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05 8才と12才の婚約【sideマティルデ】

 ハインリヒ様の事故は軽いものではなかった。


 彼は崖から落ちそうになったフェルディナント様を助けようとして逆に落ちてしまい、一生車椅子がないと生活できない身体になってしまったそうだ。




「我がグリフ伯爵家はノルトハルム始祖王に仕えた頃から始まる代々武門の家柄です。当主は5年間軍属するのが習わし……それが叶えられないハインリヒは後継からはずし、次期伯爵はフェルディナントとなりました」


 我が家の応接室でそう苦し気に、ひとつひとつ言葉を吐き出すグリフ伯爵。


「婚約の申し出は我が家としては有難きこと。ただ、このようになったので、夫はフェルディナントでもよろしいでしょうか」


 伯爵の悲し気な目が私を捕える。


 フェルディナント様との婚約は本来なら喜ぶべきことなのだろうが、ただ困惑するばかりだった。





 一旦、婚約話を白紙にしようとしたのだが、その直後から私に大量の釣書が送られてくるようになった。

 おそらくどこからか、うちが婚約に動いているのが漏れたのだろう。


 王からも打診がくるようになり、焦ったお父さまはフェルディナント様との婚約を正式に決めた。



 婚約式は2か月後にグリフ伯爵領で執り行われた。


 国王の姪の婚約式だ。

 本来なら王都で大々的に執り行われるものだが、ハインリヒ様のこともあり、身内だけの簡素な式となった。


 参加したハインリヒ様は、包帯が取れないまま車椅子に乗っている姿が、非常に痛々しく、フェルディナント様にいたっては一回りほどやせ細り、青い顔で心ここにあらずという状態だった。




 だが、時間薬と言えるのだろうか。

 季節が2つ変わる頃には両家のぎこちない雰囲気は薄れていき、何よりも当のハインリヒ様が私たちの婚約を非常に喜んでくれたので、私も徐々に好きな人との婚約に喜びを感じるようになった。


「兄上の代わりに僕が君を幸せにする」


 フェルディナント様もそう言って、やさしく私の手を握ってくれた。


 私は8才。フェルディナント様は12才。

 幼い私の恋が成就したのだ。





 その半年後、次期侯爵として高等教育を受けるお兄さまに合わせて、一家で王都のタウンハウスに戻ることになった。


 すると、両親はたびたび夜会や王家に呼び出され、屋敷を空けることが増えてきた。

 3人は忙しくしているのに、ぽつんと残されるのは私一人で、つまらない私は領地に戻りたくてたまらなかった。

 それを訴えると、どうせ田舎に戻るならと婚約者宅となったグリフ伯爵家に預けられることになったのだ。


 グリフ伯爵夫妻は、元より私を実の娘のように可愛がって下さっていたし、ハインリヒ様は変わらず優しく、フェルディナント様とも婚約者として親密な時間を過ごすことができた。







「くそおおおおお!」


「フェル!?」


「……ティルデ」


 ある日、フェルディナント様が模造剣で、庭の草木を切りつけていたのを見かけてしまった。

 彼はバツが悪そうな顔をしたあと、ドカリと芝生に腰を下ろした。


「どうしましたの?」


「……」


「草花が可愛そうですわ。何かありましたの?」


「……」


「フェル?」


「……勉強が苦手だ…」


「まぁ」


「騎士になるつもりだったから、ずっと手を抜いていたツケが今きてる。元々苦手だったのに…学院で着いていけるか……」


 14才になったフェルディナント様は、春には王都の貴族学院に入学する。

 学部は後継者必須の『領地管理科』で幼少から勉強してきた子弟が集まるエリート学部だ。


 グリフ伯爵家を継ぐと決まってから彼は必死に勉強してきたようだが、中々成績が上がらないらしい。


「4年もあるんですから、大丈夫ですわ。伯爵もまだお若くお元気なんですから、継ぐのはまだまだ先のことですし」


 貴族学院は4年制で、卒業した18才が貴族子女の成人とされている。


「……うん」




 この声かけが果たして正しかったのか。

 フェルディナント様の苦悩は、もっと深かったのではなかったか。


 この時、もっと寄り添えていたら運命は変わっていたのかもしれない。


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