1-3. もうちょい詳しく
「その前に、一応補足致しますね。お姉さんが」
と、ここで微笑みを浮かべる一人の女性がひょっこりと顔を出した。
義鑑や石宗に比べると、圧倒的な色気と包容力を第一印象に受ける。
石宗は思わず眉間に皺を寄せた。
彼女たちの身長差は頭一つ分くらい違うのだが、石宗の空気の変化を目ざとく察知したのだろう。
女性はクスっと苦笑を漏らした。
「ごめんなさいね、石宗。でも若様にきちんとご理解して欲しいのよ。お姉さんは」
「……知ってる」
石宗の口調は変わっていないものの、どこか不機嫌な声色。
女性は整った眉尻を下げ、緩やかに手で口元を覆った。
「一応、ね。お姉さんだし」
それ以上、特に文句も出ない様子だったので、女性はコホンと咳払い一つ。
「改めまして、若様。お姉さんがもう少しだけ詳しく説明しますね」
「はい、よろしくお願いします。長増」
石宗と同じく加判衆の一人である女性『吉岡長増』は柔らかい笑顔を浮かべ語り始めた。
「まず、男児が産まれるとすぐにその地域の有力者の下へ養子に出され育てられます」
「寺社じゃなくて?」
「はい。身を預かるのは豪族や大名です。しかし、男子が自己排出した子種は”寺社が保管します”。そして、男児を生んだ対価に、親の住む村・地域には”子種”が与えられるのです」
「”子種”?」
「男が少ないと言う事は、それだけ子供を作りにくいという事ですからね。そのため、男児を出産した褒美として、親を含めたその近隣の女性へ精が配られるのです」
少年が男子だと今になって明かす点に問題があるのは、この”男子が生まれた際の取り決め”に背いていたからだ。
信じられない下世話だと思うが、当時の人々にとってもこれは苦肉の策だった。
子を産みたいと思う女性も多く、そもそも人手の面から見ても人が増えないと困るのだろう。
では、そもそもの子種をどこから持ってくるのか。
「そういった事ができるのも、寺社には”神の御業”があるからです」
長増は少し真剣な顔になる。
「男子を預かる者は男子が自己排泄した精を壺に入れ、それを各地の寺社に納めます。すると、不思議なものですが、何故かその精は命を失わないのですよ」
「ふーん?」
12歳の少年に何を言っているのだろう、と。
長増は若干遠い目をする。
しかし、大友家の長子であり男子である少年に説明しない訳にもいかない。
コホンと新たに咳払いを一つ。
「そして『この精からは何人の男児が生まれた』、『あの精から産まれた男の精は男児を多く生んだ』などの格というものがあるのです。それら格の高い精を管理しているのが、各地の有力寺社。この辺りで言うならば、『宇佐八幡宮』・『阿蘇神社』・『宗像神社』などが挙げられます」
「なる、ほど? だから、寺社勢力が強くなって、精を強奪されないように武装した僧侶――僧兵を持ち、大名のような一大勢力になっている……て事?」
瞬時に理解した少年の頭の速さに、長増は舌を巻く。
「え、ええ。その通りです。若様は凄いですね。お姉さん驚いてしまいました」
さらに、この時代では政略結婚などではなく”政略贈精”が行われている。
『戦』に負ければ男子は取られ、強大な勢力相手には自領に属する寺社で管理されている"格のある精子"を渡して和睦とする。
男にとって、正に種馬としか存在価値を見出せない世界だ。
さらに言えば、女性は女性で恋愛や自然妊娠、男性そのものへ対する欲求が異様に高まっている。
権力をかさに着て男性へ関係を迫る不埒な輩がいない訳でもない。
そのため、この世の男子の多くは女性たちを嫌っていた。
仕方ないと言えば仕方ないのだが、何とも男性諸氏には同情せざるを得ない。
「そっか、僕は皆に守ってもらってたのか。ありがとう、石宗、長増!」
対して、少年は異様に素直である。
義鑑の愛を(必要以上に)受け取った結果ならば、彼女の過保護にも意味はあったのかもしれない。
長増とその後ろで半分空気と化していた石宗は「なんて良い子……」と思わず頬を染めてしまう。
しかし、続く言葉には話をしていた二人だけでなく、その場にいた者たちが仰天する事になった。
「じゃあ、僕は戦で負けないために寺社で勉学に励めばいいんだね!」
「い、いえ!? 若様がわざわざ戦場に立たなくともいいんですよ? お姉さん、心配で戦えなくなります」
「……守る」
わたわたとする長増と身体を強張らせる石宗。
この時代の女性からすれば、男性を守るのは当然であった。
しかし、
「え? 母さんはいつも『息子を抱きしめてると守られてる感が凄いんじゃが、どうしよう』って言ってるよ?」
(((ぐぅっ、羨ましい……!)))
思わず思考が逸れる女性陣。
「……役割」
「役割、そう、役割分担です、若様。戦うのは我ら家臣の仕事。若様はお姉さんたちを励まして下さい」
(((よく言った!!)))
男子の声援一つで頑張れる。
この世界の女性はそんな存在であった。
「じゃあ、励まし方の勉強をしてくるね!」
自らの処遇など露ほども気にしていない、天真爛漫な笑顔。
何人かが「うっ……!?」と胸を抑えて蹲る。
こうして、出家をする事が決まった少年は、『休庵宗麟』を号する事となり、『大友宗麟』を名乗るようになる。
そして、この時。
少年の言った言葉をもう少し理解しようとしていれば、少年は”人たらし”にならずに済んだのかもしれない。
普通に考えれば、「励まし方を勉強する」などツッコみどころしかなかっただろうに。
「……尊い」
「同意しかできません。お姉さん、これだけで頑張れる」
結局、少年の笑顔で頭がいっぱいだったのだ、彼女たちは。