↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
妖刀〝クロバナ〟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/219

逃げるトウマ

 トウマが料亭〝ユキノハナ〟に到着したのはそれから20分ほどしてからで、建物の陰から出てきたヘルゼナの部下に簡単な合言葉をかわしてから案内され、料亭から斜め向かいにある商家の庭に入った。その商家は現在、無人となっているらしく、レンガ造りの家屋もいたるところ外壁が崩れて荒れ果てたまま放置されている。

 代わりに物々しい装備をした十数ものヘルゼナの部下たちが、緊張した面持ちで塀や門の隙間から〝ユキノハナ〟の様子を窺っていた。

 庭に入ると、トウマは案内係の兵士に訊ねた。


「クロバナはどうしてる」

「手下5人と酒を飲んでいるそうです。ただ、奴だけは酒に口をつけていないそうです」

「用心棒としては用心深いな」


 だが、用心棒レベルだと内心笑っていた。

 トウマは案内係から与えられた椅子に腰かけて、後は腕を組んでじっと目をつむっていた。ある程度の打ち合わせは最初の報告の段階でほとんど済んでいる。

 警ら隊は三方に分かれていて総指揮を執る隊長のヘルゼナはそのひとつの部隊、東側に潜んでいる。ワキノ組の宴会が終わり間際を見越して、警ら隊が料亭の三方から突入する手はずになっていたが、問題の〝クロバナ〟はトウマから一番近い料亭の南側で見張っているというのを案内がてらに教えられている。

 ヘルゼナの密偵が料亭の下働きに扮して言葉巧みに酒を与えたものであったが、クロバナだけは油断をしていないようだった。

 酔いつぶれてくれればそれが理想ではあったが、これも想定のうちに入っている。クロバナ一人で行動する時が狙い目で、他の手下が役に立たなくなればその方がクロバナ単独で動く可能性が高くなる。真に用心深いのであれば見張りの手下に酒など飲ませない。

 クロバナが手下を歯牙にもかけていない証拠だと思った。見張り役の手下5人に飲ませているのは、自分の腕で間に合うと相当な自信なのだろう。見張りは多数の目が必要であり、緊急であれば連絡役もいる。

 油断はしていないが慢心している。

 クロバナは必ずひとりで動くとトウマは確信すると、あとは自分の役目に集中するだけだった。

 ハナや老爺の顔がほんわりと浮かぶと心に疼(うず)きをおぼえたが、それも一瞬のことであとは暗闇の世界で無言のまま神経を研ぎ澄ませている。20分ほどして人の近づく気配と足音がした。


「クロバナが動きました。西側の庭園側に向かっております」

「数は」

「ひとり。南門の戸は開いております」

「よし」


トウマは静かに目を開いて立ち上がった。


「俺が入ったらヘルゼナに急いで報せろ」


 そう言い残して、トウマは足早に商家からでると一直線に料亭の裏門へと向かった。中の気配を探りながら慎重に戸を開け、滑り込むようにして敷地内へと入ると、正面には池が広がって石造りの橋が架かっていた。綺麗に刈り込まれた庭園の奥に見える料亭の建物からは、きらびやかな灯のひかりが庭園を照らしていて、賑やかな笑い声がここまで届いてくる。

 やがて、淡い灯のひかりのなかに痩身の影が浮かび上がった。

 目を凝らさなくとも腰の据わりや足の運びから一目でクロバナとわかる。

 トウマは足を忍ばせてクロバナの背後へと接近していった。

 痩せた背中が正面にした時、不意にクロバナの足が止まった。

 振り向くとじっとトウマに目を注いでいる。


「貴様、組の者ではないな」


 刺すような鋭い眼光がトウマを捉えたが、トウマは平然としたまま口の端を歪めた。


「あんたは凄腕の用心棒と聞いていてね。ご教授してもらおうと思ってきたんだよ」

「教えてもらいたいなら、ここではなくワキノ組まで来るべきだったな。不審は斬る。そのように俺は決めているのでな」

「時間があまりないんだ」

「なに?」


 クロバナが訝しげに眉をひそめた時、料亭の建物から多数の怒声とともに激しくものの割れる音が轟いた。「警ら隊だ」と悲鳴のようなさけび声が混じっている。その声を聞き、ふんと蔑(さげす)むようにクロバナはハナを鳴らした。


