3-11. 帰るまでが『戦』です
晴賢は叫ぶ。
一擲の下、渾身の力を込めて叫ぶ。
「せやぁぁっぁぁぁぁっぁあああああ!!」
向かえ討つは、『吉川元春』。
振りかざす木刀。
煌めく一閃。
毛利が求めてきた、沸き立つ渇望!
――それが、”力”だ!
「でやああぁっぁぁぁぁぁあああああ!!」
何を須らく屠ると言うか。
如何せん。
全てだ!
全てを叩く。
全てを折る。
全てを這いつくばらせ、屈服させろ。
どうしようもなく、全てを力でねじ伏せろ!
「それが『毛利』! それが『武』! それが、あーしの『一刀』なんだし!!」
両者、弾け飛ぶ空気の狭間。
光る眼。
雨の滴。
全てを置き去りにして、夜闇は切り裂かれる。
「あーしはぁっぁぁぁぁああああ!」
元春はガ鳴る。
良く。
幾!
行く!!
最上の形へ、幾度も行き、突き詰める!
元春はただ、
「毛利が”武”!! その重みを、その想いを、その生き様をぉ!! 誰にも越えさせてやんねーし!!」
自らの矛を鋭く。
誇りを鋭く。
先を鋭く。
咲かせてみせよう、我らが毛利の徒花を!
それだけのために、全てを賭けて生きてきた!!
対する晴賢は、
「”武”を揮うのは、”人”であって”人”ではないです!」
抉る。
穿つ!
捻じり切る!!
何を撒き散らし、捨てるのか。
大内か。
敵か。
違う。
『己』だ!
「倒すのではなく切るのです。人を切るとは、その人の”在り方”を切るのです! 相手を己が身に刻むのです! ただの暴力は、”武”ではないのです!!」
晴賢は輝く。
自らの”武”を、誇りとして。
毛利と相容れない、己が信ずる道を突き進む。
「毛利の刃は泣いているです! それだともう”人でなし”です!」
「あーしたちは鳴くんだよ! 毛利を天下に鳴らせようってさぁ!」
「その先に何が待っているですか!?」
「舞ってみせるし、地獄でも!」
元春は強引に木刀を振り抜く。
弾かれるように距離を取ると、
「覚悟が無いって? 騙す、躱す、探る、隠す! 卑劣、臆病、畜生、悪鬼! なんて言われても、あーしたちは変わらない!」
「どうしてですか!?」
「どうしてだって? そんなの決まってるじゃん。……生き残るためだし!!」
元春は、言う。
「最初っから大国で忙しくしてた晴賢殿には分かんないっしょ! 弱小ってのが、どういう世界か!」
「元春殿……」
「……語りは不要だし」
元春は構える。
そして、
「皆花よりぞ木実とは生る、我が身は則ち、六根清浄、六根清浄」
”業”を、発動する。
「なっ!?」
単発では脅威とも言えない”業”。
けれども、その姿は異常だった。
晴賢は愕然とする。
老婆のように腰を曲げて構える元春。
足は大きく開かれ、さながら獣のように晴賢を見上げる。
晴賢が見たのは、
「抜刀術……!?」
「奥義――『逆落とし』」
元春の、未だ見ぬ”業”の極致だった。
△▼△
「晴賢……。恰好良かったとよ」
「義長様……」
地で大の字に広がり、全身で雨を受ける晴賢。
彼女の脇へ、義長が膝を付き頭を撫でた。
晴賢の目に涙が浮かぶ。
負けた。
悔しい。
及ばなかった。
思慮が。
計略が。
力が。
手が。
……届かなかった。
「義な、が、様。ご、ごめんなさ、で、す。わ、私が、至らない、ばっかり、にぃ……ま、負けて、負け、負けて、しまいましたぁ……!!」
ボロボロと零れたものはすぐに雨風で流される。
それでも止まらない。
自責の念は止まらない。
「いいとね、晴賢」
何の慰めもいらない。
当主はただ、結果を受け入れる。
しかし、義長にそこまでの割り切りはできなかった。
「晴賢のおかげでウチ、頑張ろうって思えたとよ」
困ったような笑顔で、寄り添うように。
義長はただ、晴賢の側に在り続けた。
しかし、
「これで終わりじゃないんだよねえ、晴賢殿」
元就の声が撫でるように鼓膜へ触れる。
呆けたように二人は元就を仰ぎ見た。
夜闇と雨でグシャグシャになる視界。
赤く色付く口元の三日月だけが、何故かハッキリと見えた。
「『特殊戦:蜂矢』の申請をさせてもらおうかねえ」
その場で。
今度は毛利家から宣戦布告が行われる。
晴賢は言葉を失った。
「『蜂矢』……?」
「おや、義長殿は知らないんだねえ。まあ、これから嫌でも分かるよ」
一言いうと踵を返す元就。
「何、簡単な事さ」
元就に続く形で隆景が口を開いた。
「徹底的に潰すって事だよ」
――「特殊戦;蜂矢」。
それは『戦』であるが、通常の『戦』とは発生条件が異なる。
戦を申し込まれた側が勝利した後に申請が行われるのだ。
加えて、相手よりも総兵数が少ない等の”国力が低い”と寺社によって判断された場合にのみ申請が認められる。
通常、戦は申し込まれた側が戦の仕様を決めるが、『特殊戦:蜂矢』は申し込む側が仕様を決められるという事だ。
つまり、ジャイアントキリング専用の『戦』。
狙うのが難しい分、その効果も大きい。
ルールは簡単。
逃げる相手個々人が掲げる旗を壊されたら討ち死に。
壊すと言うのは矢で射抜かれてもアウトだ。
申し込まれた側は敵勢力圏からの離脱。
今回で言えば厳島周辺の毛利家が占拠した地帯を抜けるまで逃げ切ればセーフ。
鬼ごっこのような物である。
ここで重要なのは、他の戦と異なり、大将が存在しない事。
では、どうやって勝敗を判定するのか。
実は『蜂矢』に勝ち負けは存在しない。
旗を壊された人物は次の戦での出場停止が言い渡されるのだ。
名前の由来は蜂の矢の如く小さな存在が逆転の一手を秘めている戦のため。
次の戦で蜂の毒のように、その効果を発揮するのだ。
正に、泣きっ面に蜂、である。
それでも、大国であればあるほど領地から里子に出される男子は増える。
男子が増えるという事は、もし戦で負けても領地が減らない。
徴兵等も多くの地域で行える。
戦で将に任命しなくとも、将としての実力を持つ人材を多く抱える事もできる。
決して不利と言いきれるほどのものでもない。
寺社としては天下安寧を目指している。
しかし、小国であっても優れた能力を持つ人物が台頭する事を望んでもいるのだ。
大内家と毛利家の間で以前行われた『折敷畑の戦』にて、元就の嘘が寺社に黙認されたのもこれが理由である。
むしろ、弱国救済仕様。
生かせるかによってその人物の力量を計る。
それが『特殊戦:蜂矢』である。
そして、元就は見事、その利点を生かした。
――逃亡戦となった大内家は、特殊戦にて多くの将を討ち取られる。
からくも逃げ延びたのは当主の義長や重臣の晴賢を含め、僅か一〇〇〇。
二万の大軍団を率いていた面影はない。
見るも無残な敗走であった。
後に『防長計略』と呼ばれるこの特殊戦により、毛利家は一躍中国地方筆頭へと踊り出る。
しかし、他家がこれを黙って見てはいなかった。
豊後の大友宗麟。
そして――山陰の覇者、『尼子晴久』である。




