7-1 旅立ち
天気の良い朝だった。
空には雲一つない。旅立つには絶好の日和だろう。
魔女たちとの戦いが終わり、街道沿いの宿場町にヴァロたちはやってきていた。
いきなり救出した村人を連れて国境越えはさすがに厳しかったためだ。
人数が多すぎるために今回狩人特権も使えないらしい。
現在グレコが国境の越えの手続きの最中である。
フィアは遠くで救出した村の子供たちの世話をしている。
のんびりとした時間が続いている。
今更ながら事件が終わったことに、徐々に実感が伴ってきた。
視界に一人で座っているドーラが目に入る。
ドーラはお菓子らしきものを座って一人もくもくと食べていた。
出来立てのモノをまだ開いていない店に入り、買っているところをヴァロは目撃している。
そこらへんの交渉術はさすがは商人といったところだろうか。
ヴァロはドーラに近寄る。
「ドーラは一緒に来ないのか?」
ヴァロが話しかけると、ドーラは無言でその丸いお菓子をヴァロに手渡す。
「僕はせっかくだしここらの名産でも見てから戻るつもりダヨ」
ヴァロはドーラの脇に座って一緒に食べることにした。
ヴァロがひとかじりすると口の中に甘さが広がる。
「…うまいなこれ」
「で、村人たちには話したのカイ?」
ドーラは食べながら聞いてきた。
「…そのことに関しては、彼らの村に戻ってから騎士団の方から話してもらうつもりだ」
「それがいいだろうネ」
気が付けば知らない土地に、村人たちは混乱していた。
村人たちには人さらいの一団にあったのだと話してある。
少なくとも村の男十名以上は行方不明になっているらしい。
主に魔女の操り人形にされてのことだ。
彼らにはさらに過酷な現実が待ち構えている。
帰った後で肉親の死に直面する人間もいるだろう。
これもはぐれ魔女の引き起こした災厄ともいえるのではなかろうか。
「…兄貴へは俺の方からも一言言っておくよ」
「いつもすまないネ」
「それをいうのはこっちだ」
元々ドーラはヴァロの兄ケイオスのグリフ商会の一員である。
手紙は出したと言ってはいたが、今回のことで立場を危うくするかもしれない。
騎士団関係で手伝ってもらっているとヴァロから言っておけば、
ドーラへの風当たりも少しは和らぐだろう。
「君らは村人を置いてから、ルーランに向かうのカナ?」
「ああそのつもりだ」
マールス騎士団にはすでに、国境沿いに引き渡しの人間を手配してもらえるように連絡は入れた。
なんでもここまで騎士団を呼ぶにはかなり手続きに時間がかかってしまうらしい。
軍を領内を通過させるとなれば、どこの国の反応も同じだろう。
加えて村人たちは一刻も早く自分たちの村に帰ることを望んでいた。
そのために、ヴァロたちは村人たちをマールス騎士団領まで連れて行くことにしたのだ。
「ひょっとしたらルーランでまた会えるかもネ」
「そうだな。今はこんなんだからな、その時に一杯驕らせてくれ」
ヴァロはそう言って立ち上がった。
「それは楽しみダ」
ドーラは微笑んだ。
そんなやりとりをドーラとしているとグレコとラウィンがやってきた。
どうやら手続きが終わったらしい。
「こっちの軍には連絡しておいた。国境の出入りは自由にできるはずだぜ」
そう言ってヴァロに書類を渡してきた。
「ありがとうございます。それにしてもどうやって?」
ヴァロは渡された書類に、少し目を通すと折りたたんで懐にしまった。
少なくともヴァロには思いつかない。
かなり強引な手段を使ったことだけは予想がついた。
「いろいろな方法がある。長く『狩人』やってりゃ、おめえもそのうちにわかってくるさ」
「グレコさん、ラウィンさん、本当にお世話になりました」
ヴァロは深々と会釈する。
「村人たちの救出の手際、魔獣との戦闘、見事だった。
また組む機会があればよろしくたのむぜ」
グレコはそう言って右手をヴァロに差し出す。
