隠していること
ドドン、ドドン。
カラッカッカ……
『月が~、出た出た~、月が~出た~……』
『炭坑節』の歌声と太鼓が提灯と揺れている。
まだ青さの残る空。
昨日より涼しい境内。
私は踊りの輪の中に身を置いて、体を馴染ませている。
まだ早い時間だから、踊っている人は少ない。
コンクールの課題曲は『葛飾音頭』『東京音頭』『大東京音頭』。
他の物は含まれないけど、お祭り自体はこうやって色んな音頭を流して夏の夜を彩り賑わいに誘う。
子供用にアニメのキャラクターの盆踊りもかかる。
今太鼓を叩いているのは。
くーちゃんの彼氏の町村さん。
チラッと見上げる。
白い浴衣に緑の帯の浴衣姿が似合っていて。
日焼けした腕が眩しくて。
素敵だなって。
好きにはなってないと思う。
だって好きになっちゃいけないから。
憧れかな。
町村さんの太鼓の縁を叩く音。
乾いて高くて澄んで聞こえるんだ。
まるで歌ってるみたいで。
踊りもそうだけど太鼓も叩く人によって微妙な違いがある。
くーちゃんのお父さんの音色は絶対の安心感。
音量も響きも、これが盆踊りって感じ。
くーちゃんは、おいでおいで一緒に騒ごうよって。
優しくて明るい音色。
町村さんは、くーちゃんのお父さんに教わって、去年から太鼓を叩いている。
傍にいるくーちゃんの幸せそうな眼差し。
こころがくしゃみをする。
私にもいつか、そういう人が現れるのかな。
私を初めてちゃんと一人の女の子って接してくれた人だから。
大袈裟かな。
ドドン、ドドン。
カッカ……
あれは二年前――
校舎の階段の踊り場でクラスメイトの田辺さんと話をしていて、ちょっとした言い合いになったことがあった。
盆踊りを馬鹿にされて。
でも、当時の私は何も言い返せなくて。
自分の中の想いや情熱を言葉に出来なくて。
悔しくて。
そこにくーちゃんと付き合い始めたばかりの町村さんがふらっとやってきて。
「きみさ、人の好きなものを馬鹿にしたりしない方がいいよ。自分が逆の立場だったら嫌でしょ?」
「は? 思ったまま言っただけ」
「ふーん。じゃあさ、騙されたと思って一回、宥羽ちゃんの踊り見に行ってごらん。彼女の踊る姿を見て何も感じないなら君は正しいかもしれない。でもね少なくとも僕は感動したよ。楽しそうに踊る彼女を見て、こっちまで幸せな気分になる」
真っ直ぐ友人に向かって話す優しい顔と言葉。
ああ、私の踊りってそんな言葉で伝えられて。
そう言う風に見てくれてる人がいたんだって。
くーちゃんも、望や里菜もお母さんやお父さんも、おばあちゃん、おじいちゃんも、みんな上手だね素敵だよって言ってくれるけど。
そう、私は楽しいの。
その楽しむ姿を幸せになるって感じてくれて。
私は泣きそうだった。
田辺さんは黙っていなくなって、そのあと見に来てくれたのかも分からない。
「伝えるのって難しいよね。でも、言いたいことがあったら言った方がいいよ」
そう言って町村さんは微笑んでいた。
それから。
私の中にはずっと、町村さんの言葉がしまってある。
カッカッカ。
カッカッカ。
ドンドン。
ドドンドドン……
☆
ドンドンドン。
ドドン、ドドン……
今は子供たち用のアニメのキャラの盆踊りがかかっている。
その間に俺は水分を補給する。
手応えはいい。
課題曲の三曲は大丈夫。
人前でこれだけ集中して踊れたら。
慣れない下駄の鼻緒が指の間を擦って痛いけど、この痛みさえ楽しさのひとつ。
――ただ、気づいてしまったことがある。
少し前で踊る宥羽を見ながら、目に焼きつけながら踊りの輪にいた時。
宥羽の視線が時折、櫓の上に注がれているのを。
そこにいたのは太鼓を叩く、宥羽の幼馴染の恋人。
名前までは知らないけど。
高身長のイケメン。
どっかのアイドルみたいで。
でもきっとそれだけじゃない。
宥羽がアイドルなんかに浮かれているのは見たことない。
少なくとも自分が知る限りだけど。
ちょっと気が抜けそうになって。
振りがワンテンポ遅れて。
でもせっかくここまで来たから、気を引き締め直したよ。
ペットボトルの水を含んで見上げた夜空。
薄っすら白い雲がゆっくり漂っていた。
「ねえちょっといい?」
声を掛けてきたのは、黄色い浴衣姿の望。
「どうしたの?」
望は手招きをして、背を向けて歩き出す。
なんだ?
