邪魔をするなよ
翌朝、郵便局までの途中にあるパン屋に差し掛かると、パン屋からぎこちない足取りをする金髪の後ろ姿が目にはいった。
“ポストマン”が持つような肩掛け鞄にパンをしまっている横顔で、それがアリサ・サーバンスだとわかるとトウマは声を掛けに近づいた。
「アリサ、おはよ」
「……おはようございます」
いつものようにアリサは素っ気ない。だが、トウマはアリサの歩調に合わせて並んで歩いた。
「ずいぶんと早いね」
「この体ですから、早く家を出ないと遅刻してしまいます」
ふうんとうなずきながら、トウマは次の話題を探していた。
「アリサちゃん、パン派なんだ」
「そうですが、何か」
「俺、ご飯派なんだよ。おにぎりが好きでさ」
「下品ですね」
アリサは見も蓋もない言葉をあっさりと口にする。
東から持ち込まれた米という食品は、“青の国”では女性や中流階級以上の層にさほど人気がない。べたつきが不人気の理由らしいが、安値で取引されるせいか庶民の間でよく食されているので庶民の食べ物とされていた。
それはともかく、アリサはえぐるよう言葉を平気で選んでくる。トウマは面食らったくらいで傷つきまではしなかったものの、この言い方では周りが嫌うのも無理もないだろう。正直は美徳だろうが、その上にバカがついては欠点にしかならない。
「そりゃ、俺は庶民だもの。米くらい食うよ。食べごたえもある」
「……」
「パンも良いけど、ちょっと物足りないんだよね」
「そんなセリフ、トウマさんらしくないですね」
言葉の意味がわかりかね、トウマはキョトンとしてアリサの横顔を見つめた。アリサはまっすぐ前を見たまま歩いている。街路樹から一枚の散った葉がひらりと落ちてきて、アリサの衣服に引っ掛かった。それに気がついたアリサの左の義手があがりかけたと思うと、急に下げて右手で衣服についた葉を払った。
――もしかして……。
今の動作で、以前からアリスに抱いていた違和感の正体がわかった気がした。
アリサは葉を払い落とすと言葉を続けた。
「トウマ・ライナス。元抜刀隊三番隊司令長官。“疾風”の異名を持つ戦士……ですよね」
「……“金色の戦乙女”さんは、俺のこと誰から聞いたの」
「聞いたも何も、私はあなたを直接見ているから」
「俺を?」
「イグール列車事件、おぼえていますか」
アリサが告げた名称にすぐに思い当たるものがあって、おおとトウマは手を打った。
戦時中、他国からの工作員がイグール行きの列車を占拠した事件である。首都と西部戦線との分断を狙ったもので、抜刀隊が対処することとなり、工作員を全滅させて事件は無事に解決している。
「アリサちゃん、いたんだ」
「乗客のひとりとして」
当時を思い出して興奮しているのか、アリサの白い頬にほんのり赤みが差している。
「結局、私の出る幕は無かったのですが、狭い車内で風がすり抜けるように駈けたトウマ・ライナスの動きは忘れがたい。相手は三人。あっという間でした」
「……」
「あの太刀さばき、“疾風”に相応しい見事なものでした。相手も相当な腕前でしたから」
どこか懐かしそうに語るアリサは、当時を鮮明に記憶しているようだった。一方のトウマは、事件は覚えていても斬った相手までは記憶していない。
「それにベガルシアでの活躍。軍でも手に負えなかった相手を倒して町の平和に貢献したとか。〝疾風〟トウマ・ライナスは健在。素晴らしいと思います」
「そんなことないよ」
トウマはしぶい顔をして言った。
北方の町ベガルシアで〝クロバナ〟と呼ばれた狂剣士を倒したことで、トウマは政府から感謝状が贈られ、局からも金一封が出ている。しかし、町の案内をしてくれたハナという少女を自分の油断から死なせてしまい、それはトウマの心に暗い影を落としていた。思い出すと今も心がチリチリと痛む。
そんなトウマに気がつかないまま、アリサは自嘲気味になって話を続けている。
「私の方は、軍務では役に立てない体になってしまいましたが」
「でも、アリサちゃんの特技は噂じゃ魔法て聞いたぜ。身を守るくらいはできるんじゃないの」
「しかし、魔法を使えば建物ひとつが吹き飛びますし、かといって、この杖と体では、せいぜい兵士10名までが限界でしょう」
