これは僕の仕事だから
使い古されたというべきか陳腐と言うべきなのか。
「裏切り者」というベムの表現に反応が難しく、トウマとゼノは戸惑いながら互いに目を合わせていたが、ベムは二人の様子に気づかず、そのまま話を続けている。
「“紅の国”と繋がり、この“青の国”を乱す裏切り者。村長の存在も大きいものがありますが、元凶はこの男シャクザなのです」
「なんで“紅の国”が出てくる。確かに戦時中は何度も交戦していたが、今は和解をしているはずだろう。歴史的な和解と、前にニュースになったじゃないか」
「そう。その式典の際、テロを行おうとしたクロン・ステイシアとあなたが遭遇し、彼のテロ行為を完遂させなかった。おかげで紅の国との国交を滞りなく正常化するための手続きがとれ、わが国もメンツをなんとか保つことが出来た」
「……」
「しかし、“紅の国”との暗闘は、実際にはまだ続いております。暗闘といっても直接武力を振るうものではありません。知識人やマスコミを使い、“紅の国”に有利になるよう無意識に巧みな言葉や宣伝で働きかける。既成事実をつくり、徐々に平和的にわが国の領土を削っていくのです」
「……」
「無論、わが国も同様の対抗措置をとっておりますが、このイハルタに関しては不利の状況となりつつあります」
「……ちょっと待ってくれよ」
トウマは頭を抱えながら、ベムの話を遮った。隣のゼノも無言のままで話を聞いていたが暗い表情をしたまま腕を組んだままうつむいている。特殊部隊である元抜刀隊の一員として、政治の裏側といった話には聞きなれているはずだったが、部隊を離れて月日もかなり経っているせいか、ベムの話には現実味に乏しい。加えてその深刻な内容に、二日酔いでもしたかのような重い頭痛しかしてこない。
「手を貸してくれと言ったよな。シャクザさん……いや、シャクザか。彼が裏切り者として、どうして俺に手を貸してくれというんだ。俺に何をさせるつもりだ」
「シャクザの始末です」
「……」
きっぱりと即答するベムに、トウマは二の句が継げなかった。口を喘がせたままベムを注視している。
「シャクザは古い村人に言を用いて島を離れさせ、何らかの手段によって始末している。そして本国の職にあぶれた無知な人間たちをイハルタ島に住まわせ、島の文化伝統を破壊し混乱させ、その隙に“紅の国”の勢力を伸ばそうとしています」
「……こんな辺境の島で、勢力を伸ばしてどうすんだよ」
「攻めやすきを攻める。海洋権を“紅の国”のものになれば、その分彼らにとって都合がいいはず。しかも軍事力を使わず、向こうから転がってくるのですから、彼らにとって利益にしかならない」
「……」
「村長が表向きはうごいておりますが、黒幕のシャクザによって操られている操り人形に過ぎません。問題はシャクザの存在なのです。それに我が国と“紅の国”は、表向き友好関係にあります。その一方で、我が威を示せば“紅の国”も当面は引き下がるはずです」
」
「……なら、おたくらがやればいいだろう」
静かだが、握り拳をつくってまで力説するベムに、トウマはうんざりして言った。
「確かにならず者とも戦った。戦ったよ。戦ったけど、俺は好き好んで人を殺してるわけじゃねえぞ。それにシャクザの正体がどんな人間だろうと、はいそうですかと殺せるか。それに俺は軍から離れた人間だ。俺以上に腕利きで専門の人間なら、軍にたくさんいるだろう。そいつらの仕事だ」
「いや、トウマさん。トウマさんほどの剣士は、残念ながらそうはおりません」
「……」
「シャクザはあの巨体で粗野な風貌をしておりますが、尋常ならざる魔法の遣い手。村人を始末した方法もつかめておりません」
「あのシャクザが魔法の遣い手か……。イメージがわかないな」
「思い当たる節はあるよ」
ゼノが言った。
「近所の人が飼っている牛が突然暴れだしたことがあって、シャクザさんが雷の魔法を使って大人しくさせたんだけど、行く先を予測したように魔法を使って牛の行動を封じ込めちゃったんだよね。あっさりとやっていたけれど、今思い返すと、あれはよほどの腕前じゃないと無理だと思う」
「そうか……」
トウマも魔法のコントロールが難しいのは十分に知っている。かつて敵味方を戦慄させた同僚アリサ・サーバンスが、自身のコントロールした魔法をトウマに披露したのも最近の話だ。二人の話が落ち着いたのを見計らって、ベムが言った
