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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
逆襲の〝白髪鬼〟

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24/203

てめえをぶっ飛ばしてやる

 トウマとクロンの一連の攻防を眺めながら、時計台の屋根の上から双眼鏡で眺めていた金髪の兵士が、大きく舌打ちをした。


「クロンの奴、口ほどでもねえなあ。せっかくうちらがお膳立てしてやったのに情けねえ」

「みくびるなよ、ピット。相手も相当な腕前だぞ」

「ルボルトは過大評価しすぎだぜ。あんな奴、このピット・オーガ様の前じゃ屁でもねえ」


 ピット・オーガと名乗る若い男は、身なりこそ“青の国”の軍服姿だったが、その背丈や声は若く風貌も少年のそれだった。一方、隣にいるルボルトという赤髪の男は、ピットとは対照的に岩のような厳つい体格と顔をしている。彼も〝青の国〟の軍服をまとってはいたが、体に入りきらないせいか、服を羽織るようにして腕組みをして地上の戦いを注視していた。


「しかしルボルト、どうする。クロンの手助けでもするか?あのままじゃ負けるかもよ」

「……」

「俺たちはクロンが仲間としてのふさわしいかどうか、金出した見返りに計画を実行するかどうか。その監視に来ただけだ。奴の大義やこの国の政治なんざ今の俺たちには関係ない。いつまでも、ここにもいるわけにもいかないぜ」


 ピットが双眼鏡から目を離すと、ルボルトはムウと獣が唸るような声を喉の奥から発した。


「……そうだな。ピットの言うとおり、ここにじっとしているわけにもいかないが」


 ルボルトは腕組みしたまま、じっと地上を見下ろしている。


「相手の腕前を見極めたい。もう少し様子をみよう」

「相変わらず、悠長だな」

「慎重と言え、慎重と。加勢するにせよ、思わぬ一撃を喰らわぬとも限らん」

「しっかし、さっきから裸眼で見ているけれど、お前、そこから見えるのか?500メートルはあるぜ」

「当たり前だ。ピットこそ、そんな双眼鏡などという姑息な道具に頼るな。修練が足りん、修練が」

「へいへい、すみませんでした。ルボルト・クリッパさん」


2人のいる時計台は、式典が行われる中央広場からは近い距離にある。しかし、主要な建物の屋根の上には多数の兵士が警備のために配置されていたし、加えて現場の大混乱で迂闊に動けないでいる兵士もいたので、地上を眺めている彼らに不審を抱く者は誰もいなかった。


「……まあ、この銃で一撃だろうけどな」


 口の中でつぶやきながら、この国の連中は良い銃を使ってやがるぜと、ピットは傍らの狙撃銃を手にしながら後ろを一瞥した。時計台の鐘の下には下着姿の男2人がぐったりと横たわっていて、首があらぬ方向に捻れている。銃も軍服も虚しく横たわる彼らから奪ったものだ。

 実力を知るなら実際に手を合わせた方が早いと考えるのがピットだったが、ルボルトは正反対で、相手の動きを見極めてから動く。獣のような体と顔のわりに慎重で繊細だとピットは常々思っていたが、どういうわけか気が合い2人で行動することも多かった。


「……ま、どちらにしてもいいや。俺たちを楽しませてくれよ、クロンちゃん」


 ピットは皮肉混じりの笑みを浮かべて、再び双眼鏡をのぞきこんだ。


  ※  ※  ※


 ……大砲?

 それとも地震?

