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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
“戦慄の魔女”シジム・サーバンス

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吼える大蛇

 白い大蛇と二体の“石守人ソルジア”との戦いにより、周囲の木々がなぎ倒されたおかげで視界が開けてはいたが、無残に破壊された太い幹など見れば破壊力は凄まじく、戦いの衝撃で、太い木々が軽々と四方に飛び散っているので、容易には近づけるものではないのは一目瞭然だった。トウマは周辺に横たわる倒木の状況や地形などを素早く把握すると、次いで後方を一瞥した。ダマラ町長が乗る馬が後ろにピタリと従っている。意外とうまいなとトウマは感心していた。


「ダマラ町長!」

「何だ!」

「俺がひきつけます。町長は左手から向かってください!」

「わかった!」


 ダマラは素直に怒鳴り返すと、ダマラは男たちに指示してトウマから離れていった。トウマは手綱を打ち、コレルを右側へと旋回させていく。コレルが飛んでくる木や岩石を避け、障害物を軽々と飛び越える中、トウマは手綱から手を放し、大蛇を見据えながら冷静に弓で狙いを定めていた。鋭く飛来した小石が頬や肩を小さく割いて、血が革の鎧や衣服を濡らしたがトウマは動じることなく大蛇に焦点を絞っている。

 向かう視線は一点、白き大蛇のみ。

 トウマの意図を汲んだように、大蛇にしがみつく“石守人ソルジア”が、大蛇の頭部をトウマへと示すように向けた瞬間だった。トウマは矢を放ち、ヒュッと風が鋭く鳴った。刹那、大蛇の額へと突き立った矢が強大な爆発を起こし、すさまじい衝撃音と熱波が周囲に拡散した。


――キィィィィィィアアア!


 大蛇はぶすぶすと頭から不気味な黒煙を噴き出し、洞穴のような口を開けながら絶叫した。

 ガラスをひっかくような耳障りな悲鳴だった。だが、その動きにはまだ力があり、油断を許さない強靭な生命力が感じられた。


「今だ、撃てえ!」


 ダマラの怒声と共に、無数の銃弾に火矢と魔力の込められた矢が雨のように大蛇へと降り注いでいく。小さな爆発と炎の力で、大蛇は悲鳴をあげながらのたうち回っている。その隙に“石守人ソルジア”が大蛇に攻撃を仕掛け、優勢は人間側に傾きつつあるのトウマはさとった。


「もう一丁だ。頼むぞコレル」


 トウマは手綱を打って今度は大蛇へと接近した。コレルも普段はおとなしいが、戦闘になれば放胆で勇敢なところもある。加えて、長くパートナーを組んでいるトウマを信頼している節もあって、主の命にも臆することなく突進していく。猛進するトウマを見て、ダマラは流れ矢がトウマに当たるのを恐れて、町の男たちに急いで攻撃をやめさせた。無謀とも言えるトウマの行動を、ダマラたちは固唾かたずを呑んで見守っている。

 巨人たちの戦闘による地響きや轟音が鼓膜をろうし、煙のように巻き起こっている土砂や粉じんがますます濃いものとなっていく。砕けて鋭く飛来する石礫いしつぶて木々の破片をコレルが巧みにかわす。それでもいくつかの石礫や破片が、トウマたちの肌や革の鎧を傷つけたが、コレルは勇気を失わず、トウマもあくまでも平静なままで弓を引き絞って、大蛇に狙いを定めている。そして大蛇とのすれ違いざまに放った矢が一閃、大蛇の喉元に突き刺さる。直撃した矢が再び猛烈な爆発を起こし、血まみれとなった巨体がぐらりと大きく揺れたが、それでもまだ力を残してているのか、大蛇は空に向かって咆哮した。


「なんて体力だ……!」

「それで、十分さね」


 轟音が響く中、低く静かな声がどこからか聞こえた。黒い影がトウマの頭上を滑空して過ぎてゆく。黒い翼をのばした人影が空に浮かび上がっていた。人影は一直線に大蛇へと向かっていく。“石守人ソルジア”二体が大蛇の体にしがみついた。


