嵐と飯がひどいよ
当初はこの一晩だけと思っていたのだが、そのまた次の日もまた次の日も嵐は止む気配をみせなかった。
暴力的に殴りつけてくるような雨が窓を濡らし、猛風がぎしぎしと館を揺らしている。
「今日も雨か……」
トウマは窓から吹き荒れる嵐を眺めて嘆息した。隣ではルークも並んで外を見上げている。
「これじゃ、しばらくは動けそうもありませんね」
「まいったなあ。近道て聞いていたのに」
「ここはそういう山ですから。だから人が滅多にこないんですよ。雨がやむまで、この屋敷でゆっくりしてください。また風邪をぶりかえしてはいけませんから」
ルークに部屋を案内された後で風呂に汗と汚れを落としたのだが、ほっと気が緩んだのがいけなかったかもしれない。それまで潜んでいた風邪が正体を現したようで、急激に寒気がトウマを襲ったかと思うと、それからトウマはベッドに横たわったきり熱にうなされて1日中ベッドから動けなくなっていたのだ。
だが、鍛え抜かれた肉体とルークが献身的に世話をしてくれたおかげもあってか、寝込んだのはその1日だけで次の朝になって目覚めた頃には体もすっかり軽くなっていた。ただ、天候の方は来た時と変わらないままで、3日目となる今も外に出る者を許さないような大雨が窓に叩きつけてくる。
「雨がやむまでここにいてください。粗末な食事しかだせませんがね」
さきほどまでヴァイル・ターレルも一緒にいて、冗談のつもりらしく品良く笑ってみせたが、トウマからしたら冗談にはなっていないので乾いた愛想笑いで返すしかなかった。屋敷や部屋のつくりは立派なものの、食事に関しては言葉通りたしかに粗末で、今朝ルークが部屋に運んできた食事も、古い豆にとうもろこし、萎びた野菜に古米を味噌と一緒に煮込んだスープだった。
ミーガの町の話によれば、このあたりは天候が激しく変わりやすい山である。おそらく嵐のせいで新しい食料を運べないからだとトウマは勝手に推測したが、それにしても古く乾燥した豆や米は石のようで、ゆっくり慎重に噛まないと顎を痛めかねないほど硬かった。それでも世話になった身だから贅沢は言えないのだが、戦場暮らしの経験があるトウマでも内心、閉口するほどだったのだ。
不満というほどでもないが、こんな食事でよく暮らしていけるなという感想から、次に新たな疑問が生じていた。他にも土地はあるだろうに、なぜこんな不便な土地に暮らしているのか。
「こう悪天候続きじゃ、外への買い物にも満足に行けないな。いつもどうしてるの」
「山をくだった麓に小さな村があります。そこまで時折行って、物々交換で食材をもらっているんです。人を雇いたいところですが、こんな頻繁に嵐が起こる山では難しいものがありますし。その分、水は豊富なので心配はありません」
「世話になってて失礼だけどさ、外から来た俺としたら不便に思えちゃうな。君たち、どうしてこの土地に住んでいるの」
「さあ」
ルークは首を捻った。
「もっと大昔からこの土地に住んでいると聞いていますが、なぜここを選んだかはよくわかりません。僕も疑問に思って父に訊ねたのですがよくわからないと言っていました。ただ、どちらかというと父もあまり語りたがらないように思えましたが」
「……」
「昔はもっと人が大勢だったそうですが、みんな亡くなってしまいました。母も僕を産むとすぐに亡くなってしまい、今は僕と父だけ。外の墓石を見たでしょう」
「ああ」
「あそこにはこのターレス家の骨が納められているんです。この天候ですからみんなの墓まで用意できる暇ないからひとつだけなんだとか」
「ふうん」
「ターレス家は魔法剣士の家系だったようですが、家祖はちょっと変わり者だったのかもしれませんね。爵位もない家ですから」
「え、そうなんだ」
トウマは目を丸くした。今は豪雨で台無しになっているが、ターレス家の屋敷は小振りで古くはあっても城のように立派なつくりをしている。その様子から勝手に伯爵くらいの地位がある人間と思い込んでいたのだ。そういえば、爵位を持つものに義務付けられる家の紋章も無い。これまでの長い間、〝彩王朝〟や青の国にも属さず、誰にも知られないままこの荒れた山の中で、ターレス一族はひっそりと暮らしていたわけだ。
