4-2 初めての遭遇
国境の街から進むこと一刻半。
次第にあたりの日は陰って来ていた。
この時間になると人通りは少ない。
ヴァロとフィアは二人で御者台に座って
場違いなかわいらしいドレスを着た少女が仮面をつけた男の肩に乗っていた。
明らかに異様な光景。普通の人間ならばその異様さに視線がひきつけられてしまうだろう。
隣のフィアがヴァロの脇腹に軽く肘をぶつけてくる。
「視線を合わせないで。…『狩人』のあぶり出しをしてる」
フィアの言葉にヴァロは何が起こっているのかを悟る。
魔法のかかった彼女たちの姿は一般の人間には見えない。
逆に言えば魔法抵抗がある者には彼女たちは見えるということになる。
『狩人』をあぶりだすために、この方法は有効だともいえた。
背後の荷台にいるグレコたちにヴァロは手筈通り、さりげなく異常を知らせるサインを投げた。
彼らならこちらから知らせずとも大丈夫だろう。
相手の出方はわからない。このまま一般の旅人を装い、一旦通り過ぎる方がいいだろう。
フィアに言われる通り、ヴァロは少女から視線を外して何事もなかったように通り過ぎようとした。
どうしたことか少女はヴァロたちの馬車に近づいてくる。
気付かれた?
ヴァロは隠し持った飛び道具を片手に握りしめる。
はやる気持ちをフィアの冷静な横顔がそれをかろうじて押しとどめる。
魔女は仮面の男の肩に乗ったまま馬車を並走し、
ヴァロの隣に座るフィアを値踏みするかのように覗き込んでくる。
「あら、やっぱり女の子。それにしてもなんてきれいな金髪。
顔も整ってるし、お人形さんみたい。…この躰欲しいなあ」
うっとりとまるで欲しいものを眺める子供のように魔女はつぶやく。
ただし、言っている内容は物騒なものだったが。
まだこちらが『狩人』であることはばれてはいないようだ。
「ああ、いい。この娘いただいちゃうかな」
凄惨な顔で微笑むと、少女の傍らに魔法式が展開されていく。
フィアが頷くのが合図だった、ヴァロは魔法式の発動前に鉄芯を投げつけた。
仮面の男がその攻撃を身を挺してかばい、魔女は背後に跳んだ。
正体がばれてしまったが、こうなれば仕方がない。
「…なんだ、『狩人』だったんだ。女の子の『狩人』?初めて見た」
ヴァロは馬車を止めてそばに隠していた剣を手に取る。
「魔女だ」
「あぶないあぶない。それにしてもどうやって見破ったの?」
少女がそう言って指を鳴らすと、周囲の木々の間から仮面を男たちが一斉に姿を現し、
手にした斧や棍棒などで馬車の荷台に攻撃を仕掛ける。
仮面の男たちからの攻撃を受けてあっけなく馬車の荷台は破壊された。
数人とはいえとんでもない怪力である。
グレコ、ラウィン、ドーラは攻撃を受ける前にから外に出ていたらしく無傷のようだ。
皆無事に脱出できたものの、十数人のの仮面をつけた男性がヴァロたちの周囲を囲む。
状況は悪いの一言。
「『真夜中の道化』だな」
グレコは魔女に言葉を投げる。
「そんなの聞いてどうするの?もう死んじゃうのに」
どこかヴァロたちをからかうようにその少女は告げる。
仮面をつけて、それぞれに鉈や斧などの刃物が手に握られている。
「君らの拉致した村の住民たちカナ」
ドーラは男たちを見渡すとナイフを懐から取り出した。
「そう、当たり。ここにいるのは今回拉致った住民たち。
そのままの顔だとちょっとかわいくないから仮面を着けてる」
そう言って少女は近くいた男の仮面を外す。
ヴァロは顔を引きつらせる。
仮面の下の顔は充血した目の焦点は定まっておらず、口元からは涎を垂れ続けている。
