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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
逆襲の〝白髪鬼〟

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21/203

あの人は、私と同じなのだから

 巨大で大量のパフェが詰まっていたグラスがすっかり空となった時、ちょうど式典の開始を知らせる際に使われる〝ドンナー・トッキモ〟という題名の勇壮な音楽がかき鳴らされるのが聞こえてきた。

 音楽隊が鳴らす太鼓やトランペットを耳にしながら、アリサはすっかり空となったグラスに目を落とし幸福感に浸っていた。

 楽しくて美味しくて、この気持ちをどう話せば伝わるかアリサには自信がなかったが、どうにか伝えようと胸の中にある感動を思いついた言葉で慎重に選んで絞りだすように言った。


「……トウマさん、私」

「うん?」

「私、変に気を使いすぎていました。でも、こうして思いっきり食べてる方が美味しいし、楽しいものなんですね」


 トウマと向かい合って食べたことも含めて、チラとトウマをみてみると、当のトウマは難しい顔を浮かべて腹をさすっている。


「どうしました」

「そりゃあ美味しかったよ。こんなに量が多いのに、飽きさせない味だった。食べ応えも十分だ」

「……」

「たしかにこのパフェは美味しかったけどなあ」

「なにか、気になることでも」

「いや、これだけの量を食べたらトランス脂肪酸てのが気になっちゃうなと思って」

「トランス?新しい魔法かなにかですか、それ」


 以前、姿を変えて自身の能力を上げる魔法を耳したことがあるので、そのことだろうかとアリサが思いながら訊ねると、トウマは厳しい表情をしたままいやと首を振った。


「最近、ジムで聞いたんだけどさ。フライドポテトみたいな安い油ものやこういう甘いものに使われるトランス脂肪酸というものが使われているんだって。胃の中でなかなか消化されないとか言ってたよ」

「は、はあ……」

「アリサちゃんもレフリムらに誘われてちょくちょく甘いもの食べているけど、あれも食べる量に気をつけないとすぐ太るぜ。付き合いを悪くする必要ないけどさ、前ほど運動できているわけじゃないんだろ」

「まあ……、そうですね……」


 はあっとため息のような返事がアリサの口から漏れた。

 余計な話を加えて雰囲気を台無しにしてしまう。さきほどまでアリサは幸福感に満たされていたのに、すっかり冷めてしまっていた。ゆるゆると虚脱したようにアリサが立ち上がった。


「もう行きましょうか。ルークを探さないと。式典も始まります」

「そうだな。いつまでも、こんなとこでよもやま話をしている場合じゃないや」

「こんなとこで……、よもやま話……」


 追い討ちをかけられた気分でアリサは絶句してしまい、式典どうこうよりも、もう帰りたい気分になっていた。

 なぜこの人は見も蓋もない言葉を口にするのか。

 もしかして、人の気持ちがわからないのだろうか。

 アリサ自身も感情を抑える訓練の名残で何を考えているかわからないと周りから指摘されているのだが、そんな自分を棚に上げて、アリサはトウマに対して失望と同時に少しばかり腹も立てていた。

 アリサはふらふらと店の出口に向かい、割り勘じゃないのかよという後方から聞こえるトウマの情けない声も無視し、そのまま杖をついて店の表に出ていた。


「……まったく。デリカシーがないんだから」


 おそらくアリサを知る者が耳にしたら仰天する発言を口にしながら、アリサがちらりと店へと振り返ると、トウマは応対に出た男の給仕の前で大慌てになりながら財布の金を数えている姿が映った。

 アリサは職員の給与の計算も一部担当しているので、トウマの給与も概ね把握している。ルークという同居人しているがルークにもそれなりの収入があるし、危険な遠方地への配達には十分な報酬がでる。

 もっと贅沢な生活ができる給与の割に、周りの噂やトウマ本人の話を聞く限りは質素な暮らしぶりなので金には困ってないはずだ。

 万が一足りなくてもちょっと慌てさせてやれといじわるく思って、非情にもアリサはトウマを放っておいてルークを探しにいくことにしたのだった。


「ルーク、どこだろう」


 アリサは喫茶店から離れると、トウマの存在など忘れたかのように見物客の固まりを見渡していた。見物客はますます増え始め、アリサのいる区域だけでも500人くらいはいる。しばらくうろうろと探し回っていたが、ルークの姿が見つからない。ふと気がつくと中央広場とわける鉄柵のところにまで来ていて、見物に訪れた群衆を整理している兵士を見つけると、とりあえずその兵士に訊いてみることにした。


