想いの行方
夜の帳が空を塗りつぶしてきた。
ここからは子供用の盆踊りが2曲続く。
お堂の階段に腰掛けて休んでいると、くーちゃんと見知らぬ女性が私たちの元へやって来た。
白地に大きな赤や黄色の明るい花模様の浴衣。
二重の瞳のきれいな人で。
左右に分けたおくれ毛が、かわいらしい印象。
女性は桜井瑞帆と名乗った。
どこか記憶にある名前だった。
「あ、最年少優勝した方ですか?」
里菜が興味津々で見つめていた。
そうだ、私が小学校一年生の時。
決勝の舞台で一緒に踊った。
あのきれいなお姉ちゃんだ。
「ああ、まあ、もう昔の話ですよ」
「それでね、みんなにお願いがあるの」
くーちゃんは、瑞帆さんを見た。
「みんな吉岡のおじさん、知ってるでしょ?」
「はい、もちろん」
私は答えながら首を傾げた。
吉岡さんはこの盆踊りの顔でもあり、みんなのお父さん、お爺ちゃん的存在。
「吉岡さんね引っ越しちゃうんだって、だから馴染みのある人と一緒に踊ってるところを動画に撮って、それをプレゼントしようかなって、よかったら協力してもらえないかなって」
「え? そうなんですか。おじさんの踊り好きなのに」
望の気持ちは私も里菜も同じのはず。
「これから、葛飾音頭が流れるからそこで吉岡さんと一緒に踊ったらどうかなって」
「賛成!!」
私は手を挙げた。
「うん、踊りたい!」
「もちろん、オーケーです」
そんな私たちを見て涙ぐむ瑞帆さん。
どうしてだろう?
「私も踊るから、みんなでサプライズしておじさん喜ばせよう」
くーちゃんが片手を挙げる。
「いえーい」
私たちはその手に重なるように手を伸ばした。
「あ、動画は誰が撮るの?」
望の問いかけに、
「あっ」
ってみんなの声が揃う。
「そうか、お父さん下手だし、準は太鼓叩くって言ってくれたから……」
腕を組んで首を傾げるくーちゃん。
その時、私の頭の中にふとある顔が浮かんだ。
「あ? 私に心当たりがある」
「誰?」
「任せて、撮る人は私が何とかする」
両手を腰に当て胸を張ってみせる。
「じゃあ、ゆーちゃんに任せるとして。私と瑞帆さんで吉岡のおじさん連れてくるから」
「みんな、ありがとう。コンクールの練習あるのに」
瑞帆さんは両手を顔の前で合わせて頭を下げた。
「大丈夫ですよ、踊るのに変わりないし、おじさんに喜んでもらいたいし、一緒に踊りたい」
私は望と里菜を見た。
「そうそう、楽しく練習にもなる」
望は両手でガッツポーズ。
「うん。でもさみしいな、私よく頭撫でてもらった」
ボソッと里菜が呟いた。
しゅんと空気がしぼんだように木が揺れた。
「もう里菜、おじさんはいつもニコニコして私たちを応援してくれてたんだから、気持ちは分かるけど」
「あ、ごめん宥羽。私おじさんの後ろで踊る」
「はいはい、じゃあ後ろは私たちで踊ろう、ね宥羽?」
「オーケー」
「じゃあ私と瑞帆さんが前だね」
「あっ、菜穂ちゃんにも声かけていいかな? おじさんに懐いているから」
「よし、いいね。さすがはゆーちゃん。それに春中の面々だ」
くーちゃんは大きく頷いた。
思わぬイベントに少し気分が高ぶってくる。
でも、里菜じゃないけど、寂しくなるな。
昨日、おじさんと顔を合わせた時こう言っていた。
大きくなっても三人で盆踊り踊りに来てな。
しわしわの笑顔で。
☆
ドドン、ドドン、ドドン……
子供たちが元気に踊っている。
中には親やお爺ちゃん、お婆ちゃんと思しき人も一緒に。
子供用と言っても振りはちゃんとあって、踊り続ける大人の人もいる。
「おう、岩崎気合入ってるじゃん」
声の主は四組の牧野。
小学校の同窓だけど、あまり仲良くはない。
「なあ、お前さ飯坂と仲いいのか?」
「なんだよ藪から棒に?」
「いや、あいつなんかかわいいし、浴衣姿エロいよな」
「は? 何言ってるんだよ」
「いや、彼氏いるのかな?」
袖に隠した拳にグッと力が入る。
「ああ、なんかいるらしいぜ、将が振られたって言ってたさっき」
小学校は一緒だったから将のことは牧野も知っている。
「え? マジか……将が振られたのか? まあ、そりゃあいるか」
「おまえさ、いやらしい目で飯坂を見るなよ、きもいぞ」
「ん? 別にいいだろ? あ、お前も振られたくちか?」
「うるせーな、お前も冷やかしなら帰れよ」
「おーこわ、これだからマジな奴は怖い」
プチッ。
何かが音を立てた。
牧野がそういうつもりじゃないのは分かっていても。
言い方に腹が立った。
自分の宥羽に対する気持ちも。
盆踊りに馳せた想いも穢されたようで。
「ああ、マジだよ悪いか、何もねーお前に言われたかねーよ」
「なんだと?」
睨みつけてくる牧野を睨み返す。
「岩崎くーん」
ん?
