6-3 光の槍
これほどの激戦はいつ以来だろうか
あの時北の地で竜と戦った時以来かもしれない。
血が騒ぐ、こんな高揚感は久しぶりだ。
ラウィンは戦いの喜びに身を包まれていた。
「いきます」
フィアは手にした杖を魔獣に向ける。
ラウィンが魔獣ヒュオーレに吹き飛ばされるのと同時にフィアは
自身ができる最大級の重力魔法を発動させる。
魔獣の近くの地面が陥没し、魔獣の足が地面にめり込む。
重力魔法は巨大な質量をもつ相手にはもっとも有効とされる魔法である。
それぞれの頭がまるで上から何かに押さえつけられたような形になった。
「このまま押しつぶす」
魔獣ヒュオーレは自重の数十倍の重さにさらされる。
そんな中、魔獣の尾が動き出す。
「そんな、なんでこの重力の中動けるの?」
フィアは戸惑いながらも、魔法にさらに力を込める。
空間が歪むほどの重力魔法が魔獣ヒュオーレを襲う。それでも魔獣の尾は動きを止めない。
直後フィアのいた場所を魔獣の尾が襲った。
重力魔法は解かれ、再び魔獣は動き出す。
ヴァロはフィアを抱えて、岩陰に隠れる。
フィアは直前にヴァロに抱きかかえられ、なんとか無事だった。
魔剣の加護が魔獣の攻撃から二人を救ったのだ。
「フィア、無事か?」
「ヴァロ」
ヴァロの姿をみてほっとしたのか、フィアはヴァロに抱きついた。
「…大丈夫そうだな」
ヴァロは抱き着いてきたフィアの頭を撫でた。
「フィア、確認しておくがアレは魔女だな」
フィアは首肯する。
「連中、合体して手に負えなくなってる。
…魂連結者の中に、肉体を強化する系統を使う魔法使いがいる。
私の重力魔法も肉体を強化されたら効かない」
フィアは悔しげに魔獣ヒュオーレを岩陰から見上げる。
「…時間がない、ドーラから聞いたことを手短に伝える。
あれは胴体を破壊しない限り、頭部は再生するそうだ」
「…胴の部分を一番固くしているのはそのため…」
フィアは納得したように呟いた。
「何か手はあるか?」
抱きかかえたフィアをヴァロは下した。
「胴の部分の魔法壁を貫通し、かつあの本体を消し去るほどの出力…。
…一つだけある。ヴァロ、少しだけ魔獣の注意をそらしてもらえる?」
ヴァロは頷いて、その魔獣の前に躍り出る。
躍り出るのと同時にヴァロは魔剣を剣を振りかぶる。
「食らえ」
魔剣の攻撃を繰り出すも、魔法壁のために肉体に到達する前にその攻撃は四散する。
ヴァロは即座に『退魔の宝剣』によるバリア無効化を思いつくが、
魔獣の魔法が荒れ狂うこの戦場で近づけるとは思えない。
ヴァロはラウィンとは逆方向から魔剣の攻撃を繰り出す。
光線がヴァロのいた場所を貫いていく。
ひとところにまとまって五つの頭の集中砲火を食らうのは、魔法抵抗のあるヴァロたちでもまずいためだ。
ヴァロは魔獣との戦い方ならば、一度フゲンガルデンで見ている。
何度も何度も頭でイメージし、この時のために備えていた。
ヴァロはラウィンの位置を確認しつつ、魔獣に魔剣による攻撃を繰り返すことにした。
優勢なのは明らかに魔獣側だ。
フィアの足元に魔法式を展開し、彼女の手に光が集まりはじめる。
ドーラは馬車近くの城壁の上からその魔獣を見下ろす。
ドーラの見ている位置からはフィアの姿も魔獣の姿もどちらも確認できた。
「フィアちゃんの作ってるアレは…なるほど。
前に僕が遺跡で使ったアレをやるつもりカ。
全く一度見ただけだというのに、大した才能だネ。
さて、目論み通りうまくいくカナ?」
ドーラはその戦いを一人見守っていた。
隙をみて魔獣ヒュオーレの足元に滑り込んだラウィンに、
