クエンティンという町
「……というわけで、出発は3日後の午前9時を予定としております。お金や宝石などの金品類などは受け付けておりません。別途、届け出をしてからお願いします。以上」
配達直後の決まり文句を伝え終わると、広場に集められたクエンティンの人間は、手紙を手にしながら三々五々に別れていった。街灯が広場に集まってきた人々や近くの建物を照らし、灯りの下でトウマが持ってきた新聞に集まる人や、喜色を浮かべながら手紙を手にして帰っていく人々の後ろ姿を見送りながら、トウマ・ライナスは崩れ落ちるように用意された椅子へと座り込んだ。
広場の中央には鎧姿の剣士を模した巨大な石像が置かれ、煌々と輝く月を頭上に、広い背中を見せつけながらトウマの正面で佇立している。たしか町の門にも一体、同じ石像があったなとトウマはぼんやり思い出していた。
「ご苦労だった。手紙が来るなんて2年ぶりだ」
2人の若者を従え、長身の男がトウマに近づいてくると軽い会釈をしてきた。3人は甲冑に身を固め、物々しい姿でいる。
長身の男はクエンティンの町を指揮するダマラという男で、肉厚で甲冑越しでもわかる精悍な体つきに似合わず、町の人間からは「町長」と呼ばれている。蓄えた豊かな髭が良く似合い、軍務の経験はないらしいが力があって果断な男で、魔物が出現すれば常に前線に立って指揮をしているという。今も甲冑姿でいるのは、単身でクエンティンの町にやってきたトウマを、はじめは魔物か何かと勘違いしたからというのもある。
ひと悶着がありはしたが、疑いを解くとダマラは失礼を詫び、トウマを労いの言葉を掛けのだった。
「クエンティンを代表して礼を言わせていただきたい。よくここまで来られた」
「まあ……、それが仕事ですから」
「仕事で片付けられるとは羨ましい。御覧の通り、クエンティンはここ数年もの間、急に増えた魔物によって生活を脅かされているからな。ま、電気と水が使えて自給できるだけでも助かるが……。仕事だからと、なかなか割り切ることなどできない」
「いや、申し訳ない。別に悪く言ったつもりじゃなくて……」
「わかっているよ」
ダマラは屈託のない笑顔を浮かべてみせた。
「宿を用意するから、今夜はゆっくり休むといい。外の様子も知りたいから一席設けたいところだが、その様子じゃ、ビールに一口つけただけで酔いつぶれそうだな」
「……ありがとうございます」
からかうようなダマラに、トウマは苦笑いして返すのがやっとだった。
旅装もまだ解いておらず、本心から言えばこのまま眠りたい気分が強い。
アオルタを早朝に出発してから、町へとたどり着くまでに約5日。クエンティンの町は山間にある小さな町で、周囲は標高800メートルほどの山々が連なっている。見た目はなだらかな稜線を描く山ではあったが、実際には高低差が激しく、所々に大きな岩が所々にむき出しとなっていた。事前に郵便局やクエンティンに近い村でも説明を受けていたのだが、トウマも馬から降りて慎重に歩かなければならないほどに、意外と厄介な山ではあった。
小さな町といっても数年前までは人や車両などが往来していたわけだから、町へと繋がる道もあるはずなのだが、急激に数が増えてきた魔物の侵入を防ぐために、ダマラが城壁で町を囲い、主要道路を破壊し封鎖したのだという。町の人間には燃料や食料を外に求める必要があるので間道をひとつつくったのだが、それがトウマの通ってきた道だった。
――それにしては、みんな明るいな。
道中、魔力の影響によって狂暴化したアウルベアや、グランドラゴンという巨大トカゲの一種など狂暴な魔物が次々に出現し、気の休まる暇などなかったのだが、そんな魔物に囲まれながらも、人々の表情は他の町と違って明るいように感じた。町の発電所も無事で自給できているからなのかもしれないが、再び魔物が増えて道路封鎖する事態ともなれば、緊張感や悲壮感がもう少しあっても不思議ではないが、クエンティンの人間たちにはどこか余裕があるように思える。だが、それ以上は詮索する気力が今のトウマにはなかった。
疲れや汚れを洗い落とす熱い湯船に、柔らかくなめらかで清潔なシーツ。
疑問などよりも、さっさと旅の埃を落として寝たいという欲望の方が勝っていた。
トウマはほんのりと浮かんだ疑問を口にすることなく、椅子からのろのろと立ち上がった。
「“配達士”。宿はこの男らに案内させる。手紙は町役場に集めておくからそれまで鋭気を養っておいてくれたまえ。帰りの水や食料も必要だろうからある程度は用意する。明後日、確認しに来てくれ」
「いや、助かります」
トウマは深い息を吐きながら、心から感謝した。
本音としては期日まで次の出発までゆっくり休みたいところではあるが、食料の調達、装備品の確認や手入れ。馬のコレルの面倒、報告書にまとめられるよう記録もしておかなければならない。町や村によっては呼びかけに人が集まらず、トウマが一軒一軒配らなければならない場合もあるため、こうした人々の協力は本当にありがたかった。
