かつての戦友
その日の天気は快晴で、普段はそれほどでもないアオルタ郵便局に通じる通りも、陽気に誘われたのか、人の往来がいつもより多いようにトウマ・ライナスには感じられた。
そんな人混みに紛れて、何やら美しいものが向こうからやってくるなとなんとなく眺めていたのだが、その正体はアリサ・サーバンスだった。
時刻は昼休みが終わったところで、トウマ・ライナスは配達を済ませて、アオルタ郵便局へ戻る途中だったのである。
アリサもトウマに気づいたらしく、視線が合うと軽く会釈してきた。
「お疲れ様です。これから休憩ですか」
「うん、まあね」
レガッサの町までの配達から帰還し、2日ばかり休暇をしてからここ数日、トウマはアオルタ内の配達業務をしていた。アリサの後ろには郵便局の建物が見えるので、来た方向と時刻から、これから昼食なのだろうと推測した。昼に繁忙となるアオルタ郵便局の昼休みは、世間一般とは少しずれる。それを考えても、アリサの昼休みは遅いように思えた。
「アリサちゃん、これから昼飯?ちょっと遅くないか」
「今日は仕事が立て込んでいまして。少し遅れました。トウマさんは?」
「ああ……」
口を開きかけたまま、トウマの視線がわずかに宙をさ迷った。
「まあ、俺もちょっと遅くなっててさ。一区切りついたとこで、ちょうど郵便局に近かったから戻るとこだったんだ」
実際は一区切りどころか、既に本日分の配達は午前中にすませてある。
トウマたちのように、アオルタ外への危険な配達が主な仕事の“配達士”は、アオルタ内の配達で任せられる量はさほど多くはない。アオルタ内を配達する“配達士”も充分足りているのだが、遊ばせているわけにはいかないので、何らかの仕事を与えているわけだが、配達が終われば、帰って良いこととなっている。
同僚のニッカ・ボッカのように、だらだらと終業まで時間を掛ける者もいるが、トウマは速やかに仕事を終わらせたいタイプなので、朝礼が終わると一心不乱になって歩き回り、昼前には全て配り終えてしまっていた。余った時間は、ルークとリイサを通わせる予定の、学校や寮の下見などで時間を潰していた。
その帰りがけに、いつもの“フランキースペシャル”を食べてきたのだが、アリサの昼飯がまだときいて咄嗟に嘘をついた。自分の仕事が既に完了しているからでもあったが、そうでなくとも、このくらいの裁量は、町中を足で配達する“配達士”なら当然の心得ではあった。
「でしたら、どこかで一緒に食事しませんか」
「え、お、俺と?」
自分から誘うつもりだったのが、無表情なアリサからの思わぬ申し出に驚いて言葉が追いつかなかった。
「迷惑でしょうか」
「いや、全然かまわないよ。むしろ喜んで」
「では、今日は“りんご亭”にでも行きましょう。この時間なら空いているはずです。少しトウマさんと話をしておきたいこともありますし」
「話て?俺への愛の告白?」
「違いますよ」
顔を真っ赤にさせながら、アリサがキッと鋭くトウマを睨みつけてきた。他の者なら、その鋭さに腰を抜かすか恐怖心を抱くほどなのだが、歴戦の勇士であるトウマは慣れたもので平気である。本気の怒りでないことくらい伝わってくるし、それどころか、普段ポーカーフェイスなために、動揺がわかりやすくて面白く思っていた。
「からかうなら、もう良いです」
「ごめんごめん。悪気はなかったんだよ」
トウマは先を足を早めて歩くアリサを、急いで追いかけていった。
りんご亭はアオルタ郵便局から10分ほど、小さな川を挟んだ四番街区にあって、安くて濃厚な鴨肉と豚肉のソテーが評判だった。昼休みになると、いつも席が埋まるほどに賑わっている。だが、繁忙期を過ぎれば若干の余裕が生まれるのを、トウマやアリサも把握している。
「でもさ、食事なんて久しぶりだね」
「5日ほど前、トウマさんが帰ってきた時に食事したばかりじゃないですか」
「まあまあまあ、久しぶりでいいじゃないか」
わざらしく笑い声をあげるトウマを、アリサは訝しげに見上げている。
5日ほど前に帰還の無事を祝って、たしかにアリサと夕食を共にしている。しかし、その時はルークやリイサ、パウラらも一緒で、2人きりの食事はアリサが郵便局で仕事を始めた頃まで遡る。
本心としては「2人きりで」と言いたかったのだが、気恥ずかしい感情が先に立ってしまい、その言葉が出てこない。からかうだけなら先のように滑らかに出てくるのだが、その本心が混ざると、急に言葉が喉の奥でつっかえてしまうのが、トウマ自身にも不思議に思えて内心、首を捻っていた。
「……ところで、肝心のお話なのですが、この辺りなら良いでしょう」
アリサが足を立ち止まって、素早く周囲を探る目付きをした。
ちょうど四番街区に繋がる橋の上で、人気は少なくなっている。2人は言い合わせたように橋の欄干に身を寄せた。
「実は、リイサに関することです」
「何?また仕事をさぼったのかい」
「いえ、パウラ・ラウラが来てからは、そういったことは無くなりました。どちらかというと、前より仕事にひた向きになったように感じます」
