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奇跡の起こらない話

先週、更新できなかった上今週の2話、日曜更新ともにできず申し訳ございません。

その分の出来、となっていれば幸いです。

「これは神の奇跡によるものです!」


 ロイゼの魔法が作り出した明かりを見て、初老の男は厳かな口調で言い放った。明かりによって僅かに存在を確認できた、彼女を囲むようにして立っている十人ほどの男女も、明かりの魔法を注視しているらしい。目の前の男だけは輪郭までよく見えている。顔に刻まれた皺、今にも風化してしまいそうなほどボロボロになった麻服、異様にギラギラと光っている両目。彼は神を間近で見ているかのような表情で、ロイゼの全身を見渡していた。

 一見すると薄汚れているように見えるフード付きのローブを羽織り、足元に大きなショルダーバッグを置いている。深々と被ったフードは顔を隠していて、表情を相手に見せなかった。彼女の表情は、いつも通り不機嫌そう。口を一文字で結び、鋭い両目は気怠そうに半開きで男を見据えていた。


「貴女様は一体どのようにしてこの奇跡を生み出しているのでございますか!?」


 ロイゼの顔を見ることを諦めたらしい男が、興味を隠せない様子で問いかけてきた。周りの空気も静まり返っていて、彼女が語りだすのを今か今かと待っている。

 しかし、ロイゼは魔法使いだ。魔法の詠唱方法や、個々の使う魔法は他人には秘匿することが基本で、彼女自身も他人に教えるようなことは滅多にしない。今回も、例外には当てはまらない。


「残念だけど、教えるわけにはいかない」


 抑揚をあまりつけずに短く伝えると、周りの空気が急激にざわつくのを感じた。目の前の男もショックを隠せない様子で固まっている。ロイゼは、ため息を堪えて説明を補足した。


「魔法は基本的に秘密にしてこそのもの。軽々しく教えるのは自らに危険を及ぼす。分かってくれたら嬉しいのだけど」

「し、しかし! 私どもは見ての通り貧しい民……それに、裏手の山を越えたところに悪魔が住んでおるのです! お教えできないのであれば、どうかお力添えを!」

「お願いします、魔法使い様! どうか奇跡を以って悪魔を打ち滅ぼしてください!」

「我々の民は存亡の危機にあります、どうか!」


 彼らは必死に嘆願した。フードの下でロイゼが困った表情をしているのは見えず、ひたすらに平伏して願いを送ってくる。

 はっきり言って迷惑だった。彼らが困っているからと言ってロイゼに実害があるわけでもなく、その上悪魔とやらを倒してほしいとさえ言ってくる。普通に考えれば断ってすぐにその場を離れる状況だ。面倒なこと極まりない。

 しかし、

「ここでは難だし、少し落ち着いたところで悪魔の話を聞かせてくれない? 私は魔法使いの端くれだけど、手に負えそうなら報酬と引き換えに引き受けてもいいよ」

 ロイゼはあまり乗り気ではなさそうな声で言い放った。最後に小さなため息を一つしたが、これは誰にも聞こえていない。

 突然の彼女からの提案に、男たちは飛びついた。一斉に土下座をして、声をそろえて感謝の言葉を述べる。そして、目の前の男は村長だと言い案内をすると言ってきた。十人ほどの男女は皆、道なき道に入って消えていく。最後尾をついていく子供は裸足だった。


「我々の住む村は、こちらの道を下った先にあります。荒れ果ててしまっておりますが、私の家ならば客人用のベッドもあります」

「ありがとう。数日間野宿だったから、ベッドで寝れるだけでもありがたい話ね」

「そう言っていただければ幸いでございます。あ、見えてまいりました。あのかがり火の間が入り口です」


 村長が二つのかがり火を指さした。村の規模は見えないが、周りを木の柵で囲っているようだ。柵は低く、所々破壊されている。家もいくらか破壊されているようで、夜の闇よりも暗い雰囲気が漂っていた。


「あの柵は直さないの?」


 ロイゼが問うと、村長は苦々しい表情で頷いた。


「あれは悪魔が襲ってきて破壊したものでございます。気まぐれに襲い掛かってきて、そのたびに死者が出て村人が攫われます。人口は前年の半分となってしまい、このままでは今年中にも滅びてしまいます」

