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妖怪退治は楽じゃない  作者: 奈宮伊呂波
二章 大阪の猫又

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六話 超えてはならない一線

「私達を止める気か?」


「もちろん」


 猫又が光一を睨む。

 彼の眼光は赤く光り、見るものを怯ませる。光一はともかく、日与美は気が気でなかった。光一がここまで猫又を挑発する理由もわからないし、このまま戦闘になれば自分はどうしたらいいのだろうか、という不安が広がっていた。


「……いや。今はお前などを相手している暇はない」


 猫又はそう言ってその場を去ろうとした。


 光一は距離を詰めようとしたが、数多くの猫が前を阻む。猫又は妖怪だが他の猫たちはそうではない。妖怪出ないのなら光一が攻撃する理由もないし、したくもない。


 大人しく引き下がることにした。

 猫又の姿が見えなくなり、猫達も暗闇に身を潜め切った。


「柳さん。あんなこと言っていいんですか?」


 日与美は心配そうにしていた。


 光一の装備は貧弱だ。猫又とあの数十匹いた猫に一度に襲われたら一たまりもなかっただろう。光一だけなら何とか逃げ切れるかもしれない。だが今は日与美もいた。

 あの場面で猫又を挑発できたのは理由があった。


「大丈夫さ。あいつは殺す相手を選んでいたからな」


 だから踏み込んだ。危険かもしれないが、得るものはあった。


 猫又が動いた理由だ。


 彼らは人間に攻撃されていた。だから報いを受けさせた。それが分かっただけでも収穫だ。ついでにこの結界の犯人もあの小さくて太い男にほとんど確定できた。妖怪の仕業という可能性も一応あったがその可能性は無くなったからだ。


「……あの猫の人。殺すんですか?」


「するよ」


「そんな必要、ないんじゃないですか? だってすごくいい人に見えました。あの人、仲間のために怒ってました」


「そうだな。でもな、猫又ってのは元来人間を食い殺す妖怪なんだ。山の中に迷い込んできた人なんかをな。あいつも例外じゃないだろう」


「でも、話を聞けばそんなことしてないかもしれないじゃないですか!」


「だとしてもだ。これからも無害でいられる保証なんてないんだよ」


「勝手に決めつけるなんて酷いですよ。それじゃあ光一さんの方が悪者みたいなじゃいですか!」


「もう決めていることだ」


 とっくの昔に、大嶽丸に両親を殺されたあの時から決めている。


 今回の猫又の場合、正義はあちらにあるのだろう。だが正義だとか悪だとかそんなものはどうでもいい。ただ人間に害をなす妖怪であれば確実に殺す。一匹残らず殺す。正しいからなどではない。そう決めただけだ。


