2-3. 何か違う戦が始まった
唐突な宗麟の台詞に、吉弘鑑理――二児の母は顔を真っ赤に染め上げる。
「あ、私もいますぜー」
すかさず道雪が便乗した。
「え、道雪も!? みんな僕とあまり変わらないくらいに見えるから、なんか不思議だなあ」
「むほっ」
道雪は気持ち悪い声を漏らすと、デレっと相好を崩す。
宗麟の幼少期から世話を見ているのだから、年が近い訳がない。
しかし、宗麟は本気でそう思っていた。
実際、この時代の女性は早熟であり子供を産むのも早い。
また、男子が激減している今、寺社も積極的に子供を産ませようとしている。
その分、数少ない男子たちは必至に供給側に回っているのだが、それが女嫌いの一因になっているのを女性たちは気付いていない。
「じょ、じょううーーーーん!!」
「ぎんちょーーーーー!!」
テンションが高くなりすぎたのだろうか。
少々舌足らずな声を張り上げる鑑理と道雪。
誰かの名を呼んでいるのだろうが、ただの奇声にしか聞こえない。
吉岡長増、角隈石宗、そして臼杵鑑速は少し羨ましそうだ。
彼女たちは子供がいないようである。
すると、宗麟の前へとやってきたのは、
「母様……じゃない。吉弘様。すっごいすっごい困ります」
凄く迷惑そうにしている、十歳過ぎくらいの少女と、
「母。どったん?」
十歳に届かないくらいの幼女だった。
しかし、興奮している吉弘鑑理さんと立花道雪さんの耳には全く入っていない。
「そ、そそ宗麟様! この子は私の子供なのですが、高橋家に養子へ出したため、名は『高橋紹運』と申す者です!」
「若っ! こいつは私の娘なんすけど、嫁にどうっすか!? あ、名前は『立花誾千代』って言います!」
「道雪!? 貴様、言うに事欠いて、よ、よ、っよ、よよっ!?」
「鑑理殿が愉快な人に」
「……馬鹿」
「二人とも落ち着いて下さいねー。全く、お姉さんも呆れてしまいます」
ペシっと両手でそれぞれの頭を長増が叩く。
「はっ!? ……そそそそ宗麟様、大変失礼いたしました!!」
「うっ、そのぉ……。たはは、お手数おかけしやして」
正気に戻ったような二人に、諸将が剣呑な目を向ける。
いかに重臣と言えども宗麟に対して失礼だ、という無言の圧力だ。
そんな時に救いの手を差し伸べるのは、
「あはは、家にいるって感じがするね!」
やはりこの男、大友宗麟だった。
「えっと、紹運と誾千代だよね? これからよろしく」
クスクスと抑えきれない笑みをこぼしながら、彼は少女たちへと手を差し出した。
宗麟の寛容さに呆気にとられた諸将である。
ただ、宗麟の太陽と見まがう笑顔で心が浄化されたのか、すぐに悟りを開けそうな顔へとなっていく。
(御仏はここにいたわ)
(戦なんて必要ない。人々は分かりあえる)
(むしろ宗麟様さえいれば良い)
そんな心の声が聞こえてきそうだった。
そして気付く。
(((そんな宗麟様を取られるなんてとんでもない!? 大内の奴はぶっ潰す!!)))
最終的に闘争心を燃やした。
女性は獣である。
それはさておき、宗麟に手を差し出された少女たちはと言うと、
「へぅ」
「ぽぉ」
すっかり宗麟に当てられていた。
年若い少女たちに、宗麟は刺激が強すぎたようだ。
完全に劇物である。
取り扱いに資格免許が必要かもしれない。
「……? えっと、大丈夫?」
反応のない二人を心配した宗麟。
顔を覗き込むように腰をかがめる。
「へええぇぇっぴゅ!?」
「あばばばっばば!?」
奇人の域に達し始めた少女二人は、
「「しゅきっ!!」」
混乱しすぎて、その場で告白していた。
「よく言ったぁ、誾千代! そのまま若を自分のもんにしろぉ!!」
道雪の臨機応変さが冴えわたる。
頭の柔らかさとでも言うべき反応の速さだった。
脳が筋肉で出来ていると言われる割に、この柔らかさ、これ如何に。
「ひしっ!」
しかし、母があれなら子も子。
言葉はあろうとなかろうと、幼女という立場をフル活用していた。
宗麟の足にしっかりと抱きつくと、
「おにぃ、しゅき!」
幼女特権、その名は無知、無垢、無邪気の三拍子!
彼女を無碍に振り払う事など、宗麟の頭には欠片も浮かばない。
「うん、ありがとう」
ただし、性的対象には決してならない。
宗麟の眩しい笑顔が輝くだけだ。
「しまった! 誾千代はガキ過ぎた!?」
今頃になって道雪は己の過ちに気付く。
「……馬鹿」
「私でも分かりますよ、あれ」
「道雪らしいけどね。お姉さんの期待を裏切らない、この感じ」
「くふふ、哀れですね、道雪!」
「くっ、てめえは……鑑理!?」
「貴女のところの誾千代は幼すぎたのです」
「んなもん、言われなくてもわからあ!」
「ええ、だから馬鹿にしているのです」
「ほんっといい根性してるな!? この化け狐が!」
「あぁっ!? 脳筋ダルマに言われたくはないのですけれどぉ!?」
「んだゴルァ!?」
「……茶番」
「えっと、戦の準備でもしましょうか。陣形はどうします?」
「そうねえ、お姉さん的には魚鱗で良いかなって」
「いけない、馬鹿に関わるとこちらも馬鹿になるわ」
「上等だ、おい、たたっ斬ってやるよ」
「ここで真打の登場よ! さあ、紹運、宗麟様の御前へ!」
「もういっぞ」
「……あら?」
「母様が、その、ほんとにほんとに失礼いたしまして……!」
「そんな事ないよ。鑑理は帰ってきたばかりの僕を気にしてくれてるんじゃないかな」
「はあぁぁ、流石です、宗麟様! なんとなんとお優しいのでしょう!」
「さすが、おにぃ!」
当初は頭から湯気を出しそうな反応をしていた高橋紹運と立花誾千代。
それが今ではどうだろうか。
そこには、楽しそうに話している三人がいた。
「え、宗麟様と普通に話せている、の? こんなに早く?」
「鑑理」
愕然とする鑑理の肩に、道雪がポンと優しく手を置く。
「な、何よ」
「これが老い、ってやつなんかな」
「わ、私はまだ三十――って、何言わせんのよ!?」
「……出発」
「はーい、ご両人、そろそろ出ますよー」
「戦準備、何も手伝わなかったわね、あの二人。あとでお姉さんの御仕置かな」
目指すは、勢場ヶ原!