「……まあ、危険な場所に寄らず、早めに帰宅することだな」
我ながら平凡なことを言うと思いながら、トウマは頬をかいた。
トウマやアリサのレベルにしたら、10人はたいした数ではないが、一般レベルではそうではない。身を護るために身体的に不利なアリサは必死で反撃するだろうから、下手をしなくても死人がでてしまう。
かといって、不具者が身を護るのに手加減しろというのも奇妙な話なので、トウマとしては月並みな助言をするしかなかった。
「……それにしても、“疾風”のトウマ・ライナスと、パンかご飯かの話をしながら歩くなんて、思いもよりませんでした」
「軍なんて過去の話だもの。離れたのなら、気持ちをゼロにしてやっていかなきゃ」
「過去、ですか」
「そ、“疾風”も“金色の戦乙女”も、今はただの一民間人」
「そうできたなら……、たしかに良いですよね」
「なんかあったの」
「いえ」
トウマはアリサの奥歯にものがはさまったような言い方が気になっていた。
その後、トウマが話かけても、いえだのはいだの短い返事なだけしか返ってこない。
やがて郵便局の建物が見えてきた時だった。道路に一台車が止まっていて、戸が開いて人が降りてきた。体つきから男らしく、背広姿のようだった。整備された歩道には街路樹が立ち並んでいるのだが、葉と葉の隙間からこぼれる朝日に照らされながら男が歩いてくる。
郵便局の来客にしたら随分早いなと何気なく思っていると、急にアリサの足が止まった。
「どうした?」
「……」
訊ねるとアリサは怯えるようにして、男を凝視している。男から殺気や殺気といったものは感じられなかったが、やけに威圧感がある。不審がる間に男はどんどん近づいてきていて、やがて2人の前に立ち止まった。長身で肩幅が広い男だった。
「アリサ・サーバンス少尉、おはよう。いや元少尉か」
「……おはようございます。カルディア・テス司令長官」
――司令長官?
トウマは首を傾げた。
衣服は一般市民のそれだが、たしかによく見れば、雰囲気や姿勢も軍人の名残がある。
「私が住んでいるレムッカ村にもこんな並木道があるが、アオルタは清涼感があって良い」
「……」
「アリサ、まだ考えは変わらないか」
「それは昨日、お断りしたはずです。私はこの仕事にやりがいを感じていると」
「魔女の末裔がつまらん女に叱られ、ポツポツとタイプライターを打つ単純作業にやりがいか」
ふんとカルディアは鼻で笑うと、初めて気がついたようにトウマに視線を移した。
「こちらは?」
「トウマと言います。アリサの同僚です」
「“配達士”か」
「アリサに何の用ですか。こいつが困っているでしょ」
腰の刀ですぐに元兵士と見抜いたのか、ベガルシアの件でトウマを知っていたのか不明ではあったが、〝ポストマン〟という呼び方に侮蔑的な響きと、高圧的な態度を隠しもしないカルディアにトウマは反発を抱いていた。司令長官と呼ばれて訂正しないから現役なのだろうが、こちらの今は一民間人である。見も知らぬ無礼な男に下手にでるほど、トウマに軍人気質は残っていなかった。
「司令長官は私に復隊を命じに来られたのです」
「おいおい、命じたとは人聞きが悪い。これは説得のつもりだ」
答えるアリサに、カルディアが苦笑いした。
「退院した後、アリサ・サーバンスが事務員として働いていると聞いてね。昨日、挨拶がてら様子を見に行ったのだ。だが、“金色の戦乙女”の見る影もない」
どこかで見覚えがあると思っていたが、それでようやく思い出していた。一昨日、郵便局でアリサを眺めていた男だった。来客にはアリサ目当ての客もいるため、その一人だとすっかり勘違いしていたのだ。
「軍に戻れ、アリサ」
突然、カルディアが言った。有無を言わさない強い口調だった。
「今は和平が結ばれたが、そんなものは一時のものだ。やがて、また覇権争いが再びはじまる。我々もその時に備えなければ」
「しかし、私は……」
「たしかに以前のような働きは無理だろうが、お前の特技は魔法。存分に力を発揮できるよう、こちらでバックアップもしよう」
「おい、アンタ……」
「トウマさんは黙っていてください」
前に出ようとしたトウマを、アリサが遮った。




