね」
「んなわけねえだろ。やりやすくするためだっつーの」
「へー。なんで依頼なんか来るの? てゆーかどこから光一のこと知ったんだろ。ホームページなんてないのに」
「そういえば光一さんさっき電話してましたね。あれですか?」
「そういうこと。事件の時に知り合った人間が怪異的な現象にぶつかった人間を紹介することがたまにあるんだよ」
普段の仕事はボランティアでやっているが、こういう依頼の場合はきちんと料金を貰っているので光一的にはありがたい。はじめはもらっていなかったのだが、依頼者のほうから「支払わないと怖い」という苦情が来たことがありそれ以来もらうようにしている。
「で、行かなくていいの? 待ってるっぽいよ」
「おっと。ちょっと行ってくるわ」
「はいよ」
光一は居間を後にして階段を上った。
残された二人は朝食を再開した。
「美柑さんにはいないんですか」
「ん、何が?」
「ライバル的な人」
「私の? そうだね―――」
「あーーーーー!!!!」
美柑の言葉を遮ったのは翔だった。彼はいきなり椅子から立ち上がり、大声を出した。拍子に椅子が転がった。驚いた表情の翔の視線の先はインターホン。
慌てて翔はインターホンに駆け寄り、食い入るように顔を近づけた。数秒間、翔は画面に釘付けだった。
「な、なにさ」
唐突な奇行に美柑は引き気味だった。それでもきっちりハゲットを口に運ぶあたりさすがである。半分鬼である美柑には食事はあまり必要ないのだが食い意地は張る。
大皿の上が空になったためついには翔の食べかけのものにまで手を出した。
「これ、見てくださいよ! ほら!」
翔が振り向いた。
美柑は一気にハゲットを喉に流し込み、インターホンに近づいた。そこに映っていたのは、ついさっきまでテレビに映っていたアイドル「花咲あいり」だった。
こんにちは。奈宮です。今回はアイドルが相談に来るという話です。面白いと思っていただければ、評価、感想の方よろしくお願いします!