「貴様、警ら隊の犬か」

「元抜刀隊三番隊隊長トウマ・ライナス」

「抜刀隊?」

「そう言えば、あんたもやる気が出るんじゃないのか」


 クロバナは驚愕して目を剥いていたが、ながい凝視の後に満足そうな笑みを浮かべて大きくうなずいた。恰好の獲物を見つけた野獣のように思えた。


「なるほど。たとえ自称でも、俺相手にここで名乗るとは相当な自信があると見えるな。面白い」


 鯉口をゆるめてトウマは素早く剣を抜いた。同時にクロバナも刀を抜いて正眼に身構えている。トウマも正眼にしてクロバナの動きを探っている。ふとトウマが口を開いた。


「ひとつ訊きたい」

「なんだ」

「ハナを……関係のない連中までどうして斬った。その中には小さな子どももいたんだぞ」

「俺の〝クロバナ〟は常に血を欲している。切れ味を増すには試し斬りするいけにえが必要だ。そのいけにえが近くにいた。それだけのことだ」

「……わかった。わかったよ」

「勝負だ。抜刀隊」


 にっとクロバナは邪悪な笑みを浮かべると、両者の間に緊張がはしった。互いに正眼に構えたまま、間合いを探っている。トウマが右に移すとクロバナも右に移動する。クロバナの動きは柔らかく構えに隙がない。

 強敵だとトウマが息をつめた次の瞬間、クロバナの足下から風が巻き起こった。一息でトウマに接近し上段に刀を振り上げている。尋常ではない速さだった。迫るクロバナが口の端で泡を噛んでいるのが見えた。トウマは足を斜めに踏みかえ、猛然と迫る剣を跳ね上げるとクロバナはよろめいてたたらを踏んだ。

 トウマはその隙を見逃さなかった。正眼から下段に構えを変化させて踏み込むと下から刃を思いっきり擦り上げた。

 だが、クロバナもやはり尋常ではなかった。刃がクロバナの脇腹を斬ったと思った瞬間、金属の焦げた臭いがして目の前を火花が飛んだ。

 刃がクロバナの胸元に到達する寸前、クロバナが片手でトウマの剣を受けて凌いでみせたのだった。


「くっ……!」


 後退するトウマに、今度はクロバナが仕掛けてきた。剣を右肩にのせたまま、影が地を這うようしてクロバナが突進してくる。まるで怪鳥が空を飛んでくるようで、勝利を確信したような凶悪な笑みがクロバナに満ち溢れていた。


「死ね」


 咆哮するクロバナだったが、刹那、その表情が強張っていた。刀を振るう瞬間にトウマは消えていた。

 後退してみせたトウマは足を踏みなおして前に疾駆すると、そのままクロバナの脇をすり抜けていったのだった。


――誘いか。


 クロバナはトウマの策だと悟ったと同時に、焼けるような痛みがクロバナの脇腹から生じて、クロバナは足の力を失って地面に重い音を立てて転倒した。クロバナの見ている世界が真横になり、大量の血がクロバナの視界に広がっていった。視界の先には刀を構えたまま残心をとるトウマの姿がある。しばらくトウマは正眼のまま倒れたクロバナの様子を窺っていたが、しばらくすると構えを下段に移してゆっくりと近づいていった。

 まだクロバナは息があり、肩が小さく揺れている。

 与えた一撃は致命傷という手ごたえがトウマにはあり、強力な魔法で傷をふせげたとしてもこの出血ではとうてい助からない。トウマも魔法が使えないわけではないので遠距離からの攻撃という手もあったが、詠唱する隙を狙ってこないとも限らず、直接とどめを刺すまでは油断が出来ない相手だった。