待ち受けていたといわんばかりの魔獣の一斉砲火が炸裂する。
「ラウィンさん」
魔獣の集中砲火にラウィンの体は弧を描くように森の中に吹き飛んだ。
全く立ち上がる様子がない。
どうやら完全に力尽きたらしい。
魔獣ヒュオーレの相手しているのはヴァロ一人になったのだ。
当然ヴァロは魔獣の激しい猛攻にさらされることになった。
魔法に対するずば抜けた抵抗力をもち、魔剣の加護という高い防御手段をもつ
ヴァロにしても一人で五頭の頭を相手にするのには分が悪すぎた。
すぐさま足を取られて防戦一方に追い込まれる。
常人ならば何百回死んでいてもおかしくない魔法がヴァロに降り注ぐ。
魔獣の容赦ない攻めに、ヴァロの周囲の地面はえぐられ、足場が消えていく。
これではとても動き回ることなどできない。
標的がヴァロ一人だけになり、余裕ができたのか
魔獣ヒュオーレはフィアが何やら魔法式を組み立ていることに気づいたらしい。
五頭のうちの一つがフィアに向けて魔法式を構成する。
「気づかれた」
いかに魔剣を手にしているとはいえ、ヴァロ一人だけでは防ぐのだけで手一杯である。
突如、魔獣の足元付近で無数の爆発が起き、魔法式が中断される。
「グレコさん」
ヴァロはその男の名を呼ぶ。
グレコは木の上から、起爆札を石と一緒に投げつけているらしい。
起爆札が魔獣ヒュオーレの魔法壁に反応し、爆発を引き起こしている。
魔獣ヒュオーレはフィアの編んでいる魔法式をやばいと感じたのか、
五頭のうちの三頭までがフィアに向き、魔法式を編み始める。
二頭の猛攻にヴァロは身動きが取れない。
「八点ってところカナ。若干遅いヨ」
ドーラの指先に小さな魔法式が展開され消えた。
一瞬だ。一瞬だけ魔獣の動きがぴたりと止まる。
「なんだ、ありゃ?」
木の上にいるグレコは魔獣ヒュオーレの背中に、
人間の握り拳ほどの小さな魔法式が現れ、消えるのを目撃した。
フィアの手には光の槍が現れる。
フィアは魔獣の方を振り向くと、その槍を魔獣向けて投げつけた
「いけっ」
魔獣の手前で光の槍は消え去り、光の文字の羅列が魔獣の眼前に形作られる。
それはかつてドーラが幻獣王ローファから奪った力をまとめて作りあげ、
遺跡の地下深く取り残されていたヴァロを救出した魔法と同じものである。
そして光は溢れ出した。
誰もがその光の洪水に誰もが目を閉じる。
ヴァロが目を開け初めて見たものは、あったはずの魔獣の胴体部分が無くなっている光景だった。
フィアの魔法は魔獣の背後にある城壁すら消し飛ばし、射線上にあった森まで消滅させている。
まるで地の果てまでそれが続いているかのようだ。
とんでもない破壊力である。
ヴァロはフィアに目を向ける。
フィアは力を使い果たしたらしく、杖を片手にその場に膝をついていた。
「フィア」
フィアが倒れこむのを見て、ヴァロはフィアのもとに駆け寄り、抱き寄せる。
「へへへ…ちょっと…疲れ…」
そう言って笑うと、フィアはヴァロの腕の中で眠りについた。
文字通りすべてを出し尽くしたらしい。
「この嬢ちゃんほんととんでもねえな。ちんちくりんって言ったのを訂正させてもらうぜ」
いつの間にか背後からグレコが近づいてきていた。
そのことに関してだが、多分ものすごくフィアは気にしていたと思う。
「あとで伝えておきます」
ヴァロは少し微笑む。
「俺は馬鹿の回収をしてくる」
手を振ってグレコはラウィンを迎えに行く。
朝の光が壊れかけた古城を照らし始めていた。
ヴァロたちは気付かない。
魔獣が残された力で小さな魔法を使ったことに。
そう、事件はまだ済んでいなかったのだ。