「置いてきぼりされたお返しに、美味しいとこは私がもらうよ」

「あれは……、シジムさんか?」


 トウマの独白が聞こえたかのように、その人影――シジム・サーバンスはにやりと笑った。

 シジムは両手を胸元に寄せると、燦然と輝く光球が両手の内に生じた。光球からバチバチと鋭利な稲光を発し、トウマから見ても膨大な量の魔力がそこに集中していると感じられた。飛翔するシジムは勢いを増し、大蛇の目の前で大きく空へと飛び上がった。大蛇の目には消えたようにしか映らず、うろたえたように四方を探している。


「たまにはみんなにも、“戦慄の魔女”ぽいとこを、見せてやらないと……ね!」


 シジムは落下するように、一気に突撃した。すさまじい速度で大蛇はシジムに反応しようとしたが顔をあげようとした時には、すでに光球を振りかざしたシジムが大蛇に迫っていた。


「だりゃああああっっっ!」


 振り下ろした光球が大蛇の頭部に衝突すると、表現しようのない衝撃音と波で大気と地面が激しく揺れた。大蛇の頭部が一瞬、くの字になって凹み、そのまま大蛇の佇立した状態となって動きが止まった。


「……魔法で直接攻撃するのかよ」


 被害が拡大するのを危惧しての選択だろうが、離れて使用せず、魔法をそのまま武器として使うシジムに感心よりも呆れる気持ちの方が強かった。しかし一方で、魔女の異名を持つにも関わらず力押しな性格は、“戦乙女ヴァルキリー”アリサ・サーバンスの戦い方と似ていて、彼女の祖母であることをたしかに窺わせた。アリサも戦場では、巨大斧を軽々と振り回した戦い方が主だったからだ。

 シジムの強烈な一撃を受けた大蛇は、不気味な濃い煙を立てたまま微動だにしない。

 そう仕組まれているのか、“石守人ソルジア”も大蛇から離れ、静かに見守っている。

 長い間――トウマ達の実感では長いが、実際は数十秒――重い沈黙が続いたが、やがてぐらりと揺れたかと思うと、糸が切れた操り人形のように、勢いよく地面に倒れ込んでいった。まともに立っていられないほどの激震とともに、土砂や土煙が辺り一面を覆っていたが、やがてそれも拡散すると、そこには焦げた臭いと煙を立てている大蛇がぐったりと横たわっているだけだった。

 やったと誰かが呟いたが、誰かはわからなかった。しかし、その言葉は湖畔に広がる波紋のように広がっていき、小石のような小さな呟きも、男たちの間から次第に歓声へと変わっていた。

 やったなとダマラがトウマに声を掛けると、トウマは安堵の息を漏らした。


「君のあの一撃が大きい。見事だったぞ」

「美味しいとこは、シジムさんに持ってかれましたけどね」

「そうだよ、まったく」


 空からシジムがひらりと降りてきた。

 翼もやはり魔法製らしく、光の粒子となって四散していく。

 巨象を操り、空を飛び、巨大な魔物を一撃で仕留めるほどの強力な魔法を持つ。

 これでも実力のすべてを出したわけではないだろうが、トウマはシジムが“戦慄の魔女”と呼ばれる所以ゆえんがわかった気がした。


「私は“石守人ソルジア”で行きは来たから徒歩なんだよ。アンタたちが勝手に行くから余計な魔力を使う破目になっちまった。“石守人ソルジア”の魔力はそんなに長く持たないし、私もけっこうな魔力を注入しないといけないんだよ」

「まあまあ、いいじゃないですか。彼のおかげで我々は随分と助けられた」

「たしかにそうさ。だけどアンタには後で説教だからね」


 シジムはダマラをぎろりと睨んだが怒ってはいないらしい。すぐに機嫌を取り戻してトウマに向き直った。


「トウマ。ホントにアンタには助けられたよ。でも、町にいる時に魔物退治の話を知ったのなら、あのまま帰っても良かったのに。なんでここまできたんだい」

「シジムさんから、まだもらってないからですよ」

「私から?」

「お孫さんへの返事の手紙ですよ」


 トウマが言うと、シジムは途端に暗く苦い表情を浮かべた。

 男たちの歓声の中、シジムは地面に視線を落としている。


「……ダマラ、早く後の処理をしといてくれないかい。森も火矢のせいでくすぶっている箇所もあるし、あの大蛇も本当に仕留めたのか。町のみんなは何が起きているのか、不安を感じているはずだ。ちゃんと見張っておきな」