 かけられる情けなどはない。あるとすれば出来るだけ速やかに命を奪うということだけだ。


「そんな……」


「思ってたのと違ってたか?」


 額に影を落とす日与美に光一は笑う。楽しさなど全く感じられない笑みだった。


「そういうもんなんだよ。妖怪狩り(ハンター)ってのは」


 昔は妖怪にチャンスを与えてもいた。

 光一にやられ、これに懲りてもう悪さはしないと約束した妖怪もいた。だが駄目なのだ。それでは足りなかった。


 光一の甘さが故に起きた悲劇もある。そんな過ちを何度も繰り返し、光一の中から甘さは消えていった。


「悲しいですね」


 それ以上言葉はなかった。

 二人は道を歩き始めた。それとほぼ同時に悲鳴が上がった。


「ま、待ってくれええええ!」


 悲鳴はそう遠くはなかった。


「そこで待ってろ」


「ううん。私も行きます。一人だと心細いですし……」


「わかった。危なそうだったら引き返せよ?」


「当たり前です」


 二人は走る。


 その間にも悲鳴は一つ、また一つと次々に続いていく。猫又達が若者を見つけて報いを受けさせ始めたのだ。


 光一たちは若者らしき叫び声を頼りに道を選び、何度も曲がり角を曲がった。近いと感じたはずがかなりの距離に感じたのはなぜだろうか。


 走っているうちに「もしかしてこの声は幻聴なのでは」という突飛な想像が光一の頭をよぎりだした。

 ちょうどその直後、その時は来た。


 果たして、そこには数人の若者が血まみれの姿に成り果てていた。


 開けた裏路地だった。


 そこには街灯も存在し、自動販売機も設置されていた。さらにその横には二人用のベンチとゴミ箱が設えてある。ここは空間の歪みが激しいのか、いくつも道が見える。


 およそ裏路地とは言えないほどに整った場所は辺りに撒き散らされた赤い液体によって汚されていた。

 若者の死体はベンチに団子のようにまとめられていた。そのすぐ傍の地面では、まだ五人の生きた若者が恐怖に震えていた。


「ま―――」


 て、と言うことは叶わなかった。


 開けた場所に踏み込もうとしたその瞬間、光一の腕が引き戻されたからだ。

 光一は体ごと投げられ、腕で受け身を取った。遅れて日与美が光一の後ろに回った。


「あんたは……」


 光一を投げた人物、それは光一が妖怪狩り(ハンター)と睨んでいた背が低くぽっちゃりした男だった。


 男は一度だけ角から顔を出し、猫又達のいる方を確認する。


「どうやら見つかっちゃいないな」


 頭を引っ込め、男はしゃがんで地面に尻を付けた光一に目線を合わせた。


「引っ張って悪かったな。率直に言うぞ、お前は妖怪狩りだよな。ならあの猫又は俺に譲れ」


「譲れってことはあんたもハンターなんだな? この結界はあんたか?」


「そうだ。この時のために用意した特別製だ。ようやく猫又を狩る機会ができたんだ。この千載一遇のチャンス、逃すわけにはいかねえんだ」


 男は緊張をほぐすように深く長い息を吐いた。その拳は固く握られていた。


「わかった。行ってくれ」


「聞き分けがよくて助かる」


 男はそれ以上何も言うことなく去った。

 角を曲がり、猫又に立ち向かっていった。


「いいんですか?」


「人が助かるならなんだっていいさ。横取りはよくないし」


 他人の獲物を横取りしない。これは妖怪狩りに広がっている暗黙の了解のようなものだ。妖怪を殺したところで報酬がもらえるわけでもない。そのため横取りされたところで何か損するわけではない。単に嫌な気分になるからやめようね、というだけのことだ。


 協力することもあるが、基本的にはハンター同士はつるまない。


 光一の目的はあの若者たちが助けることだったが、それもあの男に任せておけばいいだろう。ハンターは大体が人を助けるために動いているのだ。


 それにあの男は猫又を狙っていたような口ぶりだった。猫又は滅多に人前に姿を現さない妖怪だ。それを狩るためには長い時間が必要だったのだろう。


 ―――あれ?


 光一はそこまで思考を巡らせて何か違和感が出て来たのを感じた。


 あの男は長年、少なくとも一年間は猫又を探していた。それは間違いない。おかしいこともない。


 ではどうして彼は猫又がここに現れることを知っていたのか。あの猫又は殺された仲間の復讐のために動いていた。


 猫又はあの若者たちが最後だと言っていた。それならば、あの若者たちのことを追跡していれば猫又に辿り着けやしないだろうか。そしてこの路地裏にあの男が入ったのは若者たちのすぐ後だった。


 そこまで考えて光一は一つの可能性に行き当たった。


 あの男は、意図的に猫又を呼び寄せたのではないか。


 もっと言えば、若者に金を渡し、猫を殺すように仕向けたのはあの男なのではないか。


 ギャン!

