ルーク君は人気者
私たちが暮らすアルル村の中心部には、村の中でもとっても大きな集会所が置かれている。
アルル村の家屋て特徴的で、どの家々も鉛筆みたいに鋭角に尖った茅葺きの高い屋根をしている。これは冬の雪下ろしをしやすくするためでもあるのだけれど、その中でもひと際目立つ。
集会所は顔役たちの打ち合わせに使われるのはもちろんだけど、冬になったら、アルル村は深い雪に覆われてしまう。
冬場は山にも行けず、家にこもりっきりになってしまいがちになるから、村の人間たちが集会所に集まって作業をしている。子供たちはそれぞれ遊びや勉強をするとか、大人たちは雑談しながら、縄を編んだり背負子をつくるだとか、特産にもなったりしている木繊服をつくったりと、春に向けた作業に忙しい。
私の場合は薬草づくりかな。
冬も過ぎて、集会所の利用者も少なくなると、平坦な板間が広がっているだけの、ガランとした空間しかないのだけれど、その日の夜はいつもと違っていた。半年ぶりに運ばれてきた手紙を受け取るために、集会所は大きな賑わいを見せていたのだ。
周りを見ていると感慨深げに手紙を読みふける人とか、さっそく返信の手紙を書き始めている人。トウマさんが運んできた数社の新聞を手にしながら、議論する人。
僻地へと手紙の配達をお仕事としているトウマさんからしてみたら、この辺りはいつもと同じ光景らしいのだけれど、今夜はちょっと違うらしい。
「それは、なにが違うんですか」
「ルーク君がいることかなあ」
休憩を見越してお水を持ってきた私の問いに、トウマ・ライナスさんは顎でしゃくって説明した。トウマさんの視線の先には室内の片隅で子供たちが集まっていて、その中心にルーク・ターレス君がいる。ねえねえとひとりの女の子が、好奇心一杯の表情で、ルーク君の袖を掴んでいるのが見えた。
アルル川の、水車小屋近くに住んでいるミッフェルだ。
男の子相手に態度をころころ変えて、ルーク君みたいにイケメンだとやけに馴れ馴れしくなるから、私はあまり好きじゃない
「いつも、あの“配達士”さんと、旅しているのかな」
「何回かあるけれど、今回みたいに特定の村への配達に行くのは初めてなんだ。最初の仕事はファルトマ様に手紙を渡しに行ったのが……」
「竜神ファルトマに会ったことあるの?」
「う、うん……」
「すげえ、数百年生きる伝説の竜神に会うなんてよ」
「ファルトマと戦ったのか?」
横から口を出してきた別の男の子に、ミッフェルがバカ、手紙を渡しにと言ったでしょとバカにするように言った。
なんかエラソー。
さらに、その横から質問してきたのはペーメルだ。
「旅してきて、魔物もたくさん倒したのか」
「……たくさんてほどじゃないけど、ゴブリンやワイバーンくらいなら何匹か。トウマさんに助けてもらってだけど」
ペーメルの質問にルーク君は照れくさそうに頭を掻いていたけれど、それってすごい。
ルーク君と歳の近い私たちの中で、そんな武勇伝なんか聞いたことがない。私の心境をそのまま表現してくれたように、ペーメルはすっげえよなあと革の鎧を着たままのルーク君と、傍に立てかけてある大剣を興奮したように見比べていた。
「しかし、そんな重そうな剣を使えるな」
「とっても軽いよ。でも、他の人にはどうなんだろ」
「へえ、なんで」
「この剣、人によって重さを変えるみたいなんだ」
「どういうことだ?」
「人の魔力を感知するらしくて、僕以外の魔力を感じるとその人に応じた重さになって持てなくなるみたい。トウマさんも持とうとしたけど無理で、そんなことを言ってた」
「へええ」
ペーメルは感心したようにうなずいたけれど、周りの子供たちもペーメルと同じように、興奮や感心に満ちた表情をしながらルーク君の話に耳を傾けていた。
そりゃそうだ。
歳も背格好も自分たちと同じにも関わらず、遠方の地に向かって過酷な旅をする。
それだけでも驚嘆することなのに、不思議な魔法の大剣を手にしていて、魔物を退治して友達の窮地を救っている。ルーク君は集まった友達たちから、憧れや尊敬の籠められたまなざしで見つめられているけれど、きっとペーメルやミッフェルたちには、冒険小説の主人公たちが突如、現実となって現れたような気分になっているんだろう。
トウマさんは村の人たちの対応に忙しくなってきたので、私はトウマさんから離れて、集会所の隅でシチューを給仕しているおばさんたちのところに足を向けた。私はたっぷりお皿に満たしてもらう間、私はなんとなくルーク君の様子を眺めていた。
このシチューは村長さんが村の人たちに命じてつくらせたもので、集まった村人たちに配っているものだ。牛乳をふんだんなく使っているせいか、集会所はシチューの甘い香りが充満していた。一口食べると香りそのままの濃厚な味が口の中に広がって、とっても幸せ気分になってくる。
