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ポストマン・ブレイド  作者: 下総 一二三
郵便局の〝戦乙女(ヴァルキリー)〟

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10/203

彼女だって、人として生きていきたいさ

 アリサはカルディアの前に立つと、不意に激昂した声で言った。

 普段から感情をみせないアリサだったから、トウマもカルディアも驚いたくらいだった。


「司令長官。申し訳ありませんが、私は今の生活に生き甲斐を感じております」

「なに?」

「司令長官から見れば単純作業でつまらない仕事かもしれませんが、戦いしか知らない私に、人のあり方を考えさせてくれます。今まで見えなかったもの考えもしなかったこと。私の世界がどんどんと広がっています。私はもっと、もっと世界を知りたいのです」


 どこにしまい込んでいたのか。アリサは一息にまくし立てると、あとはじっとカルディアを見上げていた。慣れないリズムで喋ったせいか、肩で大きく息をしている。頬が紅潮していた。

カルディアもさすがに驚いたらしく、そんなアリサを呆然と注視していた。


「人のあり方……」

「そうです。ですから、私のことはそっとしておいてください」

「お前がそんなことを口にするとはな」

「どういうことですか」

「お前は魔女の末裔、生まれついての戦士〝金色の戦乙女ヴァルキリー〟だ。アリサ・サーバンスよ。深い森で死にかけた老婆と暮らし、野人同然だった貴様が〝人のあり方〟と言うのか」

「……」

「貴様が今あるのは軍が、この俺が人がましくさせてやったのだ。ぬかすな、小娘が」

「てめえ……!」


 侮蔑と嘲笑するカルディアに、トウマはかなり苛立っていた。

噂程度でしかなかったアリサの生い立ちを詳しく聞くのは初耳だったが、自分と似たようなところもある。トウマの軍生活は長くはあったが、命を懸けて存分に働いたことで清算されたと考えている。恩着せがましく過去を引っ張り出してきた上に、侮辱を浴びせてくるカルディアに怒りは沸点に達しようとしていた。

思わず間に入ろうとした時、女の怒声が割って入ってきた。


「あなたたち、何をしてるの!」


 見るとレフリムが、目をつり上げて向かってくる。

ぽつりぽつりとだが通行人も増えていて、好奇の視線を向けて見物している者もいた。その中に郵便局の職員も混ざっていた。


「早く仕事に行きなさい」


 レフリムは見物していた職員に強い口調で言うと、ついでに鋭い眼光で他の野次馬を追い散らして最後にカルディアを睨み上げた。


「あなたも、私たちの大切な仲間に絡まないでください」

「絡んではいない。説得に来ただけた」

「軍人という方々は横柄でお暇なんですね。急に押し掛けてきたかと思ったら、私たち民間人までも詰るのがお仕事ですか」

「……盗み聞きしていた君もどうかと思うがね」

「郵便局の前ですよ。気にしない方がどうかと思いますが」


 腕組みしたまま睨むレフリムにカルディアも真っ向から対峙していたが、やがて表情をゆるめると、まあいいかと肩をすくめてアリサに目を向けた。


「また来る。よく考えておいてくれ」


 そういってカルディアは、身を(ひるがえ)すと待たせた馬車に載って去っていった。やがて馬車が建物の陰に隠れて見えなくなると、レフリムが腕組みを解いて振り向いた。


「……アリサ。悪いけどやりとりだいたい聞いちゃったのよ」

「そう、ですか……」

「いつも暗い顔してるから、仕事に不満があるかと思ってたのよ」

「私、そんなつもりでは」

「あなたねえ」


 抗議するアリサに、レフリムは難しい顔をしながら小さくため息をついた。


「自分でわかってないようだから厳しいこと言うけれど、アリサはちょっと無愛想すぎるわよ。話し方もやわらくしないと」

「……」

「それであなた、周りから勘違いされているとこもあるんだから」

「そう、ですか……。申し訳ありません。気を張りすぎていたかもしれないです」

「でも、もういいわ」


 頭を下げたアリサにぽんと肩を軽く叩いた。アリサが顔を上げると、レフリムはうれしそうに笑っている。


「あなたがそんなにやりがい持ってくれている、なんてわかったわけだしね」

「レフリムさん……」

「でも、だからといって甘く見ると思って勘違いしたらダメよ。失敗や間違えたら、いつものように厳しくいくからね」

「はい!」


 明るく返事をするアリサに、トウマは心が温まるような感覚をおぼえていた。年齢に相応しい屈託のない笑顔で、初めてアリサを綺麗だと思えた気がする。


「レフリム、助かったよ」


 事務室に入ってから、トウマはレフリムを呼び止めて礼を言った。ちらりとアリサに目を向けると、アリサは自席に着いて仕事の準備を始めているところだった。自分の書類に目を落とし入念にチェックしていた。レフリムもアリサに視線をまっすぐにむけている。


