1-4. 帰ってきたらイケメンになってた
――五年後。
塩法師丸改め『大友宗麟』となった少年が、大友家へと帰ってくる日。
既に齢は17となった彼は、青年といえる容姿をしている事だろう。
そんな期待に胸を膨らませている大友家の女性たちは、宗麟を今か今かと待ちわびていた。
宗麟が出家する時は、それはもう盛大なお祭りとなった。
「あれが宗麟様!?」
「え、美少女じゃん!」
「いや、美少年でしょ」
「こっち向いてー!」
キャイキャイという生易しいものではなく、実際は暴徒のように押し寄せた村娘や下級武士たち。
必死に彼女たちを抑える家臣団ではあったが、本来ならば自分たちも見たい。
次に会えるのは五年後なのだから、出来るだけ近くでイチャイチャしたい。
宗麟が女性に対して寛容だという噂は、どこから漏れたのか皆が知っていた。
「行ってきまーす」
輿に担がれながら道を行く宗麟と言えば、そんな女性を、ある種で煽る言葉と笑顔を撒いている。
女性がワッショイし始めるのも時間の問題だった。
「あの時は大変でした。お姉さんの夢に何度か出てきたのよ、女の波が」
「……地獄」
今回はそれを反省して、宗麟を極秘に迎えに来たのである。
そのお役目を誰が引き受けるかで一悶着も二悶着もあったのだが、ここでは割愛しよう。
要は、還俗する神秘的な美青年をいの一番に見たい、という欲求のぶつかり合いであった。
「さてさて、若様はどんな素敵な殿方になられたのかしら。お姉さん、今から胸が高まって苦しい」
豊かな胸にそっと手を添えて、ふうと軽く息を吐いたのは『吉岡長増』である。
そんな彼女の手が置かれた双丘へ、チラと一瞬目をやったのは『角隈石宗』だ。
「……脂肪」
「そんな吐き捨てるように言わなくても。お姉さんも好きで大きくなった訳じゃないのに」
「……敵」
「あらあら」
長増はのほほんと、微かに赤くなっている頬に手を当てる。
何故か大友家は幼児体型が多かった。
石宗しかり、当主の義鑑しかり。
その中でもダイナマイトバディである長増は、
「見せる人もいないのにね。これはこれでお姉さんも大変なのよ? 汗とか」
むうと呻ると自身のたわわな胸を、下から掌で支えてみせた。
「……乗、った」
愕然とその様子を眺める石宗はブルリと身震い。
自分の微かに隆起した胸部を一瞥し、
「……っち」
「宗麟様がそろそろ来るから、ね?」
困った顔のよく似合う長増になだめられていた。
なお、長増本人に煽っている気は一切ない。
親切心と困惑がフィフティーフィフティーである。
――ギィィィィ
そんなやりとりをしていた二人だったが、唐突に眼前の門が音を立ててゆっくりと開かれた。
中から外を伺うように、頭巾で頭を包んだ一人の僧兵が顔を覗かせる。
「大友家の者か?」
周囲を過剰に警戒している様子。
それもそのはず。
出立の際に目立ちまくった宗麟だ。
近隣の女性たちが美少年を一目見ようと、山門の付近へしょっちゅうやってくるようになった。
加えて、寺社は精と男子の戸籍を管理するような場所であったため、実際の男子を預かる事はあまりない。
寺側としてもどう扱って良いか、おっかなびっくりであった。
その分、宗麟は中々に良い環境で過ごす事ができ、女性に対して悪感情を抱く事なくスクスクと育っていたのだが。
「あ、長増と石宗? 久しぶりー!」
まるで忍のように警戒する僧兵の向こう側。
にょきっと生えるように一人の青年の顔が出る。
「宗麟様! お久しぶりで、ござい、ま……す……」
「……」
尻切れトンボとなった長増に、目玉が零れ落ちそうなほどに瞠目する石宗。
なぜならば、
「うん、本当に久しぶり! 寺の人たちも良くしてくれて、たくさん勉強できたよ!」
爽やかに笑い立つ、絶世の美男子がいた。
その口ぶりは別れた頃と変わっておらず、以前と同じ印象を受ける。
しかし、その容姿は周囲に花が彩られ、星が瞬いているのではないかと錯覚するほど。
スラリと細長く伸びた指先は女性らしいと言えばらしいが、体格はしっかりと男性のもの。
笑った時に出来るえくぼが最高に可愛いと、寺の女性たちからは密かに崇拝に近い視線を受けていたのも頷ける。
そんな形で意図せず不可侵の人となってしまった宗麟は、女性の悪意から隔離され純粋培養で良い子に育ってしまった。
そう。
本当に純粋な子に、彼は育ってしまったのだ。
それに対して、人生経験は豊富である大友家臣二人も男性経験は皆無。
それどころか、こんなイケてる生物など存在自体を知らない。
「ん? どうしたの? 顔が真っ赤だけど、もしかして体調でも悪い?」
「ひぇっ!? そ、そそそんな事? ないですよ! お姉さんはいつも元気です!?」
素っ頓狂な声をあげた長増に宗麟の方も驚く。
あまり指摘しない方が良いのかなと、とりあえずそっとしておく事にしたのか、今度は石宗へと顔を向けた。
「石宗も久しぶり! 石宗に負けないように、結構勉強頑張ったんだ」
ニコニコと人懐っこい笑みを宗麟は放つ。
「……」
「あ、石宗……? 駄目ね、死んでいる。お姉さんも気持ちは分かるわ」
長増は白目を向いて立ったまま気絶している石宗をそっと抱きしめたのだった。
「えっと? 家の様子はどう?」
あんまりな出迎えに宗麟は苦笑を浮かべる。
決して内心で引いてはいない。
ただ、そういった反応をされる理由が、彼には良く分かっていないだけである。
「あ、はい!」
未だ顔を赤らめながらも、そこは重臣。
しっかりと気持ちを切り替え、宗麟の言葉に長増は応えを返す。
「肥前の少弐家が周防の大内家に敗れました。次は恐らく、大友家に矛先が向かうとお姉さんは思います」
唐突にガチ目な話題が飛び出すが、
「分かった。詳しくは帰りの道すがらで聞かせて」
宗麟はすぐさまキリっと表情を引き締めた。
(え、やだ、私の宗麟様、恰好良すぎなんですけれど……。お姉さん、どうしよう)
長増の脳内は未だにお花畑だった。




