第5-6頁 高すぎる壁を撫でるように
これは、キノコタン同士の平和条約が結ばれてからボクと静紅さんが王様に呼ばれるまでの、本編でカットされた物語である。
六花は今日もキノコタン文明を発展させるために尽くしていた。
夕方、悪キノコタン領地を覗いているとハームウルフの襲撃が起きて……
「この街を破壊することは許しません!」
強靭な牙を持ち、小動物を喰らい尽くす凶暴な狼型魔物・ハームウルフ。
その名前の由来は[害の狼]から成る。
家畜達をも襲うので、大掛かりな討伐作戦が大昔に決行されたが、未だに数は減っていない。
それどころか被害は増えるばかりだ。
そんなハームウルフが目の前に3匹、六花を標的として1歩また1歩と近づいてきている。
『ぐるらぁ!』
牙の隙間から溢れ出すヨダレが六花の恐怖をさらに引き立てる。
ハームウルフとの距離……3m。
足の震えを懸命に止め、ゆっくりと深呼吸をしてから剣を前にそれらしく構える。
「元剣道部部長全国第198位の地味なボクですが……一試合よろしくお願いします」
そうは言ったものの、大昔の中学生時代のことなんか全く覚えていない。
しかも、昔と比べたら今の運動能力は5分の1ほどに下がっている。
部長と言うのも、今ではハッタリのそれとほぼ等しい。
頬を垂れる汗、恐怖で震える足、夜風で揺れる髪。
思わず後ずさりしてしまいそうになるが、これ以上後ろに下がるとまだ避難していないキノコタンが襲われてしまうだろう。
『ぐぉぉぉおおお!!』
「ッ……!」
ハームウルフとは別の大きな遠吠えが六花の鼓膜を震わせる。
彼女はすぐに声が聞こえてきた方に視線を送り、その正体を目の当たりにする。
遠吠えの主は……山のように巨大なハームウルフだった。
合計4つの脅威の前に立たされたちっぽけな六花。
もう一度剣の柄をぎゅっと握り、自ら戦闘を開始した。
六花の能力は全く戦闘向きでは無い。
環境観察術……それは、その生物や物の能力を見ることが出来る。
ただそれだけの能力だ。
まともに戦える人間がいない今、自分の身体能力だけで勝たなければならない。
『がぅ!』
一匹のハームウルフが飛びかかってきた。
六花は瞬時に剣を前に構えて、ハームウルフの喉に突き刺す。
ウルフの喉から大量の血が噴き出して、六花は返り血を頭から浴びた。
すぐに剣からハームウルフの死体を抜き、他の二匹の前に投げ捨てた。
意外と簡単に殺してしまったことに少々驚きながら、できるだけ声を張って言う。
「それはあなた達の仲間です。どうですか? あなた達もこうしてあげますから、列に並んでください」
『くるぅ……』
さすがに恐怖を感じたのか、仲間の死体を見たハームウルフはそそくさと逃げてしまった。
「あとは、あなただけですね。やっぱりボスはそう簡単には追い払えそうにありませんか……」
ハームウルフよりも、一回り、二回り大きな狼が一匹まだ逃げずに残っていた。
『ぐるらぁ…』
仲間の死体を見ても全く微動だにしない。
それどころか、死体を踏み潰してこちらに迫ってくる。
「ゆっくりゆっくり……遊ばれているような気がして不快です。まあ時間が稼げるので助かりますが」
『うがあああああ!!!』
助かる、という言葉に反応したかは定かではないが、六花の言葉の後、ボスのウルフは咆哮を飛ばしながらこちらに突進してきた!
「くっ……耐え……られないッ!」
剣で受け流そうとしたが、その巨体から繰り出された突進の前に六花の力など風の前の塵に等しく。
「うあああっ!!」
吹き飛ばされた六花は、背中から地面に叩きつけられると悲鳴を上げることすらできないほどの大ダメージを負った。
「けほ、けほっ……さすがはボスなだけあって強」
『がうがうッ!!』
「うぐぅ……!!」
六花の言葉を遮って、再度突進してきたボスのウルフに今度は踏み潰されて腕を折られる。
「そんな、森の枯れ木を折るみたいに……簡単に……!?」
圧倒的な力の差を見せつけられた六花は、顔を青ざめさせて恐怖する。
「まだ片腕は残ってます、片腕あれば剣が握れ……あっ」
初撃の突進を受け流そうとしたことが原因で、剣にヒビが入り根本から刃が折れてしまう。
武器もない、ボスのウルフに対抗できる力もない。
見上げるほど大きなウルフを前に、六花は既に戦意を喪失していた。
「ごめんなさい静紅さん、ボク……もう……」
遠のいていく意識の中、六花は愛人である静紅の顔を思い浮かべるのであった。