トウマは革帽子を外して、小手も空なはずの郵便鞄にしまおうとして鞄を開けたところ、内ポケットに入っている一通の封筒が目に飛び込んできた。それが何であるかをすぐに思い出すと、トウマは自分の迂闊さに苦い気持ちで頭を掻いていた。今回もっとも大事な手紙なはずだから、少し分けたところに入れたのに、かえって忘れてしまっていたからだ。
「ダマラさん、ちょっとお訊ねしますが」
「なんだね」
「サーバンスという人、こちらに来ていたかわかりますか」
「サーバンス……だと?」
「サーバンス。シジム・サーバンスさんという人です。手紙を渡し忘れちゃって」
「シジム様か……」
ぼんやりとダマラの傍に控える若者たちを気にするように、ちらちらと横目で視線を向けていたが、明らかにダマラは表情をこわばらせていた。
「どうしました」
「……いや、なんでもない。明日、家を案内しよう。今夜はゆっくり休んでくれ」
言葉こそ和らげてはいたものの、ダマラは厳しい表情を崩すことはなかった。
「こいつらに案内させるつもりだったがl気が変わった。私が案内する」
「いいんですか?」
「月夜が綺麗な晩だ。散歩がてらさ」
ダマラは、お前たちは警備に戻れと若者たちに指示すると、自分は軽くトウマの袖を引いた。何かを話したがっているのは明らかで、トウマはコレルの手綱を引くと、その後は黙ってダマラの後をついて歩き出した。広場に集まった住人たちは既に家に戻ってしまったようで、平屋や建物の窓から小さな灯りがこぼれているものの狭い通りに人気はなく、月明かりを背にしたダマラとトウマの影だけが路地にゆらゆらと揺れている。コレルの乾いた馬蹄音が小気味よいリズムで路上に響いている。
「……シジム様に手紙とは珍しいな。あまり人と関わることなどしない方でね」
「さっきから、敬称で呼ぶのが気になってたんですけど、シジムさんてこの町ではけっこうエライ人なんですか」
「君は、シジム様がどんな方か知らないのか」
「いやあ、まったく」
アリサからは自分の祖母ということと、小柄のアリサに似合わず長身という程度しか聞いていない。両親が早逝しているので、家庭の事情について聞きにくかったという理由があった。もっともダマラとしては、クエンティンの町について下調べてないのかと言いたかったに違いなかったが、“配達士”の立場からしてみれば、手紙の配達が主な業務であるから、最も関心が集まるのは目的地の道のりや魔物の種類や強さであって、町や村の事情など二の次三の次となる。
「私が一応はこの町で行政や戦闘の指揮を執らせてもらっているが、言うなればシジム様はこの町の守り神と呼べるような方なのだ」
「……守り神」
「そう。この町が平和であるのも守り神のおかげだ。さっきの広場に石像が置かれてあるだろう」
「ありましたね。門のところにも」
「我々は石の衛士“石守人”と呼んでいる」
トウマが答えると、ダマラは正面に顔を向けたまま話を続けた。
「“石守人”は2年前に魔物が急激に増え始めた時期に、シジム様が我々につくらせた石像でな。町内の要所や門の前に置かれてある」
「……」
「ただの石像ではなく、それぞれ強大な魔力がこめられている。魔物が出現した際には感知して、動き出す仕組みになっている。あの石像一体で10匹の魔物は容易に撃退できる代物でな。我々が安心して暮らせるのもシジム様のおかげだ」
「なるほど」
住民たちの表情が明るいのもそのためかと、トウマは腑に落ちた気がしたが、新たな疑問が浮かんでいた。
「それなら、封鎖した主要の道に設置するとか、こちらから討ってでていけば早いんじゃないですか」
「シジム様は“守り”神だが、戦の神でも万能の神ではないからな。限界がある」
ダマラはふうとため息をついた。
“石守人”が稼働できるのは、せいぜいシジムが住むクエンティンとその周辺までであり、道まではシジムの魔力の及ばないのだという。加えて魔力の消耗が激しく、稼働限界が30分程度であることや、シジム以外の人間が魔力を注入しても稼働しないという欠点があった。
「結局、最後は我々のような凡人が解決せにゃならん。ひとりひとりが依存せず油断せず、団結して苦難に立ち向かえるのは良いことだが、怪我人や死人も出ると、正直複雑な気分だ」
最後はひとりごとだったらしく、トウマの視線を感じると慌ただしく咳ばらいをして顔をあげた。やがて何かに気がつき、あそこだと言ってダマラは指差した。
指差した先には2階建ての小さな木造の建物があって、建物の裏手には馬小屋らしきものが見えた。扉に掛けられた看板には“お宿あんず屋”と不器用に彫られた文字がある。素っ気ない平凡な造りで、表の看板が掛かっていなければ一般の家屋だと勘違いしただろう。
「主人に話はつけてある。元々流行っていない宿で、町もこの状況だ。君以外に客はいないから存分に使ってやってくれ」
「感謝します。でも、どうしてそんなに詳しく俺に教えてくれるんですか。俺は外の人間ですよ」
トウマへ伝える情報としては、シジムが町にとって重要な存在程度であれば充分なはずで、ダマラは自分に話し過ぎではないかという感覚がどこかにあった。
「知らないままだと、君の口から洩れる場合があるからな。町全体の士気にかかわる」
「どういうことです」
訝しむトウマに、これは他言無用だと言ってダマラが顔を寄せてきた。
「3日前、シジム様が倒れたからだ」