 口を喘がせるクロバナを注視しながら、トウマは慎重に接近していたが、微風に乗って何かを耳にした気がしてトウマは耳を澄ました。


「…けて」


 その何かは倒れるクロバナから流れていた。だが、声から先ほどまでの邪気が消えている。


「たす……けて……。ここは……どこだ。イクツノじゃ……、親父は……」

「……イクツノ? あんた、やっぱりキンザか」

「だ、だれだ……。俺の名前を……、誰かいるのか……」


 体から放たれていた殺気や瞳からも狂気が消え、どこにでもいるような青年の顔つきをしている。トウマは構えをとくと、いそいで〝キンザ〟のところへと走って肩をゆすった。


「おい、もう一度訊く。あんたの名前はキンザさんなのか」

「……そうだ。あんたは……ここは……」

「ベガルシアて町だ。イクツノにいる親父さんが、アンタが行方知れずになっていて心配していたぞ」

「そうかあ、親父が……」


 うすい目をあけたまま、キンザはぼんやりと暗い空を見上げている。しかし、衰弱しきったキンザが空と認識しているかどうかも定かではなかった。


「俺、イクツノに……なんで帰らなかったんだろう……」

「アンタはずっと悪い夢を見ていたんだ。それも、もう終わった。戦争も終わったんだからな」


 トウマはキンザの傷口に手をかざして治癒魔法をかけはじめた。

 与えた傷と出血ではとうてい助かりはしないが、苦しみを和らげるくらいはできる。これまで死にゆく戦友たちに、何度もおこなってきた戦場のやり方だった。トウマの手の内から生じるあたたかな光がキンザの傷を修復させていくと、キンザの喘鳴(ぜんめい)もおさまり、穏やかな表情へと変わっていく。

そうかとキンザが呟いた。


「戦争……終わったんだったな」

「ああ」

「早く帰りたい」


 か細くはあったがはっきりとわかる言葉を口したのが、キンザの最期だった。

 ふっとキンザの体から急に力が抜けたかと思うと、眠るような表情からみるみるうちに血の気が失われていった。トウマがキンザの遺体を見下ろしていると後方が騒がしくなり、振り向くと剣を手にしたヘルゼナが部下を3人連れて走ってきた。


「クロバナを倒したのか」


 ヘルゼナは仰向けに倒れているキンザに驚愕したものの、傷口が治っているのを見つけてトウマに不審な目を向けた。


「死にかけてから正気を取り戻しらしくてね。助かる見込みはなかったけど、何か聞けるかと思って治癒魔法をかけたんだ」

「そうか。ご苦労だったな」


 正直に答えたトウマにヘルゼナは納得した表情に変わると、部下のひとりがクロバナの刀に手を伸ばそうとしたのに気がついて、〝解呪(ディスペル)〟の魔法をかけるよう指示した。妖刀〝クロバナ〟にはまだ呪いが残っているはずで、不用意に持てばその所持者が新たな殺人鬼になりかねない。


「ところで、そっちは済んだのかい」

「ああ、貴様のおかげで部下にケガもさせず、ワキノ組を一網打尽にできた。これで町も少しは平和になるさ」

「……」

「後日になるが中央の政府通して、改めてアオルタの本局に感謝状を贈らせてもらうよ。本当に助かった」

「そんなのいいさ。人をひとり斬っただけだ」


 トウマはキンザの死体を一瞥(いちべつ)すると、身を返して歩き出そうとしたのでヘルゼナが慌てて呼び止めた。


「おい、どこへ行くんだ」

「仕事だよ。手紙も配り終わったし、これからアオルタに戻らないと」

「これから? 明日でいいだろう。せめて一杯おごらせろよ」

「いや、いそぐ」


 ハナを含めて多くの人間が理不尽に殺された。ハナたちの仇を討ったはずなのに、トウマには達成感もなく、虚無感にも似た感情が胸を浸(ひた)している。はやくこの町を離れたいという焦燥感や後ろめたい気持ちだけがあった。応じないトウマの様子にヘルゼナも諦めがついたようだったが、ふと何か思い出した顔つきをした。


「そうだ〝ポストマン〟。聞き忘れていた」

「なに」

「クロバナの奴から、なにか聞き出せたのか」

「ああ、それは……」


 キンザの名を告げようとした時、妖刀の〝解呪(ディスペル)〟をしていた部下がヘルゼナを呼んだ。不審と戸惑いが混ざった顔で何度も〝クロバナ〟とキンザの遺体を見比べている。


