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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
妖刀〝クロバナ〟
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空はあんなに澄んでいて

 残った20通もの手紙は西の六丁目付近が多く、トウマの足もそちらに向かっていた。トウマは異変を感じるようになったのは、六丁目に近づくにつれて普段閑散とした通りに人が増え始めたからだった。それだけではなく、槍や長銃を手にした警ら隊の数人の兵士たちがトウマと同じ方向へと駈けていく。その先のとある石造りの建物の前にかなりの人だかりができており、兵士たちが町の人間に下がるよう命令している姿が見えた。ものものしい雰囲気が辺りに満ちていて、何か事件が起きたのだと急に胸がざわつきはじめた。


「なんか起きたのか」


 人だかりに近づいてそばにいた男に訊ねると、男は背伸びして前を見たまま人が斬られたんだとよと興奮した口ぶりでいった。


「ワキノの連中がツマサキに襲撃しかけやがったんだ。ツマサキ一家は全滅だってよ」

「襲撃だと。こんな真昼間にか」

「イカレた連中だからな。他にも通行人も何人か巻き込まれちまって、そんなかに子供もいるらしいじゃねえか」


 男の声ははずんでいて、はどこか見世物を楽しんでいるように見えた。

 トウマは急速に増していく不安と同時に、男に対して憤怒の感情がわき上がってくるのを感じていた。


「人が死んだ時に、お前は楽しそうだな」

「え? そりゃあ、俺には関係ない――」


 男の声がそこで途切れた。トウマが男の頬をぶん殴って気絶させると、そのまま放置して人だかりをかき分けて前へと進んだ。その下に人が倒れているのだろう。路上にシーツが掛けられた遺体が少なくとも十体は転がっていて、兵士がそれぞれシーツを少しめくって野次馬に見えないように検分をしている。その中で一体、小さな膨らみのあるシーツが目に留まった。

 明らかに子どものそれでトウマは一直線にそこへと足を進めていく。

 そばにトウマの鞄が落ちている。中身は空の状態で、ベルト部分が鮮やかに斬られて血がついていた。

近づくトウマに、検分していた兵士が見咎めて立ち塞がろうとした。


「おい、お前……」

「どけよ」


 荒々しい手つきで兵士をどけた。

 トウマの異様な迫力に押され、兵士たちは沈黙するしかないでいる。

 伸ばした手がシーツに触れようとした時、寸前にとまった。

 不安や恐れや祈り。あらゆる感情がまぜこぜとなっていた。間違いであってくればいい。他の子どもの可能性だって十分にあるのだとトウマは自分に言い聞かせていた。お前の勘なんてアテにならない。戦友たちにからかわれていたではないか。激しく動揺する心を押さえつけながら、トウマはシーツに手を伸ばした。きっと別人だ。だが――。

 その目は見開いていた。

 陽の光に反射して、ハナの瞳は綺麗にきらめいていた。

 だが、何の反応もなくわずかに口を開いたまま、瞳はまっすぐ宙へと向けられていた。いつものように無表情で、話しかけてくるのではないかと思えたくらいだった。

 だが、ハナは何も語らない。何も反応もしない。

 左肩から右わき腹にかけて深々と斬られたあとがあり鮮血がハナの衣服を濡らしていた。


「〝ポストマン“、お前か」


 背後から男の声がした。

 ヘルゼナの声だとすぐにわかった。兵士がヘルゼナを連れてきたらしいが、考えてみれば治安を担っているわけだから、この大事件にヘルゼナがいるのは当然とも言える。


「その子、知り合いか」

「そうだな。知り合いだ」


 言いながら、ハナと出会ってまだ一日とわずかな時間を過ごしただけでしかない事実に、トウマは総身に寒気を感じて体が震えた。ハナが頬を紅潮させ馬に乗り、ご飯も3杯もおかわりしたのはつい昨日の出来事だった。それひと夜あければ、ただの冷たい肉の塊となって路上に横たわっている。


「気の毒だったな」

「……ワキノの連中だってな」


 視線をハナに落としたまま、トウマが口を開いた。


「ああ。ツマサキ一家が持っていた残りの土木請負の権利を、全部よこせとツマサキに強談してきたんだが断ったらしくてな。それで決裂したんだが、実力行使して白昼堂々この有様だ。その先頭にいたのが……」