「奴は奸智に長けた男で我々の動きも探っております。動けば、甚大な被害がイハルタに及ぶことは間違いありません。トウマさんがここに遊びに来たということが、我々にとって千載一遇の機会だったのです」
「シャクザて裏切り者と言っていたが、“青の国”の人間なんだよな。何故裏切る」
トウマが鋭い視線をベムに注ぐと、ベムは正面から受け止めて、睨み据えるような視線を返してきた。
「……おそらく恨みでしょう」
「恨みって」
「シャクザという名は偽名です。本名は別にあり、ゼノさんには心当たりがあるはずです」
「僕が?」
「リバル・シャフツという男を覚えていますか」
たしかと呟きながら、ゼノはしばらく宙を睨んでいたが何かを思い出して、視線をベムに戻した。
「“紅の国”や“黒の国”に、国家機密情報や武器と金品を横流ししていた上流の貴族だよね」
「そう。その彼も闇のように黒い疑惑を持ちながら、なかなか尻尾をつかませなかった。だが、ある時に心臓発作で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました」
「……うん」
ゼノはベムの説明に暗い表情をして小さな返事をしただけだったが、トウマはゼノの反応で、それがゼノの“仕事”であったことを瞬時に覚った。事件についてはトウマも耳にしていたが、常に戦場にいたトウマにとっては、気を紛らわす時に使われる雑談のネタに過ぎなかったのだ。
「シャクザはリバルの弟にあたり、本名はザルツ・シャフツと申します。――紛らわしいのでシャクザで通しますが、リバルの死後に家は没落し離散しましたが、恨みは残って“紅の国”の誘いに乗ったのだと我々は推測しています。でもゼノさんへの疑いもまだ残っており、正直迷いもありましたから」
「僕が?僕も疑われていたのかい」
ベムの言葉はゼノが驚かせたが、ベムは平然な顔をしてながら当然ですと言った。
「白と判断できたのはここ最近ですが、失礼ながら、クロン・ステイシアとの関係もありましたし、あなたの経歴からして、知らん顔して手を掛けるという可能性もないわけでもなかったので」
「なるほどね。あの巡回船はやはり僕とシャクザさんを警戒していたのか」
ゼノは自嘲気味に頬を歪めて床に目を落としていたが、顔を上げた時にはその笑みも消えていた。
「……それにしても僕のことを、どこで知ったのだろう」
「その機密情報を洩らすことも、“紅の国”の誘いの一つだったのでしょう。向こうも人はいますからな。恨みも、人を突き動かすエネルギーとしては十分なはずです」
ベムの説明は憶測も混じっていたが、シャクザの敵意に満ちた視線を思い出せばトウマはそれも納得できるような気がした。ゼノが抜刀隊の隊長であり、その戦友で俺お前と呼び合う関係であれば、同格の人間だと判断してあの目つきをトウマにも向けてきたのだろう。これまで手出しをしなかったのは、本来のシャクザの目的がイハルタの混乱と占拠であるのが大きいのだろうが、ゼノの実力を警戒したからに違いない。警備隊がシャクザに手出しできなかったように、シャクザもゼノに対して、容易に手出しできなかったのだとトウマは思った。
「とにかく事情はこういうわけです。これまで数ある難題をこなしてきたトウマさんに、力を貸してもらいたいのです」
「……」
身を乗り出して訴えるベムにトウマが答えかけたが、ゼノの手がスッと伸びてトウマの返事を制した。
「僕がやるよ。これは僕に向いている仕事だ。疑われた身を晴らすにはちょうど良いかもしれない」
「しかし、ゼノ……」
「たしかに以前より腕は落ちているけどね。シャクザさんを仕留めるくらいにはまだイケるよ」
トウマの懸念を見透かしたように、ゼノはにこりと微笑んだ。
挨拶代わりの攻防の際、トウマはゼノの衰えに内心驚いていたのだ。
若さもあって外見こそ均整は保っているものの、整備士としての勉強やイハルタでの仕事に専念していたせいか、抜刀隊時代に比べれば筋力も弱く動きもかなり鈍くなっていた。常に危険な冒険をしているトウマと、厳しい環境とはいえ平和で暇な時間が多いゼノとの差が出たとも言えるが、それでもトウマがからかうことすらしなかったのは、新しい人生を歩むゼノには不要なものだと思っていたからだ。
「細かい打ち合わせはともかくとして、万が一のことがあるかもしれない」
「……」
「その時は頼めるかな」
しばらくトウマは無言のまま、まっすぐにゼノを見ていたがわかったと答えると、ありがとうと清々しいまでの笑顔を浮かべていた。