「悪魔ってのは何なの?」

「恐ろしい顔をした人型の化け物でございます。山の中に住み、十人ほどで襲ってきます」

「……抵抗は?」

「相手の技量は恐ろしいものです。元兵士の男もいましたが、一瞬で斬り殺されてしまいました」


 ロイゼは黙り込んで、少し下を見た。足元を明かりで照らしているとはいえ、木の根っこに引っかかって転びそうになる。


「……あまりに強い相手なら、私が逃げるかもしれないよ。それでもいいの?」

「その時は、私どもに運がなかったと思います。魔法使い様の命に代えてまでとは申しません」


 村長の声色に変化はなく、感情の起伏も感じられない。先ほどまでの熱狂はどこかに消えてしまい、今はただの老人のようだ。よく見てみれば腰は曲り、髪は真っ白。

 道を下った先に村の入口があった。かがり火の間は二メートルほどだ。


「これが……村……?」


 ロイゼは思わず呟いた。

 村の中は荒れ果てている。至る所に瓦礫の山があり、家畜はほとんど見えない。畑はあるものの、作物は実っていない。

 通りかかった人々の服装も汚れていて、目を逸らす人も少なからずいた。最初の、熱狂的な視線はどこからも感じられない。

 家はあるが、大きな家はなく小屋のようなものばかり。その中でひときわ目立つ木造二階建ての建築物が村長の家だろう。

 村長はその家を指さして控えめな声で言った。


「あれが私の家です。二階に客室がございます。狭い部屋ですがご容赦を」

「どんな部屋でも野宿よりはずっと良い。ありがとう」


 村長に紹介された部屋は、木の床に簡易のベッド、小さなタンスと机だけのシンプルなものだ。窓はスライドさせるタイプで、少し錆びついている。明かりは天井から吊るされている大型のランプ。雨風を防ぐのに問題はなさそうで、ロイゼに文句はなかった。自分のショルダーバッグを部屋の隅に置いて、村長に一礼した。


「まずは疲れをお取りくださいませ。食事は後に妻が持って参ります」

「あっそんなに気を遣わなくても……」


 ロイゼが断りを入れようとしたが、それよりも一瞬早く村長が退室してしまった。本当は自衛も含めて一緒に食事をとるか、携帯食料で済ませたいと考えていたのだが、どうやらどちらもできなさそうだ。

 ため息をつきながらマントを脱いで、バッグの中に仕舞った。バッグは不思議と膨らまない。

 代わりに、毛皮の使われたフード付きコートを取り出して羽織る。少し肌寒いうえ、これからさらに気温が下がるからだが、室内では少し暑い。


「……参ったな」


 ベッドにあおむけで倒れこみ、ロイゼは一人呟いた。化け物と戦ったことはなく、そもそも彼女に戦闘の経験自体が殆どない。野盗と何度か戦ったことはあるが、魔法の使いやすい広い場所以外での戦闘経験は皆無。

「……山頂なら、広いかな……もし山中で出くわしたら逃げないと……」

 意思とは関係なく呟きながら、自分の使える攻撃的な魔法を確認した。元々旅のために魔法を覚えたので、移動や身を隠すものが多いのだ。その割に、狭い場所や入り組んだ場所での戦闘魔法は使えない。

 しばらく寝転んでいると、扉がノックされる音がした。少し遅れて「失礼いたします」というしわがれた声が扉越しに小さく聞こえる。


「あ、どうぞ」


 体を起こして、フードを被ってから答えた。顔が見えないように、限界まで深く被っている。


「お食事をお持ちしました」


 そっと扉が開かれ、輿の少し曲がった老婆が姿を現した。髪は白く、顔には深い皺が刻まれて動きは遅い。お盆に乗せられているのは薄く焼いて肉と炒めた野菜を挟んだパンが三枚だ。量は少ないが、ロイゼにとっては丁度良いくらい。もし足りなくても、携帯食料とか保存食に余裕はあるので問題はないが。


