ゴキゲンな探偵
「ご馳走さまでした。せっかくのお食事を邪魔しちゃって、申し訳ないですな」
“りんご亭”から出ると、“アル”ことアルベルト・フォークナーは、中折帽子を脱いで恭しく礼を述べてきた。だが、礼を言われたトウマ・ライナスはいささか憮然としている。
「そんな殊勝さがあるならさ……」
「え、なんですか」
「奢るとは言ったけど、昼間からサーロインステーキ二皿頼むかよ」
トウマはみみっちい愚痴をこぼしたのだが、アル本人は気にした様子もなく、上機嫌でにこにこしている。図々しさと多弁は相変わらずだとトウマは内心、舌打ちをした。アルベルト・フォークナーは頬が痩けて長身のやせ形で一見少食に思えるが、実際は隆々と筋肉と骨格の持ち主で、食べようと思えば軍用の鍋も半分くらいはペロリと平らげる。
「まあまあまあまあ。トウマさんも景気が良さそうで、何よりじゃないですか。本当に懐具合が悪かったら、注文なんてできませんよ。人に奢れるだけ稼いでいる。それだけの能力がある。実績がある。これは大変なことじゃないですか。ねえ、アンタも奢ってもらった側だからわかるでしょう、アリサさん」
「え、ええ……」
急に話を振られ、アリサ・サーバンスは目をパチクリさせている。
トウマたち3名は久しぶりの再会をした後、“アル”と連れ立って“りんご亭”で昼食と共にしていた。アルが何となく生活が苦しいことを臭わしていたこともあったので、トウマは気前よく奢るつもりだったのだが、“りんご亭”で一番高いサーロインステーキを二皿も注文してきたのは、トウマも予想外のことであった。
「しかし、あの“戦乙女”さんと、トウマ隊長が同じ職場とは驚いたな。しかも事務職。戦場だと恐ろしくて、近寄り難いイメージあったけれど、変われば変わるもんですな」
「色々あったけど、周りとも上手くやってるよ」
「へええ?」
アルが目を丸くして、アリサを見ると小さく頷いた。
「はい、色々ありましたが仕事はこなせております」
「色々ねえ」
「はい、色々と」
アルはその「色々」に多少の興味を持ったが、アリサは相変わらず表情を崩さないので、それ以上の問いを断固として許さない壁を感させた。“戦乙女”の一部はいまだに健在らしいと内心、アルは苦笑いしながら、自身の原付にまたがってエンジンを掛けた。
「トウマ隊長。今の仕事終わったら、俺に飯を奢らせて下さいよ」
「“探偵”て仕事は、そんな稼げるのかい。抜刀隊時代から、お前はなりたがっていたけどさ」
「いや、そんなに。請求金額を出すと皆さん驚くんですが、実際のとこ、一つ仕事を片付けるのに金が掛かるんですよ。情報屋や仲間に頼むことも多くてねえ」
それに俺は危険なことはやらない主義でねと、アルは照れ臭そうに頬を掻いた。
戦後、アルは2年ほど軍にいたが、資金を貯めてから軍を離れると、アオルタに事務所を構えて“探偵”を始めたらしい。たしか歳は現在25歳になるはずだと、トウマは記憶している。
開業して3年という。
人探しにもの探し、トラブル対応や浮気調査などがメインで、戦後の混乱続くこともあって、特に行方不明となっている人の捜索の需要があるらしい。今回の仕事も行方不明者関連で、その情報を得るために、情報屋へと向かっている途中らしかった。
「今回の報酬は内容の割に、ゴキゲンな額なんすよ。ちと手間は掛かりますが。サーロインステーキ5枚くらい問題ないっすよ」
「そんなに要らないから。そんな金あったら、少しでも貯金しとけよ」
「若い割に無意味に堅実な人生。トウマ隊長は相変わらずですねえ」
「うるせえ、余計なお世話だ」
「クロン隊長にも、トウマ隊長と似たことをよく言われましたけどね」
「その、クロンのことだけどさ……」
「特に接触はないですなあ」
トウマの質問の意図を察したように、アルは遠い目をしながら、懐からライターとタバコを取り出した。点火したライターから勢い良く火が飛び出したのだが、火というより炎に近い。予想外の勢いだったから、アリサやトウマは驚いて少し仰け反っていた。
アルはそんな2人に気づいた様子もなく、宙に濃い煙を吐いた。
「前の事件のことは驚きましたがね。クロン隊長が反政府活動始めた頃、俺はまだ軍にいましたから」
「……」
「俺はあの人好きだったし、共感する部分もありましけど、俺は探偵やりたかったんでねえ。クロン隊長には悪いけれど、我関せずでいましたよ」
「……」
「まあ、監察には疑われて上層部にも警戒されたせいで輸送部隊の閑職でしたが、かえって勉強や貯金する時間や余裕ができて、結果的にラッキーだったですわ」
「今はどうなんだ」
「俺の仕事のモットーは、“危険なことはやらない”ですよ」
アルがニヤリとした。
