↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

奇跡の話

 岩山の上で、数十人の男が踊り叫んでいた。すぐ左には崖があって、右も樹林が広がっている狭い岩場だ。時は夕方で、小雨が降っている。

 その輪の外で、様子を油断なく窺っているのは年の頃七十を超えているであろう老翁と老婆。そのうちの翁がサッと右手を上げると、輪の中で踊っている男の数名が前に進み出た。ずんぐりとした体つきで無精ひげの目立つ男が先頭を歩く。

 彼らが一歩進むたびに、狂ったような歓声がこだまする。


 その様子を、少し離れた位置から見ている者があった。茂みの中に身を隠し、風下から様子を窺っている。岩場からは少し下の位置にあって、駆け降りることも駆け上がることもできる。

 ツンツンとした赤い髪を黒い布で隠し、右耳だけに貴金属のピアスをしている。両腰に、少し短くて柄に革を巻いている剣を差していて、狼のように鋭い目を集団へと向けている。その手には弓矢を持ち、矢筒には四本の矢が入っていた。

 彼の名はガルム。亡国ヴァナスの元将軍で、現在は隣国に住んでいた元貴族の少女と行動を共にしている。その少女は今滞在している集落で休んでいるはずだ。

 滞在している村への謝礼と自分たちの食糧を兼ねて、鹿や兎を狩ってくるつもりだったのだが、途中で怪しい集団を見かけて嫌な予感が働いたのだ。男の熱狂的な声に混じる、少女と思しき、掠れた声で放たれる罵声が異様な雰囲気を出している。

 ガルムは決して弓が得意ではない。当然一兵卒に後れを取ることはないが、ヴァナスの六将の中では一番か二番目に下手だった記憶がある。尤も、五十メートルも離れていないこの距離ならば当てるのに支障はない。

 怪しい集団はほとんどが武装している。見た感じの技量では彼に大きく劣る者ばかりだろうが、人数が多いうえに場所も悪い。できれば、二、三人は弓で仕留めておきたいところだ。

 ガルムが場を注視していると、前に進み出た男たちが木でできた十字架を上げた。小柄で、Tシャツとデニムに身を包んだ少女が磔にされている姿が見える。手首はロープで縛られていて、杭などで固定されている様子はない。足も同様だ。十字架そのものは、ロープで岩とつながっている。

 その少女が、何かを言っていた。風下にいても聞こえないのであまり大きな声ではないのだろう。男たちの笑い声は妙に大きく聞こえた。

 ガルムは矢をつがえ、腰に鉈を差した太った男を狙う。弓は見た目の割に引き絞る力が必要で、彼はそれを十分に引いた。狙いは首。

 十秒ほど使ってしっかりと狙い、ガルムは手を離した。すぐに次の矢を手に取る。


「ガッ」


 次の敵を探している最中、うめき声が聞こえて太った男が崖から落ちて行った。周りの男たちが慌てふためき、磔にされている少女も周囲を見渡している。

 その中で、ひとり動じない姿を見つけた。落ち着いているふりをしているのかもしれないが、ガルムの位置からは非常に狙いやすい。すぐさま首を狙って射る。


「ギャッ」


 矢は、男の首を貫いた。そのまま手前に倒れて動かなくなる。


「風下にいるぞ!」

「生贄の奪還か!?」

「ぐわっ!」


 ガルムの放った三本目の矢は少し狙いを逸れ、痩せた男の右肩に突き立った。今ので気づかれたのは間違いないので、弓と矢筒をその場に置いて剣を抜く。柄に革を巻いて刀身は緑色をしている、見た目は宝石のような剣だ。


「いたぞ!」


 無精髭の男が叫んだ。翁が手を上げると、男どもは次々と武器を抜いて様子を窺ってくる。やはり、感情任せに駆け下りてくることはないようだ。見る限りでは、敵に飛び道具はない。

 ガルムは足場を確認して、岩場までの一番なだらかなルートを探す。

 少し遠回りだが、広い道だ。走って登ることも簡単そうに見える。数名の男がそこから降りてこようとしている姿も見えた。


「殺せ!」


 曲刀を振り上げた男が、叫びながら迫ってきた。迫力はあるが隙だらけの攻撃だ。

 ガルムは体をすっと右に動かし、曲刀の振り下ろしを避ける。そしてがら空きの胴に右手の剣を叩きこんだ。その体を左ひじで突き倒し、すぐそばまで来ていた男の首筋を切り裂き、前に蹴飛ばす。


「四人……目!」


 ガルムが言った直後、五人目の男を切り下げた。二人の男が同時に地面に倒れこむ。その次の一撃は、敵の腰が抜けたのか、力なくへたり込んだので空振りに終わる。


「かなり腕が立つぞ!」

「慎重に取り囲め」

「冷静になるのだ、奴は二刀流だが、三人で同時にかかればよい」


 翁が命令して、大きな剣を両手で持った大男と、片手用の斧を持った無精髭の男、槍を持った細身の男が前に進んだ。さりげなく取り囲もうとして、槍の男と大男が左右に動く。


 ガルムが動いた。槍の男の懐に一瞬で飛び込んで、首の下を切り上げる。そして服を掴み、無精髭の男の方へ突き飛ばした。

 ただ、大男がガルムと無精髭の男の間に割って入り、剣を横薙ぎに振るってきた。体調と同じくらいもあつ剣を、ガルムは受けずに避けた。このような大きな剣は、彼の持つ剣では受けられない可能性があるのだ。唸りをあげて空を切った剣は、すぐには戻ってこない。ガルムは冷静に首を刎ねた。