「これが精一杯のごちそうです。ご容赦ください」


 老婆はそう言って盆を机に置き、少し急ぐように部屋から立ち去った。その間、ロイゼを一度も見ていない。意図して目を合わせまいとしているような少し不自然な仕草であった。

 ロイゼはパンを右手で掴み、一口かじった。パンは硬いが、肉と野菜はやわらかく、まだ温かくて胡椒がほんのりと効いている。十分に美味しいものだった。普段食べている携帯食料や保存食とは比べるまでもない。

 自分の水筒に入っている水にも余裕がある。一口飲んでから、パンを食べた。

 すぐに一枚目を食べ終わり、そのまま二枚目に手を伸ばす。今度は辛みのあるソースで味付けされていた。彼女は辛い物が好きだが、旅中はどうしても薄味のものばかり食べる。久しぶりの辛みに満足し、あっという間に食べ終わってしまった。

 三枚目は少し甘めの味付けがされていた。他の二枚よりも少し小さく、ロイゼはすぐに食べ終わった。

 満足して、ベッドに座ってから思い直すと今夜は体を洗えそうにない。

 盆と皿を部屋の外に置いて、コートを脱いだ。かなり寒いので急いで布団の中にもぐりこみ、部屋の明かりを消した。瞬時に当たりが真っ暗になり、同時に静けさが増したように感じる。疲れがあるのか、異様なほどの眠気が来てすぐに寝入った。


 その夜、外で物音を一切立てずに動く影があった。


 朝、無音の家でロイゼは目を覚ました。外は異様にざわついているが、家の中だけが無音で人のいる気配が一切しない。ベッドから飛び起き、愛用のフード付きローブを着て杖を片手に外を見た。


「魔法使い様はご無事だ!」

「まだ可能性はあるぞ!」


 途端に家の外にいた人々が騒ぎ出した。ロイゼが慌てて外に出てみると、数十人の村人が出迎えてくれる。一様に表情は暗く、小声で話し合っていた。ただ、昨日見た人数より少ない。

 代表らしき、無精ひげを生やした小太りの中年が前に出てくる。その右手に紙が握りしめられてあった。


「どうやら夜中のうちに村長夫妻が誘拐されてしまったようなのです。犯人は裏手の山にある洞窟に村長と奥さんを置いている……という手紙が村の広場にある木に括り付けられていました」

「そんな……私は全く気付かなかった。不審な物音では目を覚ます習慣がついているのに……」


 ロイゼは、久しぶりの安眠がとれたと思っていたのだ。一歩間違えば自らが誘拐されていたかと思うと背筋が凍る。顔の青ざめた村人から渡された手紙には、恐ろしいほど汚い字でその通り書かれてある。読めたものではないが、言われてみればそうと読める程度の字だ。


「お願いします! どうか村長夫妻を救ってください!」

「悪魔に攫われた人は皆一日後に殺されてしまっています! 長く我々が尊敬してきた村長を失えば……もはやこの村の滅亡と同義なのです!」


 数名の村人が、ロイゼのローブに手が届きそうな距離にまで迫ってきた。その目には、最初に見た時には会って村では見えなかった異様な光が灯っている。

 逃げなければならない、と直感が訴えていた。ただ、同時にこの異様さが彼らの本気なのかという考えも頭をよぎる。彼女は、その場から一歩も動くことができずにいた。周りを取り囲む村人の中には涙を流している人もいる。冷静さを保っているのはほんの数人だけだ。


「裏山はどこ?」


 気づくと、自分の意思とは関係なしに問いかけていた。村人の表情が明るくなり、代表の男が案内役を買って出る。さらに護衛を付けようと打診してきたが、これは断った。


「裏山は近いですが、ここから行くならば危険な獣道を通ります。よって、一度山とは離れて隣の山から移ります。洞窟も、その方が早くたどり着けると思われます」

「わかった。そうする」


 ロイゼは一度部屋に戻って、杖を取り出してからショルダーバッグをベッドの下に隠した。以前大きな街で宿に泊まった際、バッグをベッドの上に放置していたら宿の主人に下着を盗まれたという苦い思い出があるからだ。気休め程度だが、取り出しにくいよう奥の方に詰め込んでおく。