「〝クロバナ〟か」


 シーツをハナに戻すと、握る拳に力がこもった。

 迷い。

 俺の迷いが、この惨事を起した。


「あんたら、奴らをこのまま放置しておくつもりか」

「ここまで虚仮こけにされて黙っているわけないだろう。だが、戦力が足りない」

「その戦力、俺で足りるかい」


 トウマが言うと、ヘルゼナはぐっと口をつぐんだ。


「どうした。俺に手を貸せと言ってきたのはアンタだぜ」

「あの時は人手が足りないあまりに思わず言っちまったが、〝クロバナ〟は恐ろしく強い。アンタで手に負えるかどうかわからん。危険な目に遭わすわけにはいかねえよ」

「〝抜刀隊〟」

「え?」

「これも言ってたよな。抜刀隊は一騎当千だと」

「あんた、まさか……」


 目をくヘルゼナに、ゆらりと立ち上がったトウマはひどく物憂げに見えた。


「元抜刀隊三番隊隊長トウマ・ライナスだ。昨日のベガルシア警ら隊ヘルゼナ隊長の要望に応じ、ワキノ組殲滅せんめつに協力する」

「……」


 ヘルゼナは大きく息をつくとまっすぐにトウマを見つめたまま、力強くトウマの手を握ってきた。ヘルゼナの瞳に、緊張と覚悟を決めた意志を感じる強い光が宿っていた。


「助かる。だけど本当に良いのか」

「ハナを死なせたのは俺の責任だ。やるさ」


 トウマヘルゼナの手をそっと離すと、悲し気にシーツの下に横たわるハナに目を落とした。


※    ※    ※


「短い間だが、世話になったな」


 トウマは荷物をまとめ終えて裏につないである馬に載せた後、店に戻ってきて刀を腰に差しながらつとめて明るい声で老爺に声を掛けた。しかし、老爺は席で背を丸めたままうつむいている。トウマはかまわず話を続けた。


「さっきも言ったが、時間に合わせて裏の馬を教えた場所まで連れてきてくれ。早く来すぎて巻き込まれないよう気をつけろよ」

「……」


 老爺は黙ったままうつむいている。

事件が起きてから数刻後、あれほど眩しかった陽は既に落ちてベガルシアの町を闇に沈めていた。町を震撼させた事件直後なだけに辺りはひっそりと静まり返り、どこか遠くで野良犬の鳴き声がしてくるばかりである。そんな中、トウマはこれからヘルゼナの警ら隊に合流することになっている。一時間ほど前、ヘルゼナの部下からの知らせで、〝ユキノハナ〟という料亭でワキノ組が宴会を開いていると聞かされていた。町の利権を独占しただけに、ワキノ組は油断しているようで、その油断を衝くのだという。

トウマは報告を受けるとすぐに、出発の準備を済ませたのだった。


「じいさん、いつまでも気を落とすなよ」

「これで、何をどう落とすなってんだよ」


 老爺がきっと睨み上げる視線を、トウマは正面から受け止めた。


「おめえにとっちゃ1日2日の付き合いだ。だがなワシにとっちゃ、あの両親もハナも家族みてえなものだった。ハナもあんな不愛想な感じだがだがなついてくれていた。このつまらねえ人生で俺にとっちゃ救いだったんだ。あいつの両親が死んだとき、できりゃ、ハナを引き取って養ってやりたかった」

「……」

「だが、この居酒屋はボロボロでたいした稼ぎもねえ。荒くれもんが暴れたらハナまで巻き込んじまう。なにより俺は偏屈だ。一緒になったら、そのうちハナに嫌われるんじゃねえかとそれが怖くてあいつを引き取ることができなかったんだ」


 クソと老爺は低くうめくと、震える唇から老爺からせきを切ったように言葉があふれ出てきた。ため込んでいた感情がここにきて一気に爆発したようにトウマには思えた。


「ワシが中途半端な手助けをしたばかりに、ハナを結局巻き込ませちまった。あいつに構わないか養子にして、家に縛りつけとけばこんなことにはならなかったんだ。ワシもハナを死なせたひとりだ」


 自責するあまりか老爺の言い分は感情的で支離滅裂なものになっていったが、トウマは黙って聞いている。


「しかし、しかしだ。戦争も終わったのに、なんでこんな目に遭わなきゃならねえんだ。なんで悪いことなんざしてねえのに、怯えて隠れて、泣かなきゃいけねえんだよ。ヤクザもんは力を盾にして威張りやがるし、国の兵士どもは普段威張っているくせに頼りにならねえ。力のないワシたちは、黙って殺されるだけなんか」

「……」

「ワシはな、悔しくて悔しくて仕方ねえ」


 トウマはうなだれる老爺の肩に、そっと手を置いた。

 老爺が見上げると、トウマが感情のない眼差しでじっと老爺を見下ろしている。


「この世はクソだよ。力の無い奴は暴力に負けちまう」

「……」

「だけどさ。そんなクソな世の中でも、ハナの仇を討つくらいはやってみせるよ」

「それで、ハナの魂が救われるのかい」

「俺たちがそう思えばな」

「……」

「じいさん、馬と荷物を頼むよ」


 切り口上で言うと、トウマは足早に店を出た。

 後から老爺が見送りに出てくる視線と気配を感じたが、トウマは振り向きもせずヘルゼナが待つ〝ユキノハナ〟へと足を進めた。刀の鯉口こいくちをゆるめては納め、ゆるめては納め、パチリパチリという音を耳にするたびに、トウマは自分の神経が鋭敏に研ぎ澄まされていくように感じていた。


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