冴えないへぼ探偵と、若く優れた銀行員
「本日は、“黒の国”からわざわざありがとうございました。シーリング・ローゼットさん」
十数枚に及ぶ書類にサインを済ますと、スーツ姿の短躯でひげ面の中年男二人が同時に深々と頭を下げた。彼らの正面のソファーに腰掛けるシーリングと呼ばれた若い男は、いやと軽く手を振って出された紅茶に口をつけた。中年の男二人はドワーフ族で、茶色の粗末なスーツは明らかに着慣れていないと感じさせるのに対し、シーリングの紺のスーツ姿は質素であるものの、オールバックに整えられた黒い髪や紺のシャツとよく似合い、不思議と品良いと職場の同僚からも評判だった。
「あなたのおかげで、遺跡調査に向かえます。なんとお礼を言っていいものやら……」
恐縮して頭を下げる度に、後ろからドワーフ族の絵画や陶器などといった美術品がチラチラと現れる。シーリングらがいる場所は“アオルタ銀行”の一室で、特別な取引が行われる際に使われる部屋である、その室内には他にも人がいて、シーリングの斜め向かいの左右の席にはそれぞれ紳士風の男が座っており、シーリングらのやり取りを見守っている。
シーリングはそんな彼らに、微笑のまま手で示した。
「弊社“クロノス銀行”だけの力ではございません。このように“黄の国”のイエロン銀行やアオルタ銀行が賛同してくださったからこそ、今日という日が実現したことですからね」
「いや、シーリングさん。すべてはあなたですよ」
イエロン銀行の男が、微笑を浮かべながら穏やかに否定した。
「あなた方が積極的に動いたからこその今日があります。あなた方の熱意にも打たれたからといっていい」
イエロン銀行の行員の言葉に、アオルタ銀行側の男も大きくうなずいた。
「しかし、我が“青の国”の中央政府や他国の銀行が二の足を踏んでいるのに、異国である“クロノス銀行”が手を挙げてくださるとは思いもよりませんでしたな」
「未来や希望、夢というものに、異国や人種などは関係ありませんよ。遺跡探検というものはその歴史を探るということ。その探検家も歴史に名を残すものです。探検家ビル・ホーリスも伝説の地下都市の遺跡を発見して、歴史にその名を残した。彼の名を敬して博物館も建てられた。異国の私どももその歴史に関わりたいと、上層部の考えが一致したのです」
「……」
「それにあなた方の練られた探検の計画や必要な機材や資金も、非常に合理的で真剣に取り組まれたものだと伝わってくる。充分、信用に足りるものです。ここで融資しないという理由が見つからない」
「そこまで信用をしてくださるとは……」
ドワーフたちの瞳が感激で潤み、頬が紅潮している。
“黄の国”にあると伝えられる古代遺跡の探検。
長年、専門家の間でも研究の対象となっていたが、危険な魔物や呪いの存在、また各国の戦争などによって、なかなか調査が進まなかった。
その戦争も一応は終息したこともあって、探検家の間では高名と言われるドワーフ族の男たちがリーダーとなって調査を行う運びとなった。しかし、その調査には資金が足りず、彼が住む“青の国”政府にも補助金などの申請をしたものの渋面をつくるだけで許可がおりなかった。そこで彼らは計画書を手に、各国の銀行に出向いて資金調達にまわったのだが、真っ先に手を挙げたのは“黒の国”のクロノス銀行だった。それも融資だけでなくアオルタ銀行や探検場所があるという“黄の国”のイエロン銀行にも積極的に働きかけてくれたのだった。
その中心となって動いていたのが、シーリング・ローゼットだったのである。
「成功を信じておりますよ」
破顔するシーリングがドワーフ族の男たちに向かって手を差し出すと、男たちは瞳に涙をにじませたまま力強くシーリングの手を握りしめた。言葉を失ったまま、じっと長身のシーリングを見つめている。感動したせいだろう。ドワーフ族の男たちには、ただ頷くしかないようだった。
「……この探検が成功した時には」
ドワーフ族の一人がようやく声を発することが出来たのは、それから手続きがすべて完了して銀行のロビーまで来た時だった。窓から差し込む日差しがドワーフ族の男たちの背中を照らして陰影をつくりだしているが、短躯ながらもがっしりした体つきは道に転がる岩石のようにも見える。
「石碑を立てます。その筆頭に、我々ではなく、必ずあなた方の名を刻ませていただきます。そうすれば、あなた方の名は永遠に歴史に名を残します」
「なるほど。楽しみですね」
硬い握手を再びシーリングと交わすと、男たちは何度も頭を下げてアオルタ銀行を去っていった。その間、シーリングたちはドワーフ族の男たちを見送っていたが、彼らの姿が見えなくなった頃にイエロン銀行の男が「歴史に名を刻むか」とぼそりと言った。
「弊行と私らの名前が石碑に刻まれるというのは、気恥ずかしいものがありますな」
「浪漫があって、いいじゃあないですか。日々、金と契約書を前に損得勘定ばかりしているせいか、こんなことがあると救われた気持ちになる」