 杖は肘から手首くらいまでの長さで少し歪な形をしている。先端に透明の宝石が埋め込まれてあって、そこがコブのような形を作っている。これが、ロイゼが魔法を使うときに必要となる杖である。

 外に出ると、男が腰にポーチを提げていた。頭にはボロボロのバンダナを着けて髪を隠し、服はそのままだった。


「それでは、行きましょう」


 男の声は、妙なほど緊張していた。


 目的の山にはすぐに到着した。道はなだらかで、隣の山は低いものだった。洞窟までは少し距離があるが、男が言うにはもうすぐらしい。道は荒れていて、誰も通ったことのないような細い獣道を通り、やっと洞窟らしき場所が見えてきた。一か所だけ木々が生えておらず、岩がむき出しになっている。


「ここですか」


 ロイゼが洞窟を覗き込んだ。途中で曲がっていて、奥の様子を窺うことはできない。男に、ここで待つように告げてロイゼが一人で洞窟に入った。明かりの魔法を使って、洞窟内を照らす。天井までは二メートルほど、幅は大人細身の二人が並んで通れるくらいだ。

 足音を殺しながら、フードをより深く被る。生き物は住んでいないようだ。所々に骨が落ちているのは、人骨か動物のものか。

 洞窟は思ったより深い。入り口は完全に見えなくなり、明かりの届かない範囲は闇に包まれている。うめき声が聞こえるが、人のものかどうかすら定かではない。音が反響して本当に奥からしている音かどうかもわからないのだ。

 幸いなことは、ロイゼが暗闇に慣れていることだった。さらに、自らの魔法で足元を明るくすることができることだ。足音を殺しながら、右手を壁に当て続けて洞窟の奥を目指す。

 いったい何分経ったのだろう、ようやくうめき声のようなものが近い奥から聞こえていると判断できた。


「……村長さん?」


 ロイゼが問いかけると、奥から大きく呻く声が聞こえた。何らかの方法で話せない状態にあるのだろう。

 近くまで行くと、さるぐつわをされていると分かった。汚い布で、かなり雑な縛り方だ。両手首を拘束している布も同様。老人でなければ無理やり解くことができるのでは、とさえ思える。事実、ロイゼの力でも簡単に解くことができた。


「魔法使い様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……!」


 村長の妻が、土下座をしながら泣きそうな声で言った。気にしないでと言うと、安心した表情で立ち上がる。こんなに腰がしっかり伸びていたか、と疑問に感じた。


「とりあえずここから出よう。寒いし、暗いし、敵がどこにいるかわからない」

「ええ、そういたしましょう。ここは悪魔の本拠地に近いです」


 と、村長が急ぎ足で歩き始めた。妻も同様で、顔に汗をかいている。


「落ち着いて、ここは足元がデコボコしているところもある」

「そ、そうですか。……考えれば魔法使い様もいることなのです」


 ロイゼは、明かりをもう一つ作り出して、村長夫妻の足元を照らした。二つ明かりがあると、洞窟内もかなり明るくなる。ほんの僅かであるが、虫が生息していたようで、ロイゼは内心で背筋を凍らせていた。

 老人はこの洞窟に来たことがあるのだろうか、ロイゼが時々後ろを向いて様子を確認したが、足を岩場に引っ掛ける様子は皆無だ。妻も同様。


「外で、村人の村長代理でしょうか、代表的な方が待っています」

「はい、村の者にも詫びを入れなければなりません」


 ロイゼはそっけなく、そうですねと返す。左手を洞窟の壁に当てながら、足元を確認しつつ歩くので言葉を聞いている余裕があまりないのだ。ただでさえ、悪魔と言う何者かが襲撃してくる可能性もある。それが単独なのか、多数なのか。ロイゼは元兵士などが集まった盗賊集団ではないかと考えている。そして、もし相手の数が十人より多ければ逃げる算段だ。


