弱すぎるファミモン
「……はぁ」
後ろ手に鍵をかけて、クラムはほっと息を付いた。
広がるのは、一ヶ月前に移動した自分の部屋。
騎士クラスと使役者クラスでは必要になる設備も違うため、部屋も異なるのだ。
まだ家具は少ないが、それでも一ヶ月この部屋で生活してきた。
自分の部屋とは、やはり安心するものだ。
特に、今のクラムのように、何かを隠さないといけない者には。
靴を脱ぎ、クラムは部屋にあがる。
少しだけ早歩きをしたため、汗が出てしまった。
軽くシャワーでも浴びたいが、それは後だ。
上着を脱ぎ捨て、ソファーに座り、クラムは自分のシャツをめくる。
「……よし。生きている」
そこには、手のひらサイズほどの大きさの白い獸がいた。
まだ成長途中……だと本人は思っているふくらみかけのクラムのおっぱいでもその存在を包めるほどに、小さい獸。
その幼獸は、舌を出して力なくぐったりとしていた。
クラムはそっとその幼獸を抱き抱える。
「……熱い。小さいから元々体温が高いのか、それともあんな狭いところに押し込めちゃったからか……あっ」
じっとの様子を見ていたクラムが気付く。
「……鼻血。ちょっと待って、すぐに拭くから」
幼獸の黒い鼻先の周りの白い毛が、赤くなっている。
クラムはすぐにハンカチで、それを拭ってあげる。
「……大丈夫?」
「……はぅ」
まるで、返事をするように小さな声で鳴いた幼獸に、クラムは軽く目を閉じる。
「……横になった方がいいね。寝床を作ってあげるから、しばらくはここにいなさい」
クラムはそっとソファの上に幼獸を寝かせると、脱衣所に向かい、タオルをとっていく。
なるべく、生地が柔らかいものを。
「……参ったな」
クラムはちらりと、脱衣所の隣の部屋に目を向ける。
そこは、クラムの部屋よりもやや広い、まだ何も置かれていない部屋。
本来、そこは召喚したファミモンの部屋になるはずだった。
強大なファミモンの。
「……あの子には、広すぎる。私の制服の中にすっぽりと隠れるくらいだし」
あの子。
クラムが呼び出したファミモンの幼獸。
あれは、まさしく逆だ。
強大の逆。
小さくて、そして弱い。
クラムの制服に隠しただけで気を失ったり熱を出したりするのだ。
怖くて、治療薬で回復させるのも戸惑うほどだ。
「……やっぱり、あんな子見せられない」
使役者クラスは、ファミモンと呼ばれる使い魔を使役することから、この学園でもっとも位の高いクラスと言っても過言ではない。
卒業後は、騎士よりもほとんどの使役者の立場は上位になり、悪事を働かず人類のために行動するのならば、王さえも簡単には口を出せない自由な地位を得ることもできる。
ゆえに、呼び出されるファミモンにも、質というのが求められるのだ。
クラムは騎士クラスから追い出されて使役者クラスに転入した。
その時点で肩身が狭いのに、呼び出したファミモンがあんな弱そうな獸では、何を言われるかわからない。
だから、クラムは召喚の間から幼獸を制服に隠しながら部屋まで戻ってきたし、あのときも、スカートの中に幼獸を隠したのだ。
クラムの様子を心配して入ってきたモナには正直驚いた。
クラムも、ちょっと召喚した幼獸の姿に放心してしまってはいたが、とっさとはいえスカートの中に隠すのは失敗だった。
幼獸をスカートに隠して会話をするのは本当に大変だったのだ。
急にあんなところに押し込められて、幼獸も驚いたのだろう。
しっぽを激しく振ってクラムのふとももをくすぐってきたのだ。
あれは本当に恥ずかしかった。
変な声が出るのを押さえながら、なんとかクラムはモナを誤魔化したのだ。
と、思い返した恥ずかしさを追い返すようにクラムは頭を振る。
そんなことは、問題ではない。
問題は、モナとの会話だ。
クラムは、とっさとはいえモナにこう告げたのだ。
『呼び出したファミモンが襲いかかってきたので倒した』と。
クラムは、この幼い獣を自分のファミモンだと申請できなかったのだ。
「……どうしよう」
クラムは悩むが、答えは出ているように思える。
現在、人は魔境と呼ばれる特殊な場所と生存競争を繰り広げている。
人が支配できた場所以外では、凶暴な魔物が闊歩しているのだ。
そのなかでファミモンは、戦うために存在している。
戦えないファミモンなど、存在している価値はない。
ましてや、騎士クラスから追い出され、しかしその実力と功績で転入が許されたクラムのファミモンであるなど、あってはならないことだ。
「……そうよね」
クラムは腰にかけている剣に手をかける。
するなら、早い方がいいだろう。
通常、学院に在籍中のファミモンの召喚は一度限りだ。
だが、ファミモンを失えば、もう一度別のファミモンを召喚できる。
(……もう、倒したって言っちゃったし……)
タオルを持ったまま、早歩きでクラムはリビングに向かう。
(……怖がらないように、なるべく早く。苦しまないように、一撃で)
それが、せめてもの出来ることだと思いながら、クラムはリビングに、白い幼獸がいる部屋に入る。
すると、さきほどまで力なくぐったりとしていた幼獸が、起きあがっていた。
ふんふんと興味深そうにソファのにおいを嗅いでいる。
そして、そのままソファの端までヨタヨタと歩いていく。
「……ぽふん!」
そこで、クラムが戻ってきたのに気付いたのだろう。
白い幼獸は顔を上げてうれしそうにクラムを呼ぶ。
その足は、あと一センチもずれたらソファから落ちそうで……
「……危ない!」
クラムは、とっさに白い幼獸に駆け寄ると、彼の体を持ち上げる。
「……ぽふぅう?」
急に体を持ち上げられて、白い幼獸が不思議そうに首を傾げる。
「こら! 危ないじゃない! あんな端っこに立っちゃ! アンタ小さいし、弱いんだから、あのくらい高さでも落ちたら怪我するわよ! アンタの身長くらいの高さはあるんだからね!」
わかっていないだろうが、それでもクラムは幼獸をしかりつけた。
実際、白い幼獸はきょとんとした顔でクラムを見ている。
「……もう! ソファには乗せられないか」
そういって、クラムはそっと床に白い幼獸を下ろす。
「……はぁ。アンタはそこで大人しくしていなさい。私は今からアンタの寝床を作るから」
「……ぽふぅ!」
元気よく幼獸は返事をすると、大人しくその場でピシリとお座りをした。
(……かしこい。頭はいいのか)
そこまで考えて、クラムは本来この部屋に戻ったらしようとしていた事を思い出す。
「……もう、そんな空気じゃない、か」
はぁ……とクラムは息をはいた。
クラムはポケットから植物の種を取り出す。
それに力を込めると、種が淡く光り出した。
「……これくらいかな。とりあえず、簡単に……あとは勝手に出ないようにしないと」
自分が今から作るモノを思い浮かべて、クラムはリビングの端、何も置いていないところに植物の種を蒔く。
すると、植物の種は爆発的に成長し、絡まり、一つの大きめの駕篭になった。
「……こんなもの、か。あとはタオルを敷いて……」
出来た駕篭に、クラムはタオルを敷いていく。
その様子を、白い幼獸はその眠そうな目でじっと見つめていたのだった。
○○○○日後に○○主人公(男)