「そんな変わり者のターレス家ですけど、ゆっくりしていってください」
ヴァイルと同じ発言をした自分がおかしかったようで、ルークはふふっと笑った。
しかし、そんな食事面を除けば、穏やかで優しい家族に囲まれ居心地も悪くない。外の悪天候に飛び出す憂鬱さを考えると、ターレス家の申し出はありがたかった。
「それより、今日も稽古つけてくださいよ」
話題が一区切りつくと、途端にルークが目を輝かせて言った。
「じゃあ、今から1時間半ばかりやるか。竹刀持ってきな」
「はい!」
ルーク少年は元気よく返事すると、急いで2階の自室へと駆け上がり、トウマと自分の木刀を持って戻って来た。
しばらくこの家に逗留するとわかると、じっとしていられないのがトウマの性分で、体を動かしておかないと気が休まらない。戦場でも砲火や魔法が激しく飛び交う膠着状態でも、他の戦友が恐怖と飢えに苦しむ中、素振りで汗を流し気分を落ち着かせていたくらいである。あとで後方に退却してから、同僚や部下からは「鮪みたいだ」と、海で泳ぐ巨大回遊魚を引き合いにしてさんざん茶化されたのだが、そんな性分のトウマだから、体が回復すると、いささか暇を持て余し気味になっていた。
そこでヴァイルに頼んで1階のフロアの一角を借り、同じく木刀を借りて素振りからの型稽古をして夕食までの時間をつぶしていたのだった。それを見ていたルークが稽古を申し出て、即席の弟子のようなものになっていたのである。
「よし、じゃあ正面素振りからな」
2人は裸足になると刀の持ち方と振り方を改めておさらいしながら、トウマはルークの稽古を始めていく。1階のフロアは石造りの床がむき出しになっているので、絨毯敷きの他の部屋と違って床を傷める心配はない。
裸足になって、床からひんやりと伝わる冷たさが心地良かった。
基本をおさらいの後、足の運びや打ち込み方を教えていく。ルークは熱心な売れに素質があるようで、まだはじめて二日ほどなのに足の運びも剣の振り方もそれなりに様となっている。
汗を流して真面目に取り組むルークほだされて、トウマの指導にも熱が入っていた。これまで部下に剣を教えた経験はあるものの、弟のようなルークを指導するのは兵士たちに教えるそれとはまた違う新鮮味がある。
「……いいか。どんな強い相手でも気持ちだけは負けちゃいけないぞ。心だけは静かにして隙を探るんだ。斬るためじゃない。その場から脱するためにもな。必ず一刀を返す。〝後の後の後〟の状態だけは避けろ」
「はい」
トウマは足を踏みしめて、正眼の構えから虚空の敵を見据えた。トウマの目にはこれまでに闘った難敵たちの姿が浮かんでいる。
稽古は終盤に差し掛かり、敵の動きを想定して剣を振るう自由想定の稽古に移っていた。
トウマは当時に対峙した敵の動きに合わせて足を運び、敵の隙を思い出し或いは様々な別の動きを想定しながら剣を振るった。何度も何度も剣を振るい、全身が熱くなって、額には玉のような汗が吹き出ている。
その近くでは、ルークも大量の汗を流しながら木刀を振るっていた。
2人とも汗でぐっしょりとなり肌着1枚になっている。剣を振るう度に汗が弾き飛び、流れ落ちて床を濡らした。木刀の重みがトウマの筋肉を膨張させていく。仮想の敵がトウマの左肩に鋭く斬り込んできた。トウマは足を滑るように右へと移してから次の瞬間、八双に変化して大きく踏み込んだ。うなる木刀が敵の脳天を砕いた。
「……!」
剣を振るった直後、トウマは側面から襲われるような圧力を感じた。
咄嗟に2、3歩退いて圧力がした方向に剣を構えた。2階の書斎の前でヴァイルが立っている。
「見事だな、トウマ君」
「父さん」
ルークの呼びかけにヴァイルは機嫌良く笑っていた。だが一方で、トウマは剣を構えたままでいる。トウマを襲ってきたのは間違いなく激しい殺気だったのだ。構えをとかないトウマにヴァイルは苦笑いして手を挙げた。
「申し訳ない。腕前を試してみたかったのだ」
「よくない冗談ですよ」
「冗談ついでに、もう少し試させてもらえないかな」
そう言って、ヴァイルは笑顔を大きくした・