 最後の男は、大男よりも技量が低いようだ。一合で討ち取った。


「だ、だめだ!」

「強すぎる、逃げろ!」


 無精髭の男が地面に倒れた直後、残っていた十名ほどの武装した男たちが我先にと逃げ出した。気づけば、老夫婦の姿も見えない。ただ、十字架と磔の少女は残されていた。

 ここから追っても時間を食うだけだろう、と考えたガルムは、左手の剣を鞘に納めて十字架に近づいた。

 十字架にいる少女は、警戒を孕んだ視線で彼を見下ろしていた。ただ、どこかに安堵した様子も見受けられる。


「旅の者だ。必要であれば素性は明かす」

「痛いから……先に降ろして……」


 少女が体を動かすことはできない。ガルムは、先に十字架を支えるロープを切り崖から離してから、ナイフで手足を縛るロープを切った。解放された彼女の手首から先には血が通っていなかったようで、冷たくなっている。少女は気味悪そうに手を振っていた。

 ロープをすべて切り終えた後、用無しになったロープと十字架は崖の下に落とした。それから居住まいを正している少女の方を向かず、ナイフを仕舞った。

 すると、少女の方から声をかけてくる。


「助けてくれてありがとう。それと……足とかうまく動かないから下山手伝ってくれる?」

「分かった。だが、俺が滞在している村への道しか覚えていない。それでもいいか?」

「構わない。私が滞在していた村への場所も分からないし」


 ガルムはそうか、とだけ答えた。そして、少女に肩を貸す。足が震えているのは、何かしらのことがあって自重を支えるのも難しいという事なのか。彼女の体に負担がかからない程度に持ち上げて、歩き出した。


 ガルムとレナが滞在している村は、山の南から少し街道を歩いて隣山まで着いたところにあった。小さな村で、彼が戻ると複数の村人から出迎えを受けた。


「レナ様は宿におられるか? あと、誰か村長に食事の時間を遅らす旨と、一人分の追加の旨を伝えていただきたい」


 すると、村人の一人が手を上げて村長宅らしき大きな家に走って行った。少女を馬に乗せたまま、ガルムは厩舎に馬を入れた。

 少女に肩を貸し、ゆっくり歩く。身長差が大きいので少し不自然な格好になっている。


「ガルム、遅かったですね。何か……」

「おそらく何らかの毒を盛られている。見てやってくれないか?」


 飛び出すようにレナが出てきたのを見て、ガルムはいきなり切り出した。少女を受け取り、急ぎ足で部屋まで運ぶ。少女を自分のベッドに寝かせ、

「話しながら治療しますが、ガルムは席を外していてください。腹部に傷を確認しましたので」

 と言った。

「分かりました。終わったら、二人とも村長の家に来てください」

 ガルムが部屋を出て扉を閉じた後、レナはバッグを引き寄せ、椅子に座る。


「貴女は……ええと、名前聞いてもいいですか?」

「私はロイゼ、旅の魔法使いだよ。荷物は、昨日までいた村に全部置いている……」


 魔法使いとは珍しい、とレナは感心した。しかし、魔法使いならば持っているはずのものが見当たらない。


「ええと……杖はどこに? 魔法を使うには必要だと聞いたことがあります」

「赤髪の人が斬った山賊に持っていかれたよ。あの人、ガルムって言うんだね」


 ロイゼはうまく動かない舌を懸命に動かして喋った。ただ、レナは最後の言葉を聞いて僅かに警戒を強める。手では、使う薬の選択を進めながら。

 しばらくして、先に腹部の傷の治療を始めた。あまり深くはないが、放置されていたのか状態がいいとは言えない。矢傷の特効薬とされる紫の葉の粉末を少量の水と混ぜると、どろっとした半液体になった。それを加熱する。

 その間に、真っ白の植物の茎をナイフで切ってその中から出てくる汁を小皿に集めた。何度もそれを繰り返し、一定の量になってから小瓶に移し替える。その作業が終わることには、十分加熱されていた。それを丁寧に掬い取り、透明の容器に移し替えてから氷水の中に入れる。まだあまり冷まし終わらないうちに容器を取り出した。


「先に毒を消しましょうか。服、ずらしますね」


 そう言って、ロイゼのTシャツを少し上げた。白い肌が見え、その中にある赤黒い傷跡が目立っている。そこに先ほどの半液体を指で取り出し、傷に塗り込んだ。

 熱いのか、痛いのか、ロイゼは顔をしかめた。しかしそれはほんの数秒のことで――彼女が傷口を見た時には透明のカバーが傷を覆っていた。


「珍しいでしょう?」

「初めて見た。薬の後は何かで覆わないとって思っていたら」


 その透明のものはゲル状だが、爪を通さない。ロイゼが感心していると、レナは続けて小瓶を彼女の口元に近づけた。


「こっちは無味無臭ですので、一日一回、食事か飲み物にスプーン一杯くらい混ぜてください。おそらく二日もすれば毒は完全に抜けますが、念のため五日分入ってます」

「あ、ありがとう」とロイゼが恥ずかしそうに言って小瓶を受け取った。続けて差し出される小さな容器も受け取る。こちらは塗り薬の方だ。

「今日は、村長さんの家で夕食をいただけます。あと……荷物は後日三人で取りに行きましょう」

「迷惑をかけている……すまない」


 レナは屈託のない笑みでロイゼに気にしなくていいと返した。そして、立ち上がらせる。その時、彼女の腹が鳴ったが、レナは聞こえない振りをした。

 そのあと、ロイゼがガルムについて尋ねると、村長宅に着くまでの間ずっとレナは彼の話を続けていた。誰が見ても分かる心情を前面に押し出して。

読んでいただいた方々に感謝いたします。もしよろしければ、ご感想やご指摘を伝えていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。