08 フェルが帰って来る【sideマティルデ】
そうして過ごしていた13才の冬、フェルディナント様が最終学年に上がるのを機に、ようやく領地に一時帰郷してきた。
3年ぶりの次期公爵の帰還に、屋敷中が朝から慌ただしかった。
そういう私も……
「このドレスおかしくない?」
落ち着きなく動き回る私の言葉に、侍女がゆっくりとした口調で返事を返す。
「とてもよくお似合いですわお嬢様」
「髪はもうちょっと結い上げた方が、大人っぽくて良くない?」
フェルディナント様は、学院で年上の女生徒と一緒に過ごされていたのに。
「お嬢様の美しい銀髪はおろしていた方が映えますが、ハーフアップにいたしましょうか?」
「そ…そうね。お願い。……口紅はもう少し赤い方がいいかしら」
「薄化粧で充分お美しいですから、そのままで大丈夫ですよ」
「くくくくっ」
そこで背後から笑い声が聞こえた。
「きゃ! ハインリヒ様!」
「ごめん。驚かすつもりは無かったんだよ。レディの部屋に入るのに、しっかりノックもしたんだけど……聞こえなかったみたいだね?」
コツンコツンと杖をつきながら、ハインリヒ様は部屋に入ってきた。
「これは…ずいぶんと化けたものだ」
「化けたなんてひどい!」
「ハインリヒ様……」
侍女がじろりと彼を見つめる。
「ごめんごめん」
笑い顔が次第に真顔になり、私の姿に目を細めた。
「……本当に綺麗だ。フェルに見せるのがもったいないくらい」
「もう~嘘ばっかり!」
直球の誉め言葉に、頬が赤くなる。
「もうすぐフェルが到着するって連絡があったけれど、3年も放って置かれたんだ。律儀に出迎えるのは癪じゃない?」
確かに……結局3年で手紙は10通ほどしか届かなかった。
「こんな素敵なレディになったんだ。ヤツを驚かしてやろう。さぁ、出迎えは辞めて私とサンルームでお茶をしながらチェスでもして、ヤツを待とうじゃないか」
遠くからガラガラと馬車の車輪の音と、バタバタと使用人たちが駆ける靴音。
「もう着いたのかしら」
「そうじゃない?」
がやがやと人々の話し声まで響いて来る。
「玄関に入ったのかも」
「着替えるだろうから、まだここには来ないよ」
「本当にここにフェルは来るの?」
「来るさ。まだ夕食には時間があるし、このサンルームはアイツのお気に入りだ」
お茶はもうすっかり冷めていた。
侍女たちはフェルディナンド様のお迎えで忙しくしているから、入れなおしてくれる人がいない。
「それよりいいの? そこで」
「え?」
私はチェス盤に目を戻した。
「あぁあああ! 待って待ってこれはナシで!」
クイーンが彼のナイトの餌食になるところだった。
その後はチェスに没頭したが、もう少しで勝てそうだったのに、結局負けてしまった。
「また負けちゃった」
「ティルデは顔に出るからな~~手が分かっちゃうんだよ」
そこでコツンと背後から音がした。
振り返ると金色の髪を撫でつけた青年が、空色の瞳に驚愕の表情を浮かべて立っていた。