「そういや、この間の飯もやけに静かだったな」
「私もパウラに仕事を手伝ってもらい、助かっています。そんな彼女の影響もあるのでしょう」
「そうかもな」
口では同意したものの、内心ではちょっと違うだろうなとトウマは思っている。パウラはルークの婚約者と自称しているのだが、そんなパウラを不快に思っているのはトウマでも知っている。美人で背も高く、外見とは違ってリイサと歳もそれほど変わらないのに、仕事もそつなくこなす。単純に対抗意識があるのだろう。
「……それで、本題なのですが」
再びアリサは、ちらりと辺りを見渡した。
「リイサを付け狙っていた連中の何名かが、“黒の国”を離れたという話があります」
「誰から聞いた」
話の内容に驚き、トウマは思わず声を上げそうになった。周りを見ても、数名の通行人がトウマたちに無関心な顔つきで通りすぎていく。
「ミラルカ局長です。“黒の国”から今朝方、情報が電報で政府に届いたようです」
「“彩華衆”……だっけか。リイサの居場所がバレたのか」
「向こうにはクロン・ステイシアがいます。リイサが“青の国”にいることぐらいは把握していたでしょう」
「……今朝か。もしかしたら、アオルタに来ているかもしれないな」
「可能性はあります」
アリサの返答に、トウマは腕組みをして小さく唸った。
“青の国”と“黒の国”までは、列車で5日ほどかかる。“彩華衆”も行動には用心を重ねているはずで、“黒の国”政府が情報を掴むまでには時間か掛かったはずである。既に、アオルタの町にも潜入していて不思議ではない。
「それで、局長は何か言ってたか」
「“彩華衆”とは積極的に関わらないように、とのことです」
「関わるな?本当にそんなこと言ったのか」
「はい。戦いに巻き込まれれば、それが怒りや憎しみの連鎖となって収集がつかなくなるとのことです」
「言いたいことは、わからないでもないけどな……」
かつてクロン・ステイシアは、この町で爆破騒ぎを起こして、ルークは“彩華衆”の一員から問答無用に怪我を負わせられている。
関わるなと言われても、黙って見過ごしていたら向こうから何をされるかわからないではないか。
「局長は“積極的に”と言っており、降りかかる火の粉を振り払うな、というわけではありません」
「……」
「ただ、私たちは“彩華衆”の顔を何名か知っています。彼らの行動を阻止しようと焦るあまりに、迂闊な単独行動をしないためです」
「局長がそう言ったのかい」
「いえ、私の解釈です」
「……ああ、そう」
なんとなくがっかりさせられたが、局長の指示やアリサの解釈にも一理ある気がした。クロンや顔だけは知る他の男たちを街で見かけたら、独断専行で尾行しようとしていただろう。それが相手の罠かもしれないのだ。トウマは気持ちを引き締め直した。
「わかった。気をつけるよ」
2人がまっすぐ見つめ合っていたが互いにうなずくと、どちらが告げるともなしに2人は歩き出した。しかし、後方からパタパタと軽い音が接近してきたので、欄干に沿ったまま歩いていた。目の端にひとつの影が素早く過ぎ去り、トウマは何となく原付かと思った。
正確には原動機付自転車と呼ばれるそれは白色で、黒色スーツに黒の中折れ帽子と全身黒ずくめの男が乗っていた。変な格好だなと何となく後ろ姿を見送っていたが、不意に原付が止まると、男がこちらを振り向いた。
男はアフロヘアーで丸いサングラスを掛けている。
「そこのイカしたあんた。もしかして、トウマ隊長……?トウマ・ライナス隊長ですか」
男の声は低かったがよく通り、それなりに距離があるのにはっきり聞こえた。
隊長という懐かしい呼び方と声に、どこかで聞き覚えがあるとトウマは思ったが、どうしても思い出せなかった。
「ごめん。隊長てことは俺を知っているんだろうけど、ちょっと思い出せない」
「やっぱトウマ隊長ですか。お久しぶりですなあ」
「ごめん、誰かな」
「ひどいなあ、トウマ隊長。クロン隊長と塹壕で、軍用パンやウィスキー分けあった仲なのに」
「クロン……?」
たしかに当時、一番隊隊長のクロンと何かにつけては酒を飲んでいたが、部下も何人か連れてきていたはずだ。その時にいたのだろうか。
男はエンジンを切って原付から降りると、原付を押しながら近づいてきた。細身だがかなりの長身な男だった。
「ま、会えて嬉しいですよ。トウマ隊長」
男はサングラスを外すと、ニヤリと口の端を歪めた。皮肉ぽい特徴的な笑みには心当たりがある。
「俺ですよ。抜刀隊にいたアルベルト・フォークナーです」
「アルベルトて……、クロンのところにいた〝アル〟か」
「その呼び方。やっと、思い出してくれましたか」
「その格好じゃわかんねえよ……」
そこから言葉が続かないらしく、トウマは驚きと喜びと戸惑いが、複雑に混じりあったような表情で、アルベルトと名乗った男を凝視していた。アルベルトは白い歯を見せて笑顔を大きくした。一見、強面なのに、不思議と人懐っこさを感じる笑顔だとアリサは思った。