「どうしたんだ」

「クロバナの呪いを解こうとしたんですがね。刀から呪いを発生させる魔力なんて感じられないんですよ」

「なんだと?」

「詳しく鑑定してみないとわかりませんが、刀自体もどこにである鉄鋼製の剣でミスリルのような特別な代物でも無いんですよ」

「……ただの刀ということか」

「まだ断定はできませんが、おそらく」


 ヘルゼナと部下のやりとりを聞いてトウマは呆気にとられていたが、やがて無言で背を向けると急ぎ足に歩き出した。トウマの背にヘルゼナが声を掛けてきた。


「おい〝ポストマン〟。さっきのクロバナの話だが……」

「夢を見ていたと、わけわからん呟きを口にしていただけだよ」


 じゃあなとトウマは背を向けたまま答えて、そのまま足早に入って来た門に向かって歩いて行った。ちらりと振り返ると、ヘルゼナが部下に何か指示をしている姿が映った。トウマの回答をそのまま信じたらしく、不審をもった様子は見られなかった。これまでの凶行から、キンザが何者なのかや死体の引き取り人を探す手間などは、役人にしてみればどうでもいいのだろう。正体不明の死体や、前身が何者かもわからぬ野盗など珍しくはない。

 トウマとしても、イクツノで帰りを待つ父親たちを考えれば、クロバナの本名であるキンザの名や、出身の町など告げる気が起きなかった。不用意にヘルゼナへ教えそうになったが、そうならなくてよかったとトウマはほっとしていた。

 しかし一方で「クロバナが妖刀ではなかった」という重い衝撃が、トウマをひどく暗い気分に落ち込ませている。大人しいと言われたキンザがどのようにしてあそこまでの腕を磨いたのはわからなかったが、気が大胆になれば動きも速さも増してくる。加えて狂気が相手に与えるプレッシャーは能力を最大限に引き上げることがしばしば起きる。強くなった理由は、それほど問題ではないような気がした。

 それよりもキンザの凶行は妖刀に操られたものではなく、自らの意思で凶行に及んでいた方がトウマにとっては重要で、死の際に正気に戻ったと思っていたものも、ただのうわごとなのかもしれなかった。

 たとえ妖刀に操られたからといって、キンザの凶行や罪が消えるわけではない。

 しかし、それでは同情する余地や救いがないとトウマが思うのだった。

勝手口をくぐると、通りには夜中にも関わらず、人だかりができて警固の兵士に押し返されていた。騒ぎを聞きつけた野次馬があつまってきたらしい。トウマは人だかりをかき分けて外に出ると、人だかりから離れた位置に馬と老爺が立っていた。


「済んだのか」

「ああ、ハナの仇はとった」

「そうか、奴の最期はどうだった」

「苦しんで死んだよ。血の海の中で、のたうちまわりながらな」


 トウマは老爺の顔を見ることができなかった。顔を背けたまま淡々と話していると、老爺のすすり泣く声を耳にした。


「ざまあみろだ。これでハナや親の魂も、ちったあ救われるかも知れねえな」

「……」

「この身が倒れるまではハナたちの墓参りさせてもらうよ。それが残されたワシの役目だ。仇をとってくれてありがとうな」

「じいさん、元気でな」


 トウマは短く言って馬に飛び乗った。

最後まで老爺の顔をまともに見ることができないでいた。

また来いよという老爺の声も、背中を刺されているような気持ちになっていた。


※  ※   ※

 

 1週間後の夕暮れ時、トウマがイクツノに入ると、向かいから西から赤い陽射しを浴びて二人組の男が歩いてくる。

 一人は研屋でもう一人はキンザの父親である靴職人だった。

 2人はトウマにすぐ気がつき、研屋が声を掛けてきた。なにかいい知らせを期待しているような顔つきで、キンザの父親も相変わらずな不愛想だが、その目には研屋の瞳と似たような光が宿っている。


「どうだい。キンザについては何かわかったかい」


 馬上のトウマはイヤと首を振った。


「残念だけど、なにもわからなかったよ」

「そうかい……」


 研屋の隣にいた父親は、明らかに失望した様子で肩を落とした。そんな父親の肩を撫でながら研屋が言った。


「今日も〝コレカラ〟に泊っていくんだろ。これから行くんだ。一杯おごるぜ」

「いや、町で頼まれた手紙もあって早めに帰局(ききょく)しないといけないから、泊まってはいけないんだ」

「そうかあ、〝ポストマン〟も大変なんだな。ベガルシアはどうだった?」

「そうだな……」


 思案する顔でトウマは空を見上げた。夕暮れの空には、もう星が瞬(またた)いている。山を下(くだ)る頃には夜ふけになっているだろう。


「色々あったみたいけど、平和な町になったよ」




 それだけ言って手綱を打つと、トウマは逃げるようにしてイクツノを後にした。


 

               第1章妖刀〝クロバナ〟完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。