 度重なる激震と衝撃音がルークの神経を刺激し、やがて暗闇の底から意識を取り戻すと、ルークは自分がアリサに抱きかかえられていることに気がついた。

 周囲の路上には建物や道路の瓦礫が散乱し、はじめはここがどこで何が起きたのか混乱気味ではあったが、破損したアリサの左の義手に目が止まると、覚醒したようにルークの記憶がまざまざと甦っていった。


「……大丈夫?」

「だ、大丈夫です。僕よりアリサさんこそ……!」


 気丈に振る舞いながら、煤と傷だらけのアリサの微笑みが心を締め付け、ルークは慌てて立ち上がった。その拍子にルークの全身が悲鳴のような痛みをあげたが、アリサの前で泣き言など言っていられなかった。


「危ない!」


 突如、アリサが叫んでルークの腕をつかむと、強い力で抱き寄せてきた。同時に強烈な風圧がアリサたちを呑み込むようにして駆け抜けていった。


「い、今の大砲か何かですか!?」

「トウマさんがクロンと戦っている。その衝撃波です」


 アリサは悔しさを滲ませるように、唇をギュッと噛み締めて視線を上げた。アリサの視線に導かれるようにルークも倣うと、大砲に似た轟音と震動が大気を揺らした。


「いくぞ、トウマ・ライナス!」

「何が『いくぞ』だ。いつまでも気取ってんじゃねえ!!」


 クロンが駈けると同時に、砂塵を巻き上げてトウマも猛進する。吼えながら放つ拳と拳が交錯し、互いの顔面激しく歪めた。


「ぐっ……!」

「この……!」


 岩と岩が激突したような衝撃音とともに、両者の体が一旦は後退しかけたものの、互いに踏みこらえ、跳ねて再び2人の男たちによる激しい攻防が始まった。互いの拳から生じた衝撃波で、大気に爆音が鳴り、砂塵が唸りをあげて巻き起こる。雷撃の衝突、或いは野獣同士が相食むような壮絶な迫力にルークは息を呑んだ。


 ――強いとは聞いていたけど、こんなにすごいなんて。


 元抜刀隊三番隊隊長。

 同僚から話だけは聞いていたが、世俗から離れた生活をしていたルークには、抜刀隊というものがいまひとつピンとこなかったし、普段のトウマからは軍人としての面影をさほど感じない。

 仕事の合間や帰りのジムなどで、トウマからは剣や魔法、徒手格闘などの手解きを受けている。しかし、遠方への配達はトウマひとりだけで向かうので、実戦時のトウマをまともにみたことがなかったのだ。

 目を見開いて戦いを見守るルークに、アリサがそっと声をかけてきた。


「ここから離れましょう」

「で、でも……」

「あの衝撃波に巻き込まれます。トウマさんの邪魔になる」

「あ……、はい!」


 負傷しているアリサのこともあって、ぼんやりしているわけにもいかない。ルークは我に返ると、アリサを助け起こして、近くの太い幹をした木の陰まで避難した。倒れこむように木の陰に隠れると、背中に伝わるがっしりとした太い幹の感触が不思議と気分が落ち着いてくるのをルークは感じた。生命が宿る木が、自分たちを守ってくれている気分になるからかもしれない。

 それにしてもとルークが別のことを思い浮かべたのも、安心感から心に余裕が生まれたのだろう。


「それにしても、どうしてこんな破壊力があるんですか。僕らと同じ人間なはずですよね」

「あれは『魔力』が生み出した効果」


 アリサが言った。


「魔力?2人とも魔法を使っていないのに」

「人や組織、国によっては、“気”や“念”、“能力”など呼び方が異なりますが、基本的には同じものです。魔力は誰しもが内包(ないほう)しているもの。魔力が発現すれば、相乗効果でトウマさんのように戦車や銃にも優る強靭な肉体、莫大な力を生み出すことも可能になります」

「……」

「ですが、発現するには相当な心身の練磨が必要ですし、誰しもができるわけではありません。呼び方が異なるのも、人によって発現する方法が異なるからです」

「……」

「物を操り、変身する力などの能力も、実際は高い魔力を必要とします。私の場合は魔法。ただし、制御ができないので、平時やこのような時は無用の長物ですが」


 最後の下りを、アリサは自嘲気味に笑ったのだが、ルークは気がつかずにトウマたちの戦いを凝視していた。2人の間には相当な距離があるはずなのに、翔るようにしてあっという間に距離を詰める。両者の拳や蹴りが繰り出される度に、砂塵が舞い、激震で大気が揺れた。