「あ、ああ。はい」


 それがシジム流の後進育成方法なのか、ダマラに指示した後は、作業に取り掛かるのをじっと見守る姿勢で黙ったままだった。トウマからの問いを許さない厳しい視線をダマラたちに送り続け、シジムがため息とともにゆっくりと口を開いたのは、大蛇や木々から黒煙が消えて、一区切りがついたと思われた時だった。


「私はあの子に書く手紙なんてないよ」

「どうしてです? もう何年も会ってないんでしょ。きっとアリサちゃんも、シジムさんからの手紙が来たら喜ぶでしょうよ」

「喜ばないよ。あの子もアンタの手前、渋々私に出したんだろうさ」

「……どういうことですか」

「アンタにこれ以上話すことは無いよ。これ以上、他人の事情に首を突っ込まないでくれ」

「……」


 素っ気なく言い捨てると、シジムはトウマから背を向けた。

 さきほどまで、凄まじい戦闘を見せた“戦慄の魔女”の姿は消えていた。素っ気ないな口ぶりに相反して、老いた長身の背中からは寂しさが漂っている。矛盾する2つの感情が、トウマの心を激しく揺れ動していた。

 この人は隠している。

 見栄を張っている。


「それは、違うんじゃあないですか」


 そう思うと、シジムの背中へとぶつけるようにトウマは思わず叫んでしまっていた。トウマの声に反応するように、シジムは足を止めた。だが、振り向くことはなく、背中はトウマに向けたままでいる。ダマラたちにはトウマの声は届かなかったらしい。指示や怒声が飛び交う中で、与えられた作業を続けている。


「……それはどういう意味だい」

「意味もなにも、手紙ぐらい出したらどうですてことですよ。話聞いてるとアリサちゃんと何かあったみたいだけど、そのアリサちゃんからこうやって手紙が来たんじゃないですか」

「……」

「だったら、渋々だろうがなんだろが、手紙ぐらい出せばいいのにと思うだけですよ」

「……」

「もちろん俺には、気の利いた内容なんて思い浮かばないけれど、アリサちゃんにとってはシジムさんが唯一の肉親なんだし、シジムさんにとっても大事なお孫さんでしょうよ。何か一言くらい返してあげてくださいよ」

「……アリサをね」

「はい?」

「馴れ馴れしく、ちゃんづけよばわりする奴の話なんて、私は聞けないね」

「シジムさん……!」


 トウマがシジムの背中を追い駈けようとした時だった。突然、大地が激しく揺れ、轟音がトウマたちの鼓膜を刺激した。その衝撃にクエンティンの男たちが右往左往する中、地面には無数のひびがはしった。立っていられないほどの揺れに、コレルや他の馬たちが怯えた様子でいなないている。


「なんなんだ……!」


 トウマのその言葉に反応するかのように、ひびのはしった地面が砕け散り、地中から突如、巨大な黒い影が天に向かって伸びあがり、トウマ達を睥睨へいげいするように佇立した。不気味な真っ赤で刃のような瞳が、トウマたちを見下ろしている。耳まで裂けたような口からは、血のように赤い舌がちろちろと踊っている。化物の感情など想像もできないことではあるが、なぜかこの時のトウマには、相手が自分たちを激しく憎悪していると確信が持てた。

 倒したはずの白い大蛇がそこにいる。

 トウマ達は息を呑んだまま、大蛇を見上げていた。


「倒したはずだろ……」


 信じがたい光景にトウマが呟くと、まさかというシジムの声が微風に乗って聞こえてきた。


「大蛇はもう一匹いた……?」


 そのとおりだ。

 シジムの問いに応えるようにして白い大蛇が空に向かって咆哮すると、突然、巨体をひるがえして疾駆した。

岩をつぶし、森を砕いて、えながら大蛇は進行していく。

 行く先の麓には、多くの人家が映る。

 大蛇は明らかに、クエンティンの町へと猛進していた。


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