3-23. 斬り込む先の日和見の
――尼子晴久。
彼女は日和見主義として知られている。
先代である尼子経久の孫、しかも次女として生まれた晴久は、本当なら当主とはならないはずだった。
姉は夭折、母は陣没。
思わぬ形で転がってきた当主の座だ。
さらに言えば、尼子の統治する大部分は先代の経久が勝ち取ったもの。
晴久にとっては引き継いだという感覚が強い。
よって、晴久は正面切って男子や領土を奪い合った事が殆ど無かった。
また、奪い取ろうという気概も薄かった。
しかし、彼女は一度だけある。
大きな勝利を挙げた戦の経験が、一度だけある。
大内氏が西国一と呼ばれ興盛を誇り、毛利氏が未だ爪を研いでいた時。
石見、因幡、但馬の三ヶ国の守護大名、赤松氏を下し大勝を収めたことが。
その時は国取りと言うより、周囲への牽制であった。
『尼子』の御家を知らしめる目的であった。
だからこその立ち回り、策略の上手さであった。
つまり、尼子晴久は、
「私、初めてなの。本気で『戦』をする事が」
山陰の覇者と呼ばれる尼子家。
その牙は決して、生易しいものではない!
名だたる武将こそいないものの、精兵と呼ぶに相応しい。
手足のように巧みな攻守。
時に嵐のように、時に山のように。
しかして揺るがぬ大海が如き精神をもって。
毛利の兵を追い詰める!
「だから何だって話さ」
対するは毛利両川が一つ。
毛利の片翼を担う智将『小早川隆景』。
武を示す吉川元春が荒れ狂う濁流だとしよう。
ならば、隆景は何であろうか。
川だ。
濁流を包む川だ。
恵みをもたらす川だ。
あるいは、氾濫する川だ。
清濁併せ持つ眼光を光らせ、
「田舎の引きこもり相手に負ける要因は無いかな!」
大海すらも一部とせんと。自らが飲み込む先であると。流れ出す末の終着では無いと。
「毛利はそこまで甘くない。貪欲に、狡猾に、猥雑に!」
運ぶは土。
埋め立て、己が立つ大地とすべく、その矛を振り下ろす!
「ならば!」
晴久は隆景へ肉薄する。
この戦の仕様は『団体戦:鶴翼』。
そして、将の数は一人で行われていた。
つまり、晴久と隆景。
どにらかが倒れれば、この戦は終焉を迎える。
これは団体戦である。
しかし、異例の事態である事は言うまでもないだろう。
そこから読み取れる事は一つ。
早期決戦だ!
繰り出される五月雨が、隆景をひれ伏そうと降りしきる。
晴久が振るう木刀。
そこに日和見と呼ばれる甘さはない。
しかし!
捌く。
捌く。
捌く!
隆景が智将と言われる所以はどこか。
将棋もかくや、その理詰めの剣にある。
晴久の刃を治めるが如く。
呑み込み、不動の明王となる。
「ボクには届かないよ」
「まだ早いのではなくて?」
「既に、見切った……!」
言葉と同時に攻守は翻る。
明王が、捌く。
捌く。
裁く!
「言っただろう?」
「くっ!?」
「既に、見切ったんだよ」
けれども、
「甘いわね……」
裁きの矛は、貫けない!
「!?」
二人の間に割って入る、一陣の矢。
「これは団体戦よ?」
晴久は微笑む。
「用兵を怠るなんて、智将の名は早かったのかしらね?」
矢の切り込んできた方を、隆景はゆっくりと見やる。
「我が名は『山中鹿介』! 『尼子義久』様の名の下に、七難八苦を引き連れて候!!」
「オラァァァ! 俺の為に働け、可愛い雌豚どもがぁぁぁ!!
「「「はい、義久様ぁぁぁぁぁあああああ!!!」」」
「はぁ……?」
隆景の間抜けな声が虚しく溶けた。
▲▽▲
「行くよー、皆! せーーーっの!!」
「「「いぇぇぇぇぇぇええええええい!!!」」」
宗麟の合いの手に合わせ、鼓、笙、琴に三線、囃子の音頭が鳴り響く。
轟く。
がなる。
喚き立つ!
収まりやらぬ興奮と、愉快な音が鳴り止まぬ。
「ありがとぉぉぉぉぉおおおお!!」
張り上げる声。
止まぬ喝采。
振り上げる拳。
そこは天上の宴!
この宗麟、ノリノリである。
「今日は僕にとっても記念すべき日になったよー!」
「「「こっちこそーー!!」」」
「次は与力、尼子義久殿の登場! な ん だ け ど! 僕からお願いがありまーーーす!」
「「「なーーーにーーーー!!!」」」
「これから、ここで『戦』を始めマーーース!」
「「「何のーーー!!??」」」
ここで疑問を挟まない聴衆。
訓練されたら空すら飛べそうだ。
「仕様は「団体戦:長蛇』! ここまで言えば分かるかなーー!?」
「「「まっかせろーーーーーい!!」」」
この宗麟、ノリノリである。
「え!? ちょ、待て、宗麟殿!?」
ここで義久が慌てて出てくるが、もう遅い。
「終点は備後と筑前! ここから『鬼ごっこ』が、はっじまっるよーー!!」
「「「ひゃっはぁぁぁああああぁぁぁあああああ!!!」」」
「宗麟殿ーーー!?」
義久の叫びが虚しく溶ける。
ーー『団体戦:長蛇』。
大将の旗を奪えば勝ちの鬼ごっこだ。
「大将は宗麟と尼子義久殿! ここから歴史に名を残す強者が出るか!? 僕は与力として輝弘くんに着くよー!」
「宗麟殿ーーーー!!??」
犠牲者が増えた。
進撃の女性が、始まる。
「流石だわ、宗麟様。私たちには出来ない事を、いとも平然とやってのける!」
「……援軍」
何だかんだで宗麟の意図を読み解くのは義隆と石宗。
「それじゃ、私は帰る」
「あたいは逃げる!」
「これはこれは逃げの一手!」
状況から取るべき最善の行動を導き出す、本能が警鐘を鳴らした三人は塩市丸、誾千代、紹運だ。
「じゃあ、私は備後ね」
「義隆殿、輝弘君を任せました! 私は私は筑前一択!」
「あたいも筑前だよね!」
「……筑前」
「私も当然だけど、筑前多くない?」
「まあ、義久側には彼女がいるから大丈夫じゃないかしら?」
「「では、任せました、鹿介殿!」」
「七難八苦!?」
義久の護衛としてついてきていたのは『山中鹿介』。
特に活躍する事もなく、今まで義久の隣でのんびりとしていた彼女だ。
そんな彼女の伝説が、尼子の伝説が、義久の伝説が!
ここから、始まる!