「こちらこそよろしくお願いします」
ヴァロはグレコの差し出してきた手を握り返す。
ラウィンは無言で手を振る。
『狩人』の中の『狩人』に認められたことに、ヴァロは胸が高鳴った。
「これからも腕を磨けよ」
「はい、精進します」
ヴァロは深々と頭を下げた。
そして、フィアとヴァロは、救出した村人をマールス騎士団領に護送するための任に就いたのだった。
『狩人』と聖堂回境師がこれでいなくなった。
ラウィンの中にいる者はほくそ笑んだ。
そう、ラウィンの躰は現在魔女たちに乗っ取られている。
最後の最後で魔法抵抗力の無くなった時、魔法抵抗力の失われたラウィンの躰を乗っ取ったのだ。
幸いなことにこの男の躰を乗っ取ったことに、誰も気づいていない様子だ。
この男の記憶を探ると、元々この男は寡黙な男だったようで必要なことしかしゃべらなくても
いいということがわかった。
ならばそれに合わせるだけだ。
この男の特性上、魔法抵抗力も自在に上げることもできるという。
彼女たちにとってこれほどの素体は無い。
それだけではない。この男の躰を使えば、これから『狩人』の内部情報を自在に入手することも可能。
異端審問官『狩人』でも六位という存在のこの男の権力をもってすれば、
『狩人』を内部から崩すことも夢ではない。
はからずも最強のカードを手に入れたことを彼女たちは歓喜していた。
このまま自分たちの住処に戻れば、今まで通り、いや今まで以上のモノが手に入る。
彼女たちは一刻も早くここから立ち去りたかったが、
そんなことをすればここにいる二人にこのことがばれる。
躰が慣れていない今、『狩人』五位のグレコと正体不明の男、ドーラに疑われるわけにはいかない。
さらに魂連結者であることの縛りも彼女たちを縛り付けた。
彼らはその魔法の特性上、あまり長い距離を離れることはできない。
魂を移せば容易に逃げられなくなるためだ。
そのために彼女たち五人は、他の肉体に魂を移せないでいる。
彼女たちはラウィンの躰の中で、慎重に彼らを出し抜く機会を窺っていた。
「さあてと、これで終わりだな」
グレコは背伸びをする。
順調だ、物事はこちらの都合のいいように進んでいる。
「そう言えばドーラの奴は?」
奴とはドーラのことである。
先ほどまで近くで妙なものを食べていたかと思えば姿を消していた。
「どっか行ったみてえだな。ほっとけ」
仲間ではないことはこの男の知識から知っていた。
ならばこの際、放っておいても問題はないだろう。
「さて、派手にやっちまったからな。ここの上にも話を通さなくちゃなんねえな」
グレコは気だるげにその言葉を口にする。
「話を通すっていうとカランティにか?」
「そうだ。ここら一帯を仕切っているのは奴だからな。
今回少し派手にやり過ぎちまったし、書類だけじゃさすがに納得しねえだろ」
グレコは苦笑いを浮かべた。
「俺が行ってこようか?」
ラウィンの姿をしたものはグレコに提案した。
「お前一人でか?別にかまわねえが、奴と会うのははじめてじゃねえの?」
意外な表情でグレコ。
「トラードの聖堂回境師を見ておくいい機会だ。俺がひとっ走り行ってこよう」
「そう言うんなら構わねえが…」
グレコは疑う素振りを見せずに、書類をラウィンの姿をしたものに手渡す。
それをひったくるように受け取ると、すぐさまグレコの元を小走りにさる。
ぼろを出す前にこの男の前から立ち去らなくてはならない。
ラウィンの姿をしたものは馬を借り、その宿場町を出ようとする。
自分たちの目論み通りにすべて運んでくれたことに彼女たちは喜んでいた。
この肉体を持ち帰れば、最大級の手柄になる。
彼女たちの考えはすでに戻った後のことに及んでいた。
木陰に差し掛かったところで、何かが頭上から落ちてくる気配を感じた。
そして彼女たちは意識を失った。




