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宵、夏音の中で  作者: ぽんこつ


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7/13

一生懸命

「ちょっと君」

お手洗いから出てきたら呼び止められた。

「あの、君さ、暁斗、岩崎と同じ中学だよね?」

薄暗い木の下に声の主はいた。

ああ。

岩崎くんと昨日一緒にいた男の子。

「そうですけど」

彼は息を吐きながら笑う。

下駄の鼻緒をきゅっと指で挟む。

なんだろ?

袖を握ったまま手を前で組んだ。

「そんな警戒しなくてもいいよ」

「してませんよ」

口を尖らせる。

チェッ。

なんか見透かされてムキになってる。

「へえ。かわいい顔するな」

私は軽く睨む。

「やばいな……」

「なにが?」

「俺、高橋将。秋中なんだ。あのさ君、彼氏いるの?」

「ん?」

いきなり、情報をまくし立てるような早口。

そして――

昨日、目が合った時のような笑顔。

どうしてだろう。

胸の辺りが、むずむずする。

「みんなに言ってるんでしょ? それに答える必要あります?」

「ああ、あるんだなこれが」

「どうして?」

「意外と意外だな」

「もういいですか?」

「俺が惚れたんだ君に。だから答えてくれないと帰れない」

「はあ?」

そう言われても……

ドドン、ドドン……

『みやこ東京はね ここから明けて

夢もさめます 江戸川ライン……』

『葛飾音頭』が始まった。

一歩前に歩み寄ってきた彼。

「で、どうなのかな? 宥羽さん?」

あれ?

名前言ったっけ?