まるで重度の薬物患者である。
「なーるほど、血流に自身の魔力を混ぜて操ってるのカ。ずいぶんと手荒いことをするじゃないカ」
ドーラは冷めた口調でそれを口にする。
「おや、よく知ってるじゃん」
意外そうな顔で少女はドーラを見る。
「…禁呪よ。それは」
魔女を睨み付けるようにフィア。
「おやおや、こっちの娘もよく知ってるね」
「外道」
フィアはまるで吐き捨てるようにその言葉を吐いた。
「あなたいいよ。怒ったところもすっごくきれい。本当にお人形みたい。
死んだら私のコレクションの一つにしてあげる」
少女の姿の魔女はひどく醜悪な笑みを浮かべる。
「その前に、一ついいかい、御嬢さん」
話を遮るように横からグレコ。
「?」
「もう二人ほど先行してあんたらを追跡してたんだが、そいつらはお前らがやったんだな」
「…あたり。なかなか生きが良かったけど、魔力抵抗が高いんじゃ私たちも使えないから
殺すしかなった。実験材料にできれば最高だったのにさ」
この魔女は人間を実験材料としか見ていない。ヴァロは激しい嫌悪感を覚えた。
「そうか、奴らを弔おうにも死体がなくて行方不明ってのもなんだからな」
普段の彼を知らないものからすれば、グレコのその対応はひどく冷静に見えたことだろう。
「安心していいよ。あなたたちもすぐ彼らの後を追うことになるから。
さあ皆さんやっちゃいなさーい」
少女の姿をした魔女がそう言うと仮面の男たちがヴァロたちに襲い掛かる。
仮面の男たちの常人の速度ではない。
もし常人がそれそんな動きをすれば確実に筋肉を傷める動き。
ヴァロはフィアを背にしながら仮面の男たちの相手をしていた。
「ドーラ、村人たちをもとに戻す方法は…」
ヴァロは剣で応戦しながらドーラに向けて声を上げる。
「無いね。もう脳にまで魔素が達してるヨ。良くても廃人ってとこだろうサ」
ひらりひらりと攻撃をかわしながらドーラ。
「くそっ」
「へえ。博識だね。とんがり帽子の人」
魔女は意外そうな顔をして見せた。
「指令は頭から魔素を送り込んでるんダロ。そっちの方が強力な木偶が作れるからネ」
「それも正解。…でも木偶ってのは心外。こっちの方が普通の人間よりも忠実だし、運動能力も高いのにさ。
すぐだめになっちゃうのが難点だけれど」
「なるほど、頭部が基点になってるわけか」
グレコがそうつぶやくと、村人数人の頭部がはじけ飛ぶ。
それはグレコによるまさに神業と言えるほどの精緻で威力のある攻撃。
「あの人複数攻撃も可能だったのか」
ヴァロはグレコの攻撃に驚く。
二年前にそんな技を出されていたらまず間違いなく勝ち目はなかったといってもいい。
「…そんな、仮面越しに頭蓋を砕いた?」
少女の姿をした魔女は驚きの声を上げる。
頭蓋を砕かれた仮面たちはその場に倒れた。
基点となる頭部を失ったことにより魔法の効力が失われたためだ。
ここで少し遅れて、少女の姿をした魔女はラウィンの接近に気づく。
いつの間にかラウィンの手には巨大な戦斧が握られていた。
「盾になれ!」
魔女の前には二人の仮面を着けた男たちが立ちはだかる。
「カッカッカ、もうおせえよ」
ラウィンは横なぎをするべく、戦斧を大きく振りかぶる。
魔女を二体の護衛などいないかのようにラウィンは斧を振りぬく。
暴風が周囲に吹き荒れる。
「アレ?」
魔女がその声を上げたのは胴から体を二つに分けられてからだった。
言うまでもなく即死だった。
直後操られていた男たちが力なく崩れていく。
こうして初めての『真夜中の道化』との遭遇戦はヴァロたちの勝利で終わったのだった。