 乱撃の合間に、トウマの指がクロンの襟に触れると、一息に上体を崩してから足技を駆使し、背負い投げでクロンの長身を放り投げた。だが、クロンも勢いを利用して宙で身を捻ってストンと着地をしてダメージはない。激しく動く中で、トウマ自身の流れ落ちた大量の汗が、地面を濡らしただけだった。


「随分と、懐かしいな」

「なにがだ」


 クロンは肩を激しく上下させて喘ぎながら言った。トウマも同様で、口を大きく開いて息も乱れている。水を頭から被ったように髪の間から汗が吹き出し、トウマの全身を濡らしていた。


「貴様と拳を交えるのは、兵営以来になるか」

「出兵前最後の試合、判定でお前の勝ちだったな」

「貴様の班の仲間から、俺が試合で勝ち勝負で負けたと散々文句を言われた。覚えているか、トウマ」


 覚えていると、トウマはうなずいた。

 10歳くらいになると、それまでの孤児施設から兵士として軍事教練を受けるため、兵営へと移ったのだが、そこでクロンとは別々の班に別れていた。しばしば班の間で、格闘技の対抗戦が行われたのだが、2人は班の代表として拳を交えることが多かった。

 兵営暮らしはトウマたちにとっては青春の一ページと言っても良い。当時の思い出が懐かしく、わずかに両者の口の端が歪みかけたがすぐに真顔に戻った。懐かしさと同時に辛すぎる想いが胸を締め付けている。

 当時、その文句を触れ回ったトウマの仲間も、そんな彼らに憤り、殴りあいの喧嘩まで発展したクロンの仲間も、今はほとんどがこの世にいない。


「……貴様も仲間や部下を失った身だろうに、政府に何の怒りも持たないのか」

「なに?」

「政府が命じるまま、俺たちは戦った。しかし、仲間は戦場に打ち捨てられたまま。野原に空の墓地があるだけで、わずかな手当が遺族に渡されるだけだ」

「……」

「トウマ、貴様だって似たようなものだろう。共感しろとは言わん。俺の怒りが少しでもわかるなら、俺の邪魔をするな」

「……だったら、アリサやルークに手を出して良いってのか」

「なんだと?」


 今度はクロンが訝しむ顔をした。

 

「アリサやルークに、手を出して良いのかて訊いてんだよ」


 たわけがと、クロンは吐き捨てるように呻いた。


「自分の死んだ仲間より、女子供が優先か」

「あいつらは今を生きている。平和に暮らしたいと願っている。それをてめえの争いに巻き込みやがって……」

「争いなど尽きるわけがないだろう。外国は覇権の野心を失わず、次に備えて爪をといでいるだけだ。不都合から目を背けられ、泣く者がいる。見過ごせない者もいる。俺たち“天風党”が訴えてきたのもそれだ」

「……」

「お前にそれが見えてないわけないだろう。うわべだけの平和に満足している腑抜けが何を語るのか。“配達士(ポストマン)”風情が」


 違う。

 トウマは言い掛けたが言葉にならなかった。

 怒号とともに、クロンが消えた――とトウマが思った刹那、拳を振り上げるクロンが眼前に迫っていた。


 ――しまった!


 わずかに腰を沈めたことはトウマも認識している。しかし、「うわべだけの平和」、「死んだ仲間より」というクロンの言葉がわずかに引っ掛かっていたことで、次への動きが一瞬遅れていた。虚を突かれた形となり、クロンに先手を取られてしまっていた。

 鋭い蹴りを寸前で避けたが、トウマはバランスを失い完全に受けに回っている。


「失望したぞ、トウマ・ライナス!」


 わずかな隙を見逃さず、クロンの両手から光弾が生じて、数発連続して放たれた。咄嗟に飛び退けようとしたが、そのうちのひとつがトウマに被弾し、あまりの衝撃に意識を失いかけた。


「軟弱は去れ」


 暗闇の底で、クロンの声か荘厳に響いた。

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