「あの、子どもを一人探しているのですが」

「ああん? 子どもだと」


 兵士ははじめ、迷惑そうな表情を露骨に浮かべたが、アリサの美貌と杖をつく姿に表情を幾分やわらげた。


「子どもといっても、ここだけでもたくさんいてお手上げ状態だぜ。その子なにか特徴はあるの?」

「特徴は、背中に大きな剣を背負っています。栗色の髪をしている少年です」


 髪の色より大剣という情報ですぐに思い出したらしい。ああと兵士が声を挙げると中央広場に向かって顎で指した。


「その子なら、さっき、じいさんと一緒に中央広場にあるウェルシー通り向かっていってたな」

「おじいさんとウェルシー通り?」

「退役軍人らしいけど背が高くてね。真っ白な髪して軍のロングコート羽織っていたよ。そのじいさん、片足なかったな。アンタみたいに杖をついていたよ。松葉杖だったけど」

「松葉杖……」

「家が広場の近くにあるらしくてな。疲れて困っていたとこをその剣を背負った子が世話していたんだよ。ほんの数分前だ。ええと……」


 兵士は背を伸ばして、辺りを見渡していたが何かに気がつくとあれだよと指をさした。アリサも倣って見ると、関係者のみが通行を許されている柵を隙間に向かって、コートを羽織る老人の隣で見慣れたルークの大剣が揺れているのが見えた。老人はつば付き帽子を被っており、帽子から白い髪がこぼれているが、松葉杖をつきながら背を丸めてぎこちない歩みはたしかに老人のそれだった。

 しかし、アリサはその老人から違和感を覚え、その背を注視していると隣で兵士が言った。


「本来なら通しちゃいけない決まりなんだが、じいさんの身分証明書もちゃんとしていたし、明らかに体調悪そうだったからな。特別に許可したんだ。あの子と知り合いならアンタも特別に許可するよ」

「助かります」


 アリサは兵士に礼を言ったが、喉の奥に引っ掛かるような違和感は拭えず、頭をあげるとそのまま視線は老人とルークの姿を追っていた。


「あの後ろ姿はどこかで……」


 老人の後ろ姿に見覚えがある。

 そう思ってアリサは老人を注視していると、不意に強い風が吹き老人の体を揺らした。ルークが老人の体を支えた拍子に、老人の横顔がちらりと見えた。その横顔を見てアリサははっきりと思い出した。

戦時中、アリサがトウマ・ライナスを見たのは一度だけでしかないのだが、その男とは戦場で三度ほど作戦遂行のために顔を合わせたことがある。その長身で広い背中とすさまじい剣技は今も鮮明に覚えている。頼れる存在で、アリサにとって〝戦友〟のひとりと言って過言ではない。

 ここに不幸があるのは、その〝戦友〟についてはアリサ・サーバンスが何も知らなかったことだった。アオルタ政府にとっては混乱を避けようと機密事項に等しい扱いにしたために公表はされず、トウマも一切、口外しなかったことだった。

 加えて〝戦友〟について戦後の消息をアリサはまるで知らなかったため、記憶とのギャップもあってアリサは純粋に衝撃を受けていた。

 最後に顔を合わせたのは2年ほど前だが、あの勇猛な戦士の身に何が起きたのだろう。あまりにもうらぶれた姿に、兵士に老人ではないと告げる気にもならなかった。

 それに、その〝戦友〟はトウマ・ライナスと同じ抜刀隊。

 トウマに会わせてあげたいという気持ちもあったが、変わり果てた彼を見て、トウマはどんな顔をするだろうか。


「……クロン・ステイシア。気の毒に」


 かつての〝戦友〟の哀れな姿を眺めていたが、自身も不具の身となっただけに何か手助けになるかもしれないと思いながらアリサは足を進めた。

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