宥羽の声。
手を振りながら、下駄を鳴らして駆け寄ってくる。
強張った顔が和んでいく。
やば、かわいい。
「ったく。何だおめーかよ彼氏って」
牧野は呆れ顔で去って行く。
あ、いや違うし……
嬉しい誤解をした牧野は人混みに紛れた。
「どうしたの? 邪魔しちゃった?」
宥羽は、牧野がいなくなった方を見つめ、くるっと俺を見た。
少し息を弾ませ、紅潮している頬。
ヤバイ……
近い……
「い、いや、ぜんぜん」
少し身をよじって両手を振る。
そうしないと、宥羽に触れてしまいそうで。
「あのね、お願いがあるんだけど……」
目の前で、はにかむ宥羽の顔。
口から出そうなんだが心臓。
「な、なに?」
宥羽のお願いは、お世話になった吉岡というおじさんが引っ越すから、みんなで踊りを踊っている所を動画で撮って欲しいということだった。
「俺で良ければ……」
宥羽の頼み、断る理由はない。
「ありがとう」
肩をすくめて微笑む宥羽。
「じゃあ、これで撮ってくれる?」
宥羽は帯に差し込んであったスマホを取り出す。
「操作は分かるよね?」
受け取ったスマホ。
宥羽の?
そう思ったら指が震える。
「ああ、大丈夫。任せて」
「そうだ。それ、他の人のだから落とさないようにね」
違うんかい。
ホッとしたような。
残念なような。
「あっ、そうなんだ、分かった。気を付ける」
「じゃあ、よろしくね、ありがとう岩崎くん」
いや。
やばい。
こんな近くで見る笑顔。
もう、俺――
死ぬかも――
☆
男子トイレの方から牧野くんの声がした。
私は思わず立ち止まり聞き耳を立てる。
「飯坂もう彼氏いたわ、まあ、岩崎っていうのが意外だったけど」
「マジか?」
いつも一緒につるんでいる影山くんの声。
飯坂さんの彼氏が岩崎くん?
二人とも同じクラスのはず。
少し、ホッとしている私。
「ああ、まあかわいいからあわよくばって思ったけど、しゃあないな」
「まあ、お前は気持ちを誤魔化すためにふらふらしてるだけだろ。本命のあの子にはアプローチ出来ないくせに」
「うるせーな」
「一回、声かけたらいいのに」
「いや、あいつはたぶん好きな奴がいる。一度声かけたことがあったんだ」
「聞いてないぞ」
「言ってないからな」
「そりゃあそうだ」
「スイミングの帰りにさ、屋台のおでん屋で一緒に食わないって誘ったことあったんだ」
え?
「で?」
「真っ赤な顔して、俺のこと睨みつけて……小声で嫌いだからって」
違う……
違うの、私は……
おでんが苦手だっただけなの……
「は?」
「悪いって謝って帰ったよ。その後目が合うけど、すぐそっぽを向かれる。だから好きな子いるんだなって、なんか避けられてるみたいだからさ」
避けてないよ……
恥ずかしいからだよ……
浴衣の袖をグッと握りしめた。
「ふーん。でも今も好き?」
「しゃーないよな。あいつの影を打ち消そうと、飯坂や牧村、林に興味を持とうとしたけど」
「そいつらどっかしら高梨に似てるもんな」
「分かるか? 都合いいよな俺も」
「林は全体的な雰囲気、性格は違うけど。牧村は運動神経いいし頭もいい。飯坂は頑張り屋なとことスタイルか?」
「おまえさ、ヒマだな」
「でも、飯坂が一番似てるかもな、おまえはエロい」
「違うわ、違くもないけどしゃーねだろ。笑顔だよ、笑顔」
「笑顔?」
「ああ、飯坂も高梨も何かに熱中している時に出るふとした笑顔。スイミングでさ良いタイムが出たんだよ高梨。そん時のなんともいえない顔、手で顔の水を拭いながら笑って水面に口をつけてさ。かわいかった」
「水着だからだろ」
「うるせーな。そん時はそれは関係なかった。ほんとかわいかった」
「なら、もう一回告ったらどうだ?」
「え? でもさ、あいつの浴衣姿もエロい」
「ほら、結局お前はそこ」
「何が悪いんだよ、想像するのは勝手だし、好きな女のことだからしゃーねぇだろ。それに、誰でもいい訳じゃないし」
「悪い悪い」
「実際、いざ手握るとかなったら、ビビッて握れないかもしれない」
「そうかもな。何か分かるわ。でも確かにきれいだな高梨。特に最近。恋してるんじゃないか? 女は恋すると化けるって言うぜ」
「そっか。確かにかわいくなったな。でもさ頑張ってんなって分かるよ。盆踊りにしろ水泳にしろ。まあ、気が向いたら二回目振られるか……それもいいかもな。あきらめつくかもしれない」
どうしたらいいの。
私のことだよ。
今、声かけたら?
いや、ダメよそんなの。
でも、チャンスじゃない?
声かけたら、聞かれたって思われる。
ドンドン、ドドンドドン……
心臓の音なのか太鼓の音のなのか。
私は袖を握りしめて逃げる様にトイレから飛び出した。
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