小さい門から境内を出て行く。
お寺の敷地の角を曲がったところでくるっと振り向いた。
「あんたさ、宥羽のこと好きでしょ?」
いきなりのストレートな物言い。
「え? 何で……」
「あんたの踊り、あれ宥羽の真似したんでしょ?」
「いや、それは……」
確かに一番見たよ宥羽の踊りは。
でも、なんで分かるの?
「別にそれはいいんだけどさ。話したかもだけど、宥羽は今年の盆踊りコンクールで優勝するのが目標……夢なんだ」
「ああ、前に聞いた」
「だから、コンクール終わるまでは、あんたの気持ち伝えるの待ってくれないかな」
「いや、何で好きって決めてるのか……」
「あんた、分かりやすいの。顔に書いてある。宥羽が好きだって」
ハッとして頬を触る。
熱い……
「宥羽のこと好きなら集中させてあげて欲しいんだ」
「ああ、わかった」
「やっぱり好きなんだ」
望は腕を組んで俺の顔を覗き込む。
「は?」
小さく息をついた望は、ニコッと笑う。
「ううん。でもすごいよ、踊り上手い。もしかしたら決勝に進めるかも」
「そうかな? うん。言わないよ。あのさ、変なこと言うけどいい?」
首を傾げる望。
「俺はただ、宥羽……飯坂と一緒に踊りたいんだ。櫓の舞台で盆踊り。そりゃあ、好きだけど……」
心の中にある絶対的な自信というか、どうしようもない想いがある。
「どした?」
「俺には、なんだ、飯坂は眩しすぎるっていうか、釣り合わないっていうか、それに飯坂、好きな人いるっぽいから」
目を丸くした望。
「意外。でもいいんじゃない。あんたのこと見直したよ」
「どういうこと、そんなにダメってこと?」
「ううん。優しいねって。そういう目で見れないと、宥羽の微妙な気持ちに気がつかないもんね」
「……そうかな」
望が否定しないってことは……
「うん。だから、コンクール終わったらあんたの好きにしていいよ。告るもいいし。言わないもいいし……」
なんか言い淀んだ望。
「大丈夫?」
「え? ああ、ごめん。じゃあさっきの件はよろしくね、お互い頑張ろう」
「あ、ああ」
やっぱり、宥羽はあの人のことを想っているのか。
叶わぬ恋なのに。
俺も同じかな。
でも、宥羽と一緒に踊りたい。
この気持ちだけでもちゃんと成仏させてやらないと。
パチン。
平手に拳を叩きつける。
ぬるい風が浴衣の袖を揺すって抜けた。
☆
ドンドン、カッカッカ、カッカッカ。
四年振りに浴衣に袖を通した。
高校時代に着ていた古い浴衣だけど。
身を包めば、シャキッと背筋が伸びて。
帯をする時は少しきつく感じて。
「瑞帆、太ったでしょ」
母は、からかい交じりに言っていた。
でも着付けをする母はどことなく嬉しそうだった。
「お母さんも見に行くからね」
「はいはい、ていうか踊ればいいのに」
「そうね、それもいいかも」
「私が着付け手伝うよ」
「あら、瑞帆に出来るかな」
そんな母の笑顔を見て、少しは親孝行出来たのかなって。
勝手に思った。
でもね。
聞いちゃったんだ。
吉岡のおじさんのこと。
病気なんだって。
下町のいいとこは助け合いがある所。
でも、その反面、人の家の知りたくないことでも耳にすることがある。
吉岡さんは娘さんを早くに亡くしていて。
奥様も娘さんの後を追うように病気で他界されたんだって。
それから、吉岡のおじさんはずっと独りで暮らしている。
母は娘さんと同級生だったみたい。
「真美ちゃんきれいだった。盆踊りが上手でね。昔は、コンクールみたいのなかったからあれだけど、うっとりするような踊りだったよ」
だから、吉岡さんにとって、あそこで踊る子はみんな娘みたいなもんなんじゃないって。
私は今――
その背中を見て踊っている。
吉岡さんが痩せたせいなのか、私が大人になったからなのか。
あれだけ大きく見えた背中が。
哀しく見える。
でも、踊りの味は褪せていない。
男の人の踊り。
特に吉岡さんほどのベテランになると。
その人の色が出てくる。
仕草や間がその人独特のものになる。
少し後ろ重心で空を仰ぎ見る様に足を運んで。
振りが早いけど、きゅって止まって。
それでいて美しい。
史上最高の私の踊りを見せてあげたい。
「瑞帆ちゃん凄いよ、うっとりするような、そしてキラキラした踊りだった」
コンクールで優勝した時、そう言って喜んでくれたおじさんのために。
史上最年少優勝者の誇りと吉岡さんへの感謝を胸に。
指の先、足の先にまで気持ちを込めて。
太鼓の音色に身を預けていた。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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