 不意に、ロイゼが足を止めた。杖を構え、左手で壁の位置を確認。明かりの魔法でできた光る球体を少し後ろに動かし、いつでも攻撃性の魔法を放てるようにしておく。蜃気楼の壁の魔法は使わない。寒い洞窟の中では効果を発揮しないのだ。


「魔法使い様?」


 村長が不意に声をかけてきた。驚いて背筋が硬直するが、気取られることはなかったようだ。ロイゼが問い返すと、何でもありませんとの返事が帰ってきた。

 今、暗闇で何かが動いたような気がした。警戒を最大にまで高め、足音を殺して前に進む。明かりを少し前に出して、視界を広めた。


 ロイゼが息を呑んだ。暗闇の中から、二人の男が現れたのだ。共にずんぐりとした体型で、片手用の湾曲した剣を持っている。口元は暗くてわからないが、禍々しい雰囲気を全身から放っている。

 そして、彼らは見たことがあった。

 あの村人だ。あの時の異様な目つきが今、盗賊として、悪魔として映っている。


 まさか、と思い、ロイゼは振り返ろうとした。

 刹那、右脇腹に鋭痛が走り、体の自由が急に効かなくなった。右下から、悪魔のような笑みを浮かべた村長が顔をのぞき込んでくる。氷の礫の魔法を使おうとしたが、口が動かない。


「魔法使い様、急なことで失礼致します。このナイフには毒が塗られていまして……」


 村長はまるで、毒を飲んではいけないと当たり前のことを諭すように言った。深いしわの刻まれた顔には、狂喜の様子すら見える。

 体に力の入らなくなったロイゼは、何もできないまま杖を取り落とし体を横に倒した。その両手首を、ロープで無理やり縛られる。二人とも縛り方を知らないのか、一切の加減なく結ばれてロープが皮膚に食い込んでいる。痛いと言いたくても、口がそのとおりに動いてくれない。

 その次に、目隠しをされた。黒く染められた布で、これも力任せに結ばれる。

 足は縛られなかった。しかし、毒が体に回って動かない。


「魔法使い様……貴女は、本当に運が悪い。あの場で逃げようとすれば、問答無用で殺していたが、おそらくそのほうがマシだったと後悔するでしょう」

「ボス……いつするので?」


 男のうちの片方が、野太い声で問いかけた。村長改めボスは、少し考える仕草をしてから、何にでもないように「二日後」と答える。

 ロイゼの頭の中はパニックに陥っていた。縛られたところは痛いし、何をされるのかも分からない。逃げる術もなく、魔法を使うことすらできない。

 体を担ぎ上げられ、抵抗もできないままどこかに連れていかれる。どんな辱めを受けるのか、恐ろしいほど冷静に考えることができた。今のうちに舌を噛んで死ぬべきか、と考えるも、そこまでする勇気がでないうえにそもそも動かない。

 自らの軽率のために、死よりも辛い屈辱を味わうのか、とロイゼは思考を止めかけた頭で後悔した。自らを守るのは慎重と魔法の腕と信じてきたにも関わらず、慎重を忘れた自分に怒りが込み上げる。この時彼女は自分が泣いていることに気付いた。たった一人を除いて、誰にも見せたことのない涙。

 周りから、複数の声が聞こえた。おおよそだが二十人はいそうだ。


 死ぬ。ロイゼの脳裏にはその言葉が呪詛のように繰り返されていた。


 盗賊や統制のなっていない軍隊に捕まった少女がどのような最期を遂げるのか、ロイゼはその目で見たことがある。今でも、信じられないほど鮮明に思い出すことができてしまう、その記憶。まるでその時、その場の中心に放り出されたようだ。


 怖い、死にたくない、でももう死ぬ。ロイゼは、自分で幻滅するほどこの世に未練があった。せめて旅の途中、飢え死にするか国や街に住み着いて死にたい、という未練が後から後から湧き出てくる。もはや止めようのない涙に、彼女は逆らう気力さえ残っていなかった。ざわついている中、枯葉を踏む音がしている。その音が消え、土を踏む音に変わった。


 刹那、ひゅう、と風を切る音がしたような気がした。小さな声で、うめき声が上がる。

読んでいただいた方々に感謝いたします。

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