314号室の真相〜あの音が、僕たちに伝えたかったこと〜
「いたのか…。」
勝は左腕をさすりながら、遠い目をする。
(いたのか?)
透にはその言葉の意味が分からなかった。
そして…。
「勝さん。
どうしたんです?左腕。」
透は勝の左腕に指をさす。
「ん?」
勝は無意識だったのか左腕から手を離す。
「あの部屋な…。」
勝が決心したように話し出す。
透は唐突だったので、面食らう。
「誰にも言うなよ?」
思い出したように釘をさす勝。
透はゆっくりと頷く。
「あの部屋…所謂、事故物件なんだ。」
透は目を見開き、驚いた。
「5年前、四組の家族が泊まりに来た。」
勝はポツポツと語り出す。
「お婆ちゃんの子供達が元気なうちにと、最後の旅行だって来たらしい。」
勝は寂しそうな顔をしていた。
「お婆ちゃんはそれが嬉しくてな…。」
勝はそのまま天を仰ぐ。
「燥いでしまったらしい…。」
「夜中に呼ばれて俺が行った時にはもう心肺停止でな…。
あの時は焦ったよ。」
話しながら、苦笑する。
しかし、勝の顔はどこまでも苦しそうだった。
透はそこで息を飲む。
「俺はホテルスタッフに代わって…。」
ギシ…ギシ…。
「お婆ちゃん!」
お婆ちゃんの家族がベッドの周りに集まっている。
口々にお婆ちゃんを呼んでいる。
ギシ…ギシ…。
ベッドに横たわるお婆ちゃんに胸骨圧迫をする勝。
お婆ちゃんを必死に蘇生させようとする。
(お婆ちゃん!頑張れ!)
汗だくになって、必死に胸骨圧迫をする。
ギシ…ギシ…。
スタッフがAEDを装着していく。
その間も、勝は定期的に胸骨圧迫で胸に刺激を与えていく。
その時、左腕の力が抜ける。
左腕に全体重が乗ってしまう。
(焦るな…!俺…!)
ギシ…ギシ…。
左腕が痛む。
しかし、そんなことは言ってられない。
お婆ちゃんを助けたい。
左腕の痛みを押して胸骨圧迫を続ける。
「お婆ちゃん!」
家族の泣き声が勝の胸に刺さる。
(お婆ちゃん!)
「お婆ちゃんは助からなかったよ…。」
勝は左腕を擦る。
思い返せば、勝はいつも返事のときに右手を上げていた。
左腕の古傷が痛むのかもしれない。
そして、お婆ちゃん…。
透の胸に深く何かが刺さった。
「その日から、あそこの部屋は使われなくなった。」
勝がそう言って、話を締めた。
「じゃあ、あのベッドの軋む音は…。」
透のその言葉に、勝は深く頷く。
「お前も見てたんだろ?」
勝はカメラに目を向ける。
「はい…。」
透もカメラを見る。
そこには依然として、客室が映っていた。
「あの音が俺の胸骨圧迫の音だと気付いたとき…お婆ちゃんが何かを伝えたいんだと思った。」
勝は視線を落とす。
そして、左腕をさすった。
「それは恨み言か何か分からないがな…。」
(あれ?)
透は思い出す。
「でも、あの時…。」
透は目を見開く。
勝の後ろにカメラで見た老婆がいた。
「ま、ままま、勝さん…。
後ろ…!」
透は勝の後ろに指をさす。
その指の先、そこには老婆が佇んでいた。
その老婆がゆっくり勝に近づいていく。
シュ…シュ…。
足を前に出すたびに、着物が床に擦れている。
ゆっくりと勝に近づいていく。
シュ…シュ…。
老婆がゆっくりと手を上げる。
勝は何故か逃げない。
その顔には、覚悟が浮かんでいた。
「勝さん!」
透が叫ぶ。
勝は老婆を凝視している。
「ごめんな…。
お婆ちゃんを助けられなくて…。」
勝の頬に涙が伝う。
「旅行行きたかったよな?
本当に…ごめん…!」
勝はお婆ちゃんに頭を下げる。
尚も老婆は勝の左腕に手を伸ばしていく。
透も勝も覚悟した。
掴まれる!
透は咄嗟に目を瞑り、顔を逸らした。
透は恐る恐る目を開ける。
シュ…シュ…。
そこには、優しく勝の腕をさするお婆ちゃんの姿があった。
どこまでも優しい笑顔。
それを勝に向けて、左腕をさする。
シュ…シュ…。
守衛室の中には着物の裾が擦れる音だけが聞こえていた。
勝は涙を流す。
「お婆ちゃん…!」
お婆ちゃんは最後に勝に笑顔を向けた。
そして、ゆっくり立ち上がり、そのまま歩き出す。
シュ…シュ…。
その着物の擦れる音だけを残して…。
透はいつものように、マスターキーをキーリングに結着する。
懐中電灯も忘れず机の上に用意する。
腕時計を左手にはめて、時間が正確かチェック。
透は装備品を指差しで確認していく。
「巡回行ってきます。」
透は勝に向かって、声をかける。
「おう!」
勝はカメラから目を離さず、右手を上げる。
俺達のいつものやり取り。
しかし、勝の顔はどこまでも晴れやかに見えた。
懐中電灯のスイッチを入れる。
廊下を照らす。
何故かもう不気味さは感じない。
コツ…コツ…。
革靴の響く音がする。
透のその足取りも晴れやかだった。
お読みいただきありがとうございました。
最初は少し不純な勘違いから始まったギシギシ音ですが、その正体はあまりにも切ないものでした。
誰かを救おうとしたあの音の響きが、皆さんの心に少しでも残れば幸いです。
もし「切ない」「泣けた」と思ってくださったら、嬉しいです!
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