 といういくつもの動物の悲鳴が耳を裂くような音と共に曲がり角の向こう側から聞こえてきた。光一と日与美は思わず耳を塞いだ。

 日与美が半目のまま呟いた。


「い、今の音って……?」


 超音波だ。猫が嫌がる周波数に合わせ、それを何倍にも増幅させている。特殊な装置を用意してるのだろう。

 数秒経ち、ようやく音が鳴りやんだ。光一は地面を強く蹴り、走り出した。


「柳さん!?」


「そこで待っててくれ!」


 光一は曲がり角を曲がる。

 決着はすでについていた。数えるのを諦めるほど集まっていた猫達は今は数匹しか残っていない。超音波に耐え切れずほとんどの猫が逃げ出したのだ。


 まだ手をかけられていなかった五人の若者たちはみな無事なようだ。ベンチから離れた場所で身を寄せ合っている。中々に面白い光景だったが、光一は笑うことなどできなかった。


「あんた……」


 男は猫又の頭の毛を握り、引っ提げていた。

 猫又はすでに死んでいた。胴体と首を切り離され、男のすぐ傍で胴体の方が地面に横たわっていた。


「ああ。お前か」


 男がゆっくりと光一の方に振り返る。


「ようやく、終わったよ。いや、また始まるんだよ俺とあいつの妖怪狩りが!」


「何、言ってんだ」


「聞いてくれよ。俺は今最高に嬉しいんだ。誰かにこの気持ちをぶちまけたくてたまらないんだよ!」


 男は両手を振り回し全力で歓喜を表現する。猫又の頭を握りしめたまま。


「俺はね、狩りをする仲間、いや家族がいたんだ。名前はハヤテ。とてもすばしっこい猫だったからね。俺にとってハヤテはペットでありパートナーだった。狩りの時の俺達は最高のコンビだった。まさに最強だった。どんな妖怪にも勝てると思っていた。でもハヤテは殺された。あの卑怯な人狼どもに嬲り殺されたんだ。もちろんそいつらはミンチに変えてやったよ。でもハヤテは死んだ。俺は絶望したよ。何日も動けなかった。でも俺まで死んじゃったらハヤテに申し訳ないからね。生きることにしたよ。それからしばらくしてハヤテを生き返らせる方法を見つけたんだ。一年前のことだった。それはするには必要なものがあったんだ。その一つが猫又の頭部。でも猫又は人間を喰うとき以外は人前には出ないんだよ」


 イカれてやがる。

 

 光一はそう思ったが口には出さなかった。


「だから、若者に金をばらまいたのか」


「良く知ってるね。そうさ。俺は金を使って猫を大量に殺させた。そういや金を渡すのに頼んでいた奴が逃げ出していたな。後で殺しておかないと」


 なるほど。うまい手だ。

 自分自身で猫を殺せば猫又に狙われてしまう。そうなればたちまちやられてしまうだろう。いくら準備しても寝込みや気を抜いている時に襲われればやられてしまう。

 だから他人を使って猫又を引きずり出した。なるほど、合理的だ―――。


 ふざけるな。


「あんた、自分が何をやったのかわかってるのか?」


「わかってるさ。だが別に俺は気にしない。大切な家族のためなら誰だってなんだってするだろう?」


「それは違うな」


 確かに人は家族のためならなんだってする。金を工面する。みっともなく助けを求める。神に祈る。代われるものなら代わらせてくれと懇願する。


 大切な者を失いことほどつらいことはないからだ。


 だが越えてはいけない一線がある。なんだってする、の後には「できる限り」という言葉を足さなければならない。


 他人の命を蔑ろにすることはあってはならない。その一線を越えたならそいつはもう人間ではなくなっているのだ。

 人の命を救う妖怪狩りとしての矜持もこの男からは感じられない。あるのはただ己の願望に縋り、他を省みないエゴだけだ。あの拳は、人を殺された怒りからできたモノではなかった。


 人間として、妖怪狩りとしてこの男は認めるわけにはいかない。


「あんたを排除する」


 光一は猫又の残骸(敵だったもの)を一瞥して、ナイフを抜いた。

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