「探偵てね、人の闇や後ろめたいとこまで探ることもあるせいか、危険なことに巻き込まれやすい商売なんですよ。これは危ないな、と思ったら引っ込めるように、依頼人にも話をしてます。もちろん、報酬をきちんともらえるよう仕事してね」
「……」
「ま、そんなんですから、自分から面倒事に首を突っ込む真似なんてしません。そこまでスリルを求めてるわけじゃない」
「そうか、疑うような話をして悪かったな」
「構いませんよ。俺も似たようなことしてますからね。クロン隊長を見掛けたら、尾行するくらいはサービスしときますよ」
「いや、なにもしなくていい」
冗談のつもりだったのか、笑顔を大きくしたアルに対し、トウマはくすりともせずにまっすぐアルを見つめている。真剣な瞳の光に、アルは笑顔をすぐにひっこめた。
「俺も前のテロ事件以降で、偶然、奴と多少関わる破目になったが、後ろには“彩花衆”という組織がついている。問答無用の連中だ」
「“彩花衆”?なんですか、それ。何が目的なんです」
「知らなくていい。ただ、クロンやその連中に関わりそうになったら、すぐに離れろ」
「そう言われてもなあ。そんなのわかりっこないですよ」
「危険なことはやらないが、お前のモットーなんだろ。嗅覚を生かせよ」
「……どうして、俺に」
「戦友だろ。今のうちに言っておく。数少ない戦友を何も知らないまま、死なせるわけにはいかないんでな」
「……」
アルはまっすぐに注視してくるトウマを、目を細めて眺めていたが、視線をそらすと煙草を深く吸って、濃い煙を吐き出した。
「……了解です、トウマ隊長。感謝します。サーロインステーキの他に、一杯奢りますよ」
「ステーキより、一杯の方が良いな」
「では、また近いうちに」
アルは原付のアクセルをまわすと、パタパタと乾いた音を立てながら去っていった。トウマとアリサは小さくなっていく長身の背中を、まぶしそうに見送っている。目を細めているのは、昼の日射しが少し強いせいかもしれなかった。
「……少し、話しすぎではないですか。政府が公表してもいない“彩花衆”の名前まで、あの人に教えるなんて。しかもクロン・ステイシアの部下だった方ですよね」
遠ざかるアルの姿を見送りながら、アリサが言った。言葉の調子から、部外者に軽率ではないかとアリサが言っているようにトウマは感じた。
「アルが部外者だから良かったよ」
「どういうことですか?」
「あいつの力は、俺が良く知っている。他の部隊の隊長もアルと聞けば誰でも知っていた。クロンがあいつを誘わなかったなんて思えないんだ」
「……」
「少しは踏み込んだ話をしないと、アルが関わっているかわからなかったからね。結果、クロンたちと関わりない部外者とわかって良かったよ、うん」
トウマは正面を向いたまま、自分に言い聞かせるようにして何度もうなずいた。広がる光景には、建物の並びや行き交う通行人たちの姿が映るばかりで、既にアルの姿はどこかに消えてしまっている。
「そんなに強い方なんですか」
「強いてのは当然だけど、頼りになるんだよな」
「……?」
強ければ頼りになるのは当然ではないか。
答えの意味が判然とせず、アリサはトウマの横顔を見上げていたが、ふと視界に入ってきたものに気がついてあっと声をあげた。
トウマの右後方に、アオルタの時計台が見えた。その針が、午後2時を示そうとしている。
「トウマさん、昼休みが終わってしまいます」
「あ、まずいな。もうこんな時間か。急がないとレフリムに怒られる」
急ぐといっても義足のアリサでは、走るのも満足にできない。少し歩みが早くなるだけだ。
「なんだか、昼休みがあっという間でしたね」
「ごめんな。ゆっくり食事させてあげられなくて」
「いえ、せっかく戦友の方と再会できたわけですから、そちらの方が大事だと思います」
2人は急ぎ足でアルと再会した橋を渡って、郵便局に繋がる通りに戻った。昼前よりも幾分、通行人の数は少なくなったせいなのか、賑わいもどこか落ち着いた様子を見せている。
「それにしても」
と、郵便局の裏口を前に、アリサはポケットから1枚の小さな紙片を取り出した。それは名刺で住所やアルの名前が記されている。アルが挨拶代わりにと、トウマとアリサに渡したものだ。
「“クドウ”探偵事務所のクドウて、どういう意味ですか」
「多分、映画の影響だと思う」
「映画ですか」
「戦時中、慰問の部隊が映画を持ってくるんだけど、アルの奴、東洋の探偵映画にやたら気に入ってさ。俺が知ってるだけでも20回は見てたな。探偵になりたがったのも、あの変な格好もその影響」
「……」
「主人公の名前が“クドウ”て、東洋人の名前だったから、そっからなんだろ」
「……フォークナー探偵事務所だとか自分の名前で良いのに」
「だよねえ」
2人は顔を見合わせると、互いに苦笑いして事務室に入っていった。