「ま、借りひとつてとこで、どうかしら」

「借りつくったついでに、もうひとつ良いかな」

「なによ」

「アリサちゃんの腕なんだけど、あいつ不器用だろ」

「たしかに、ちょっと苦労しそうねえ」

「左手の義手をうまく使えるよう、なんとか工夫とかできないかな」

「どういうこと?」


 怪訝そうにレフリムが言った。


「アリサちゃんて、おそらく利き腕が左なんだよ。不器用なのも、ちょくちょく義手を使いたがるのも、それが原因なんだと思う」

「……」


 レフリムは愕然としたまま目を見開いていたが、言われて思い当たる節があるのか、顎に手を当ててじっと考え込んでいる。やがて、トウマの推測に納得はしたようだが、一抹の疑念が残っているのか、細い眉をひそめている。


「でも、どうして話してくれないのかしら。水くさい」

「真剣だからだろ。真剣だからケガを言い訳にしちゃいけない、甘えてちゃいけない、頑張っているだけじゃダメだって。気を張りすぎて不愛想なのと根っこは同じなんだろう」

「……」

「かといって、俺にはいい方法が思いつかねえ。結局はお前に任せちまうが、このことはレフリムに伝えた方が良いと思ってさ。アリサちゃんから自分で話すとは思えない」

「そうね。こちらで対処しておく」

「助かる」

「助かったのはこっち。貸し借りはこれでチャラにしとくわ」

「チャラ? いいのかよ」


 いいのとレフリムは明るく手を振って笑った。


「私が指導係なんだから」


      ※  ※   ※


 陽はすでになく、空に浮かぶ満月が煌々(こうこう)とアオルタの町を照らしていた。


「ようし、どうどうどう」


 夜八時を過ぎてアオルタ郵便局に到着したトウマ・ライナスは、手綱をさばいて馬から降りると物音を聞きつけて奥の小屋から厩舎係の若い男が現れた。アオルタ郵便局には遠出用のバギーや車両の他に馬を3頭保有していて、建物の警備も兼ねて1名が泊まりで交替しながら小屋に詰めている。馬の世話の他に車両の整備もしているので、厩舎係といってもなかなかの高給だとトウマは噂で聞いている。

 若い男の名前はピミーといい、物腰が柔らかでそれでいて馬の扱いや整備の技術も確かな男だった。軍の車両整備班にいたのだという。


「おかえり、トウマさん」

「もうちょっと早く帰って来られると思ったんだけど、けっこう遅くなっちまったな」

「まだ、9時になったばかりだからね。これが深夜だったら文句を言わせてもらうとこだったけど」

「ははは……」


 カルディアとの騒ぎがあってから一週間後、トウマは東のラトニカ村まで手紙の配達に向かい、アオルタから3日ばかり離れていた。出現する魔物もそれほどの強さでもないため、比較的スムーズに仕事を終えることができた。日没までにはアオルタに到着すると踏んでいたのだが、結局トウマの予想は外れてしまっていた。

 規則上では深夜でも厩舎係が〝ポストマン〟の対応をすることになっているのだが、暗黙の了解で遅くても夜10時前までには到着することになっている。これを破ると厩舎係の間から嫌われて後々の整備等に影響があるため、もしも間に合わなければ、どこかで宿をとって一晩過ごす。

 トウマは手紙や野営道具の詰まった荷物を下ろすと、ふと向かった郵便局のある様子に気がついて首を傾げた。時刻としては誰もいないはずだが、明るい灯りが室内に点いている。防犯上、建物内に点けている箇所はあるのだが、心持ちいつもより明るい気がする。


「アリサさんが残業しているんですよ」

「そうかあ、大変だなアイツも」

「でも、なんか様子が変でしたよ。くらーい顔して」

「様子が変て、なにかあったのか」

「いえね、さっきというか1時間くらい前まで、男の人と話をしてたんですよ。で、終わったらうつむいたまま建物の中に入っちゃって。心配になってそれとなく見に行ったんですが、ぽつぽつ打っては手が止まって、打っては手が止まっての繰り返しで……」

「男て長身の奴か。いかにも威張ってそうなやつ」


 ある予感に駆られてトウマが言った。

 そうですとピミーが言った


「なんだかそいつのせいで、元のアリサちゃんに戻っちゃった感じですよ。ま、俺は元のアリサちゃんのクールな雰囲気が好きなんだけどなあ」

「わかったよ。あとは頼む」


 トウマはピミーに馬の面倒を任せると、手紙や旅の荷物を担いで建物内に入っていった。

 建物の中に入ると急に音が静かになった気がした。時計の針だけが進行する音が室内に響き、暗い表情で作業をしているアリサの横顔が見えた。外からだと明るく思えた室内の灯りも、他に人がいないとがらんと寂しく、陰影がはっきり分かれているために一層暗く感じた。


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