シーリングの少し後ろで、イエロン銀行とアオルタ銀行の男たちが軽い雑談をしていたが、ふと思い出したかのシーリングが立ち止まった。
「浪漫といえば、今朝の新聞で目にしたのですが、明日、“紅の国”から友好の証としてアオルタ美術館に寄贈品があるそうですね。“月の欠片”とかいう国宝級の宝石だそうで」
「ええ。美術館の館長とは懇意にしておりますが、数日前に会った時には眠れないとかで青ざめた顔をしていましたよ。政府も兵を増員して警備にあたっていて、あの付近は物々しい雰囲気ですよ」
「……」
「ま、おかげで、他が静かになってちょうどいい」
アオルタ銀行の男が軽い笑い声をあげると、それで話が終わったようで、イエロン銀行の男とシーリングにこれから軽い食事をしないかと誘ってきた。昼はとっくに過ぎていたが、彼らは食事を摂る暇もなかったのである。シーリングも誘いに応じてロビーから離れようとしたが、その時わっと鬨の声のようなものがロビーに突然響いて、シーリングたちの足が止まった。
振り返ると、受付窓口の前で、男と女性銀行員と何か口論している。
ただ、口論というには男の方がヘラヘラとした顔と口調で、どちらかというと女にふられた男が言い訳に映った。滑稽に思えるのは男の服装とだらしない態度のせいだろう。全身黒づくめのスーツ姿で赤シャツに白いネクタイ、丸いサングラスとアフロヘアという奇妙な出で立ちをした若い男だった。
「困るなあ。ちゃんとそちらで確認して、もらえないかなあ」
「ですから、アルフレッド・フォークナー様には何度も申し上げておりますように、入金は現時点ではございません。銀行残高が現在3シルバで,電気代ガス代が未納状態となっています。あと3シルバ12カプル足りません」
「……」
「今日中に納めていただかないと,規定により本日より電気とガスは止めることになりますよ」
「だから、ちゃんと調べて欲しいんだなあ。ヨルベて人が、今日の午前中には10ゴールド入金しますと約束したんだけど」
「ですから、さきほどから申しておりますようにアルフレッド様――」
「“アル”で良いよ。皆にはそう呼ばれているし、呼んでもらっている」
「ですからアルフレッド様、本日まで入金の報告はありません」
「でも、実際に止める手続きには2,3日掛かるはずでしょ。その間に入金できればそちらもこちらも両得なんじゃないの」
「それは確かにそうですが」
「じゃあ、いいじゃない。今日からなら土日挟むから、一週間あればちょうどいいでしょ」
「規約ですので、こちらが出来ても明後日までです」
「だから、そこをなんとかさあ来週まで待ってもらえないかなあ」
「できても、明後日までです」
「おたくさん美人ちゃんでスタイル良いし、カリカリしていると肌にも悪いよ。アオルタ郵便局にもつっけんどんな美人ちゃんいるけど、俺は苦手でね。よくあいつ、仲良くしてられるよなあ」
「郵便局はしりませんが無理ですね。明後日までに納めてください」
「このケチ、ブス! じゃあ、明後日までにはお金揃えるからな!」
行員のにべのない返答に、子供のわがままのようにアルというアフロの男が喚くと、本当にあかんべえ子供じみた真似までして銀行から出ていった。本来なら罵詈雑言に対して他の行員や警備員などが対応なり追い出すなりするだろうが、どことなくおどけたアルの言動は警戒心や緊張感を消してしまうものがあるようだった。滑稽な三文芝居でも見ているようで、周囲の客や行員らもアルたちのやりとりを、クスクスと笑いをこらえながら眺めているだけだった。
なんですかあの男はとイエロン銀行の男が頬を歪めたまま言うと、探偵らしいですよとアオルタ銀行の男が答えた。
「あんな目立つ格好ですからねえ。私も気になって記録を確認したことがあるんですよ。儲かってはいないようですが、まあ一応はお客ですのでね」
「あれで探偵ねえ。頼りなさそうで私なら頼まないな」
「まったくですな」
品の良い笑い声をあげながら、男たちは踵を返した。すでにアルのことは頭から離れ、これから食事でもしようと話が移っている。シーリングは微笑を湛えたまま沈黙を守っていたが、何となくアルという探偵が脳裏に引っかかっていた。
――私と似たタイプかもしれないな。
おどけた仕草や言動は一種の擬態で、奇妙な出で立ちもカモフラージュするためのものだろうとシーリングは思った。
当初、今日中と女性行員は伝えていたはずなのに、アルという探偵は他愛もないやりとりの中で、いつの間にか期日を明後日までに延ばしてしまっている。周囲にも言質をとられてしまったからには、後で困るのはあの女性行員かもしれない。ピエロを演じているが、実を獲るあたりなかなかしたたかな男なのだろう。品良く地味に振る舞う自分とは真逆で、表現の仕方はまるで異なるが他人に疑われないための擬態をする点では一致している。
シーリング・ローゼットが気に掛けていたのは、その点だった。
もっともシーリングにも自惚れがあり、擬態のレベルが違うと思っているだけに、銀行を出た頃にはアルというへぼ探偵のことなどすっかり忘れてしまっていたのだが。