幸せ気分はみんなも同じらしく、濃厚なシチューを忙しく口に運ぶ顔はどれもほころんでいるように見える。
そんな中、ふと仏頂面をしている男の子が目に止まって、よくみるとメジルが子供たちの集団から離れて、仏頂面のまま部屋の隅でうずくまってルーク君を睨んでいた。
「なあに、むすっとしてんだよ」
私がメジルに声を掛けると、ぎょっとしたような顔をして私を見上げた。
そんなに驚かなくてもいいのに。
「シチュー、早く貰いにいかないとなくなっちゃうよ」
「いらね。腹減ってねえもん」
「美味しいのに。今日の晩御飯、助かっちゃった」
うっせえメジルはむっつりと黙り込んでしまったが、視線をチラチラとルークに向けているのを私はちゃんと見逃さなかった。メジルの視線を追うと、その先にはルークがいる。ミッフェルがやけに体をルーク君に密着させているのが不愉快だったけれど、そんな話をするよりも話題にするべきものが先にある。
「すごかったよねえ、ワイバーンを倒しちゃうなんてさ」
「どこがだよ。あんなの弱ったワイバーンじゃねえか。それに二人掛かりだろ。卑怯だ」
「なにバカなこと言ってんの。私たちが襲われてるのに、卑怯もないでしょ」
「……」
「ルーク君にお礼言ったの。他の二人はあんな仲良くしてるのに」
両手がスプーンとお皿でふさがっているから、私は顎でルーク君を指した。ルークの周りに集まった子供たちの中には、メジルが連れていた男の子たちもいて、彼らは素直に和気あいあいとルーク君と親しくなっていた。メジルだけが、ルーク君と距離を置いている。
「助けてもらったのは事実なんだから、お礼くらいは言いなよ」
「だから、うるせえての」
メジルは吐き捨てるように言うと、おもむろに立ち上がって歩き出した。
「メジル、どこいくのよ」
「家に帰るんだよ。うちは手紙なんてカンケ―ねえし」
「まだ、シチューくらい食べていけばいいのに」
「だから、いらねって。お前が食えばいいだろ」
「もちろん、おかわりもらうよ」
「お前は呑気で良いよな」
集会所の外に出ると、メジルは舌打ちをして背を向けた。一度も振り返ることもせず、メジルの背中はどんどん遠ざかっていく。空のお月様が村を照らしてくれていたけれど、ほとんどの家が集会所に集まっているので、他の家は灯りもついていない。そのため家の影となる部分は真っ暗で、メジルの身体は夜の闇に埋もれていくようだった。
「やれやれ、男の嫉妬はみっともないわね」
さっきから傍で様子を見ていたクロミが、ぼそりと呟いた。
「嫉妬?」
「普段、メジルはガキ大将で威張っているでしょ。それが肝心な時にみっともない姿を晒しちゃったからね。チンケなプライドが邪魔して、あんな態度を取らせてんのよ」
「ふうん。よくわかんないなあ」
助けてもらったんだから、お礼くらい言えばいいのに。
シチューをもしゃもしゃ頬張りながら、私はしばらく遠ざかるメジルを見送っていた。何をそんなに怒っているんだろう。嫉妬て恋のイメージがあるけれど、ルーク君とメジルなんて初対面だし。
男の嫉妬て、難しくてなんだかよくわからないや。
そんなことよりも、このシチュー美味しいな。
じゃがいもがとっても柔らかくて、いい感じ。
私はもぐもぐとこの甘くて濃厚なシチューを堪能していたけれど、そのうちにお皿が空になっちゃった。夜になると外は寒いし、おかわりを貰いに戻ろうと思っていると、集会所の扉が開いてルーク君がひとり、表に現れた。
ルーク君は私に気がついた様子もなく庭先を少し歩くと、思いっきり背伸びをして、そのまま星が広がる空をじっと見上げていた。長旅に加えてミッフェルたちの質問攻めで疲れているだろうし、そっとしておこうかと思ったけれど、どこか寂しそうな表情は放っておけないものを感じてしまう。
「やっほ、ルーク君」
私は背後からそっと近づくと、ルーク君は驚いた顔をしてのけぞっていた。
「ええと、君は……、ナギサさんだっけ」
「ナギサで良いよ。私の名前はナギサ・オフェミリカ。こっちは黒猫のクロミ」
「ええと……。こんにちは。クロミ」
ルーク君がクロミに会釈すると、クロミはふんと鼻を鳴らした。
例の可愛い顔と撫で声で、悪態をつくつもりだ。
「私、けっこう長生きなのよ。かつ初対面で、レディを呼び捨てしてんじゃないわよ」
「ご、ごめんなさい、クロミさん」
え?
クロミの言葉に反応して、ルーク君が思わず謝った。
クロミの言葉がわかるのは、私だけのはずなのに。
なんで、ルーク君にはわかるの?
「え?」
クロミも同様の気持ちらしい。
呆気に取られた顔なんて初めて見た気がする。
ルーク君も人の言葉を話す猫なんて初めてだろうから、目を丸くしてクロミを見つめている。
私にはなんだか、時が止まったような感覚がそこにはあった。
集会所から届くざわめきも雑音も、トウマさんや村長さんたちの手紙の宛名を呼ぶ声も、とっても遠く感じられた。




