Magical girl 雲井 恵美 Part 2
私の両親は絵に描いたようなエリート街道を進んでいた。
父は政府高官として働き、母は銀行員として働いていた。
父と母の馴れ初めを聞いたことはないが、二人は結婚し、私が産まれた。
……いや、私が産まれる8年前に兄が産まれた。
しかし今、家に兄は居ない。8歳年上の兄は、奇しくも8年前に交通事故にあって死んでしまった。
兄は私とは違って、両親のDNAをしっかり受け継いでおり、何に対しても優秀な成績を収めていた。だが……私は兄と違って何に対しても普通でしかない。勉強も運動も何に関しても普通でしかなかった。
テーブルに置かれていた食事は既に私の胃袋の中に収まっていた。私は食器をまとめると流しへ置いたまま、自室へと戻る。
両親は私と会話をしようとしないが、決して世話を放棄しているわけではない。
本当はわかっている。両親の中では兄はまだ生きているのだ。私が食べている食事も私が出した洗い物も私が必要としているお金なども、両親にとってはまだ死んでいない兄のために用意されたものだ。しょせん私は、兄のおこぼれに預かって今日まで生きているに他ならない。
アイドルのポスターも可愛い縫いぐるみもない部屋のベッドに飛び込む。家のどこにも私はいないのだから、私がどれだけ部屋を汚しても荒れ狂う性格となろうとも両親は気にもとめないはずだ。それでも、生かせてもらっている恩義に報いるわけにもいかず、私なりに何ら変わりのない普通の女子高生として生きようと努力している。
唐突に着信音が鳴った。簡易チャットアプリが流行している時代にメールを送ってくるなんて珍しいと思いながら、私は警戒することなくメールを開いた。メールアドレスは知らないものだった。
瞬間、スマートフォンの画面が暗転し、中央に真っ赤な文字が浮かび上がる。
『幸せになりたくないですか?』
下にはYES/NOの選択肢が用意されている。
「迷惑メールにしては随分と手が込んでいることね……」
ため息まじりに私は呟いた。
幸せになりたくないですか? この手の質問は私が一番嫌いなものだ。今が幸せかと言われれば、即答はできない。それでも、生きるという人間の本能に従うならば、衣食住に困らないだけ私は恵まれているのだろう。
「……衣食住がそろっているだけで幸せだなんて、ここは貧困国か何かなのかな」
浮かび上がった考えに自分で答えを出す。
残念なことに、ここは先進国日本。大戦に敗れた気配を一切感じさせない程発展した国だ。そんな国に住んでいるというのに、衣食住だけを徹底的に求めるというのは、あまりにもストイック過ぎないだろうか。
「私だって本当なら存在を認められたいよ」
叶わぬ夢を口にする。
結果、私は無意識の内にYESを選択していた。次に何が続くのか、期待と恐怖でもみくちゃにされながら画面を見つめる。
『本日午前2時、貴方を幸せにするお仕事の見学をして頂きます』
メッセージを残してスマートフォンの電源は切れた。
再起動した後、内容を再度確認しようとするも、メールが送られてきた痕跡すらなかった。
「見学だけなら……いっか」
私は高揚感に振るえていた。
今日見学に行ってしまえば、私が今まで努めていた普通の日常が壊れてしまうかもしれない。ただ、それ以上の幸福が手に入るとするなら、私の努力は無駄ではない証明になるのだ。
私の頭の中から、香奈の話していた危ないアルバイトの話は完全に遙か彼方に消えていた。
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午前2時 雑居ビル
飛んで火に入る夏の虫という言葉は私のためにあるのかもしれない。
私は指定された場所に時間ピッタリにいた。
辺りに人影はなく、丑三つ時ということから周辺民家の電気はとっくの昔に消えていた。
「誰もいないじゃない……」
文句をひとついうと足音が耳に飛び込んできた。
後ろを振り返るとフードを深く被った人物が近づいてきていた。背丈からして私と同じくらいだろうか? そもそも、フードを被っているとはいえ体のラインを見るからに女性のような柔らかすら感じられる。
「え……七夜ちゃん……?」
街頭に照らされ見えた顔に私は驚きの声を上げた。
加苅 七夜、小学校中学校と同じクラスだったことから仲良しグループの一人としてよく話をしていた。しかし、高校に上がると彼女は突然不登校となり、クラスも離れてしまったことから接点がなくなってしまっていた。
「あぁ……見学が来るって聞いていたけど、まさか雲井さんだったなんて」
高校にあがってから、彼女は私のことを恵美ちゃんと呼ばなくなった。
苗字に呼ばれることには家庭の事情からも少なからず抵抗はあるが、私は努めて平生を装う。
「こんな夜中にどうしたの?」
「見学に来たんだよね? 付いてきて、仕事、見せてあげるから」
私の質問を無視したまま、七夜は雑居ビルの中へと入っていた。言われるがままに私も付いていく。チカチカと光る電灯だけを頼りに汚い階段を上っていく。その間、二人に会話は一切ない。七夜は3階まで上がると、ある部屋の前で止まった。夜中だというのに室内の電気はついており、中からは酔っ払っている大人の声が聞こえる。
もしかして暴力団とか……?
悪い予感が浮かび上がる。
「見学だけれども、今から起こることは誰にも話してはいけない。守れる?」
七夜が私に話しかける。
守れなかったら、私は二度と虚無の我が家には帰れないということだろう。
私はコクコクと頷いた。七夜はそれを確認すると、扉を開け放った。
「誰だお前っ!」
怒声が聞こえる。
「こんばんは、魔法少女です!」
瞬間、七夜は部屋の中に飛び込むと目の前の一人ののど笛を切り裂いた。噴水のように噴き上がる血飛沫を見てからか、中の大人達はぶっ殺してやると叫びながら七夜に襲いかかった。
「危ない!」
無我夢中で私は叫ぶ。
しかし、七夜は何故か笑っていた。
「詠唱 炎龍」
七夜が手を自身の前にかざす。手の平から炎に包まれた龍が現れると、襲いかかってきた大人達を呑み込んでいった。数秒後、龍の通った後には炭と化している元人間が倒れていた。
「やめてくれ!」
部屋の隅に追いやられた一人が命乞いをする。
その時初めて私は気がついた。命乞いをしているのは、帰宅途中募金を呼びかけていた一人だった。
「お前は募金という名目で、人々の善意につけ込み、金を搾取し続けた」
「悪かった…悪かったって! もうそんなことしないから!」
「それは地獄の底で閻魔にでもいうんだな」
「ぎゃあああああああ!」
叫び声が上がる。
不思議なことに火事は起こる様子はなく、部屋にはただ大きな炭と喉笛を切られている死体が転がっているだけだった。
「なに……これ……?」
漏れる言葉に対して七夜は微笑む。
洋服は血まみれであり、おまけに血まみれの包丁を持っている七夜は誰の目から見ても殺人鬼に違いなかった。ただ、違う点があるとすれば彼女の横に沈黙している炎の龍がいることだろうか。
「こいつらは、募金を呼びかけて、集まった金を人身売買や私腹を肥やすために使っていたクズだよ」
「殺したの……?」
「当たり前じゃない。雲井さん、これが私達のアルバイト。魔法少女だよ」
設定集
加苅 七夜 17歳 女性
望み ???
能力 炎を操る力
ランク B1