第4-2頁 悪キノコタンとその女王
・・・・・
謎の少女に連れられて森の中を進み辿り着いたのは、善キノコタンとは真逆の方角に位置する悪キノコタン領地だった。
「ごくり……」
私は思わず生唾を飲み、領地内に足を踏み入れる。
ここから先は敵方の陣地、ルイスの話を聞くに悪キノコタンは金属の武器を大量に所持している。
少しでも怪しい素振りを見せると……うう、怖いよ……。
色々と面倒なので、キノコタン同士の事情は全く知らないただの通りすがりと名乗り私は彼女についていった。
「こ、ここがあなたの家なんだね」
「あはは、そんなに緊張する必要はない。最近は人間を食べるのをやめたんだ」
「最近は!?」
やっぱり怖い、帰りたいよおおおおお!!
「お姉さん面白いな、ただの冗談だよ」
「心臓に悪いからやめて!?」
ルイスと同じ薄クリーム色のロングヘアに、黒六割赤四割のだいぶ暗めの赤に、白い斑点付きの丸いキノコ帽子。
目も光を持っておらず赤暗い。
服装もルイスと色違いで、全体的に色が暗い。
ルイスの色違いの少女は、私が名前を教えてもらいたいと思っているのを察してくれた。
「私の名前はルイス=キノコタン・ファールクイーン。ここ悪キノコタン領地の女王をしている者だ」
微笑みながら差し出した手を、恐る恐る掴んで私たちは握手を交わした。
ルイス=キノコタン・ファールクイーン、それが彼女の名だ。
確かルイスの名前がルイス=キノコタン・クイーンだから……。
うん、見た目や服装だけじゃなくて名前もそっくり。
これには訳がありそうだ。
「よろしくね。長いから……そうだファールって呼ぶね」
「ああ、構わないよ。というか知り合いからもそう呼ばれているから、それで頼む」
「あ、あの……ルイスとはどういう関係なの?」
私は少し踏み込んだ説明をファールに求めた。
最悪「どうしてルイスを知っている? 打ち首だァ!」と殺されるかもしれないが、ここは一つ賭けてみよう。
「ルイスか……ルイスは分身体、クローンのようなものだ。ある日突然分離してしまっていた」
やっぱりそういう感じか。
というか私がルイスを知っていることについては何も触れないのね。馬鹿なのか、はたまた……。
悪ルイス改め、ファールは言葉を続けた。
「それはそうとしてお姉さんの名前は?」
ファールルイスは首を傾げて私に聞いた。
「私は静紅! ただの通りすがりだよ」
「シズクだな。覚えておくよ。……最近人手が足りてなくてな。すまないがちょっと手伝ってくれないか? 戦いの準備に人員を裂きすぎてしまって、これでは今晩の食糧も危ういんだ」
戦いの準備というのはやっぱりルイスたちとの戦争のことだろうか。
集落の様子を見ても分かる通り、善キノコタンの領地とはかなり違った景色をしている。
溶鉄炉があったり、金床があったりかなり金属加工に長けた文明を持っているようだ。
しかし完全に善キノコタンに勝っているかと言われれば、そうも言えない部分もあった。
「この領地の近くに大河が無くてな、毎日キノコタンたちに水瓶で運ばせていたんだが……」
そう、鉱山資源があれど水資源が不足しているのだ。
水資源が無ければ飲み水はもちろん、畑や周囲の果実も育たない。
善キノコタンに負けている部分、それはキノコタンたち一匹一匹の活気だった。
「食糧難、飲み水不足が続くとなると私たち悪キノコタンは滅亡する。キノコタンと比べて重い荷物を持てる人間の力が必要なんだ、頼む!」
「……」
私はしばらく沈黙した。
ここでファールに協力してしまえば、ルイスとの約束を破ってしまうことになる。
そして悪キノコタンに協力することで活気を手に入れ、その状態で善キノコタンの領地に攻められると戦争はさらに激化するだろう。
「だめ……か?」
そんな瞳で見ないでよ! 私は押しに弱いんだから!
「分かった分かった、いいよ。手伝ってあげる!」
「おぉ、そうか! ありがとう、本当に助かるよ!」
夜明けまでまだ時間がある、それまでに水を運んでみんなのところに戻ろう。
言い訳は後で考えるとして、今はファールのことに集中しないと。
「それじゃあ近くの川まで案内しよう、ついて来てくれ」
こうして私はファールと共に悪キノコタン用の飲み水確保のため、川へ水汲みに行くのであった。
・・・・・
川へ向かう道中、ファールはキノコタンの話をたくさんしてくれた。
甘いものが好物なこと、目を離すとすぐにサボろうとするところ、ファール自身をとてもよく慕ってくれること。
その話をするファールは目を輝かせ、まるで自分の子供のことを親に話す母のようだった。
そんなファールと接すれば接するほど、どうしてルイスと戦争を行おうとしているのか不思議でならない。
「さっき戦争の準備をしてるって言ってたよね。どこと戦争するの?」
あくまで自然な形で……。
「ここから少し行ったところにある善キノコタン領地だ。今まで幾度となく戦ってきたが、それも今度で最後になるだろうな……」
この戦いで最後、というのはルイスも言っていた。
何でも悪キノコタンはとんでもない兵器を作り出し、それを善キノコタン領地に一発撃ち込めば全てが終わるらしい。
でもどうしてだろう、ファールがその兵器を使いたくないと思っているのはなぜか分かる。
敵として見ては見てるけど、殺すまではしたくないとかそういうやつか?
「全てを終わらせる兵器の搬送にすごく労力を使ってしまうので、今かなり停滞的なんだ。活気つけるためにもまずは水を持って帰らないとな!」
にししっと笑って、こちらに振り返るファールに私はぎこちなく笑い返す。
「いい王様なんだね」
「キノコタンたちは民であり兄妹であり家族だからな。大切にしたい」
「ああ……」
その瞬間、全てがつながったような気がした。
善キノコタン領地には大河もあって畑もある。
そこを占拠すればキノコタンたちに腹一杯のご飯を食べさせられると、ファールは考えているんだ。
決して敵を滅ぼしたいとか、そういう悪の感情ではなく。
家族のキノコタンを苦しい思いをさせたくないという、王として当然の感情で……。
「シズクにだって大切にしたい場所は物、人がいるだろう? それと同じさ」
「大切なものを守るためなら、多少の無理をしてでもそれを叶える……か」
私の言葉に、ファールは静かにうなづく。
彼女は持ってきた水瓶を川に沈めて、水で満たした後に持ち上げて抱き抱える。
「きっとそれが、人間のいう貪欲というものだろう?」