小さく息を吐いて、気を付けをする。

「はい。います。これでいいですか?」

「ふーん、意外と意外」

何を意外、意外言ってるんだろ。

それを問いただしたい気もするけど。

太鼓の音色が私を誘ってる。

「じゃあ……」

歩き出して呼び止められるかなって思ったけど。

そんな事はなくて。

おそるおそる振り向いたら、彼の姿はなかった。

チラッと笑顔が思い浮かんで。

違うし。

なんなの。

大きく息を吐いて、踊りの輪の中に身を投じた。

手足は当たり前のように動く。

踊り始めてしまえば大概のことは忘れる。

体が喜ぶかのように心の内から湧く微笑みを連れて。

「あっ」

数人前の内側の列。

岩崎くん。

昨日より、動きに切れが出てきている。

すごいな。

誰に習ってるんだろ。

指先も伸びてるし。

ちょっとした間もさぼらない。

なんか、真面目な岩崎くんのまんまのイメージ。

なのに――

きれい。

足の運びも、腕の動きも糸を引くように。

本当にたおやかでしなりがあって。

ああ、なんか岩崎くんの踊りを確立してるようにさえ思える。

すごい練習したんだろうなって分かる。

提灯に照らされた横顔が少し笑っていて。

楽しそう。

輪郭や髪がオレンジに染まって。

少し。

胸の中がくすぐったい。

私も集中、集中。

ドドン、ドドン。

カラッカッカ。

ドンドンドン……


                  ☆


ドンドンドン……

『東京音頭』を踊っている時。

踊りを見ている人達の中にパパの姿を見つけた。

嬉しくて、ついつい力が入って。

パパのことが気になって。

踊りは上手くいかなかった。

太鼓が止んで、パパの元に駆け寄った。

「パパ、来てくれたの嬉しい」

「ああ、ママが教えてくれた。ごめんな、パパ仕事が忙しくて」

パパの手を掴んで引っ張った。

「菜穂ちょっと……」

ママの傍まで来たら。

二人はなんか他人みたいな挨拶をしていた。

私は左手でパパの手を、右手でママの手を取って。

二人の手を繋ごうとさせた。

でも――

つないでくれなくて。

「ママとパパはお別れしちゃうの?」

言いたくなかった言葉がつい出てしまった。

泣かないようにグッと奥歯を噛んだ。

ママとパパは、ため息をこぼしていた。

パパがしゃがんで私の手をそっと包んだ。

「ちゃんと菜穂に話さないといけなかった。そうなると思う。パパが悪いんだ」

ママもしゃがんで、私の手をそっとさする。

「今日は三人で盆踊り踊ろ」

違うもん。

こういう三人で踊るんじゃないもん。

楽しく。

去年みたいに楽しく。

「パパが悪いならママにごめんなさいしたら、ママは許してくれるよね? ママ?」

ママは視線を逸らして苦笑い。

パパも困ったような顔。

「どうして悪いことしたら私にはごめんなさいって、ちゃんと謝るんだよってママもパパも言ったのに」

「菜穂……」

パパが何か言いかけた時。

「パパもママも嘘つき。去年約束したじゃん。今年も一緒に踊ろうって、私がコンクールで決勝に進めたら……」

思い出した。

「私が決勝に進めたら、何でも言うこと聞いてくれるんだよね?」

パパもママも想い出したみたい。

悪いことを見つけられた時の友達みたいな顔してるから。

「仲直りして! 私がコンクールで決勝に行ったら。約束したでしょ?」

「いや……」

「菜穂……」

ママとパパは困り果てた顔をして見つめ合っていた。

「嘘つきは嫌い!」

私は駆け出して踊りの輪の中に加わった。

ドドン、ドドン。

カラッカッカ……

『さぁさ葛飾 一度はおいで

富士を招いて 筑波を呼んで

ほんによさよさ パラダイス……』

『葛飾音頭』

私が一番得意な踊り。

宥羽おねえちゃんを見つけてすぐ後ろで踊る。

輪の真ん中を向いた時、おねえちゃんが気がついて。

笑いかけてくれた。

手拍子をして前を向く。

足を出して大きく両手を広げる。

おねえちゃんの踊りが好きだから。

きれいで優しくて、見ていて楽しくてニコニコになるから。

おねえちゃんの踊りを真似したら、私も決勝に行けそうな気がしたから。

パパとママも私の踊りを見てニコニコしてくれるんじゃないかって。


                  ☆


なんだかんだ。

人前で踊るのは2日目なのに。

緊張はなくて、なんだろう。

めっちゃ楽しい。

体が自然と動いて、もっと意識を集中させて。

宥羽のように、しなやかに、なめらかに、きれいに。

ただ、一緒に踊れるように。

そうだな。

ドドン、ドドン。

カラッカッカ。

ドンドンドン……

もう少し、宥羽は膝を使って上下動しているから。

そこを意識して見よう。

「あの子上手いね」

「男なのに」

そんな声に目を向けると、俺を見ていた。

浴衣姿の女の子。

気にしない。

今、乗れてるから動きを体に覚えさせたい。

『あれは柴又ね 帝釈様よ

宵のこうしん 勇みの太鼓

さぁさ葛飾 栄えるところ……』

歌の出だしで右足を前に出して、両手を大きく横に広げる。

この時、宥羽は他の人よりも大きく一歩を踏み込む。

左足を踏み込んで、両手を広げて。

いいぞ。

この感覚。

両手で右に丸を描いて、左にも同じように。

膝を使って、両手の止めは柔らかく。

右手を前に伸ばして、左手は敬礼のようにかざす。

今度は左手。

もうワンセット同じ動きをして。

左手を伸ばし右手はかざしたまま輪の中央を向く。

右手を前にしたら、右、左と両手を払いながら後ずさり。

手拍子。

タタンがタン。

最後の拍子で前向く。

このセット二回がワンコーラス分。

よし。

この感じだ。


「ただいまから10分間休憩となります……」

人々のざわめきが包んで辺りの空気も緩んだ気がする。

宥羽を探す視線。

帯に挿してあった扇子を広げて扇ぎながら里菜と何か話している。

「ふー」

俺は喉が渇いたので自販機に飲み物を買いに行く。

盆踊りの動きは、ゆったりしてるけど意外と汗をかく。

今日は涼しいからマシだけど。

ピッ。

ガチャン。

ペットボトルを取り出した時。

「あの、宥羽って子だけど」

「ん?」

将が自販機に寄りかかっていた。

「お前来てたの?」

「ああ、さっき告ってきた」

「ふーん……は?」

顔だけこっちに向けてニヤニヤしてる将。

「って、お前何やってるんだよ、宥羽にとって大事な時に面倒なことをするなよ」

「そんな怒るってことは本気なんだな。初めてみたよ。それにあの子は気にしてないな俺のこと」

「ったく、俺のことはいいから、もう何をしてくれてんだよ、宥羽は明日のコンクールのためにだな……」

将は両手で俺をなだめる様に言葉を遮った。

「あの子、彼氏いないってよ。見事に振られてきた」

「……だから、なんだよ」

「あれ? 知ってた? こりゃまた意外」

「うるせー」

「恋にも奥手、何事にも慎重。ビビりのお前がここまで盆踊りに夢中になるってさ。すごいよ。俺はよくわかんねーけど。暁斗の踊りは上手い」

「は? 何だよ」

「お前の想い言ってもいいんだぞ。ダメかどうかなんかは言わなきゃ始まらないし、相手の気持ちなんかどうあがいたって分からないんだから」

「そういうもんか? 好きなら相手のことを思うの当然だろ」

「ああ、だけどそれで自分の想いを我慢するのか? なるほど、あの子に好きな相手がいるのか?」

「ったく、もうお前はそういうとこは切れ切れだな……」

プシュ。

ペットボトルの蓋を捻って。

ゴクゴク。

ミネラルウォーターを流し込む。

喉を伝う冷たさだけが正直だった。

「それでも言った方がいい。あとで後悔するよりはずっといい」

「振られるに決まってんだろ」

「あほかお前は。好きなやつがいるってだけだろ? ならその好きをお前に向かせればいい」

「お前みたいに見てくれよくて、運動神経よくて気が利くやつの台詞だよ」

ペットボトルの中の水を顔から浴びたい気分だった。

「暁斗。今のお前はかっこいいよ十分。相手のことを思いやる気持ちもすごいよ、でもさ、そんだけ惚れた子なんか、もう一生会えないかもしれないぞ」

「んな、大袈裟な」

「一生もんの出会いってあるんだってさ。俺の爺ちゃんが言ってた」

「一生もんの出会い?」

良く分からないけど心に棘が刺さったように刻まれた。

「さっき、あの子、お前の後ろで踊ってたけど、お前のこと見てたぞ。じゃあな」

「あ? おい!」

将は背中越しに片手を挙げて歩いて行った。

ったく。

何しに来たんだあいつは。

宥羽に余計なことしやがって。

もし、決勝行けなかったらどうしてくれるんだよ。

宥羽……

望や里菜と輪を作りながら、小さな女の子の髪を整えてあげている。

なんか宥羽の周りにはいつも人がいて、そしてみんな笑ってるな。

俺も――


――一生もんの出会い。

か……


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