総集編 エーテル・カンタービレその12
静紅とアリスがエーテルについて話している中、別区域メルロー区域ではカザキたちの攻撃が開始された。
巨大な魔物たちが街を崩し、燃やし、人を殺していく。
その全ての主導権を握るのは破壊衝動の成れの果てルインズだが、外面がよくそれなりの地位を築いていた彼が疑われることはなかった。
・・・・・
アリスは自室にて、彼女の戦闘用のスーツを眺めている。
動きやすいよう、そして空気抵抗をできるだけ減らすために作られたラバースーツ風の服。
そしてマル姉が倉庫から持ち帰った、磁石が組み込まれた特殊なシューズ。
硬い革の靴を履き、靴紐をきつく結ぶ。
強力な磁石が埋め込まれたこの靴は、アリスの能力と相性抜群だ。
戦闘服に袖を通し、ファスナーを閉める。
最後に写真立ての中に収められたエーテルに挨拶をして、アリスは自室の扉を開いた。
「絶対助けてやる」
思いっきり息を吸い込んで、ドアノブを捻った。
そこには先に準備していた一同が、アリスの登場を今か今かと待ちわびていた。
「さあ、行くよ」
「「「「うんっ!!」」」」
黒い煙の板の間を縫って僅かに届く綺麗な朝日が、一行の出発を照らす。
世界そのものが彼女らの背中を押しているような、そんな気がした。
・・・・・
ルファス刑務所からの脱獄を受けて、政府はルファス区域から直通の[煙炉塔]への通路を封鎖した。
煙炉塔はこの都市の大黒柱なので、未然に襲撃を防ぐため通路を封鎖したのかと思っていたが、今思えばエーテルの存在を知られたくなかったからかもしれない。
ルファス区域から直通の通路が無いなら、ここから一番近いメルロー区域の通路を使うまで。
「……え、ちょっと……これどういうこと!?」
静紅たちの一歩先を歩いていたアリスは区域間列車の駅にて、情報を伝える新聞のようなものを手に取って思わず声を上げた。
「なに、どうしたの!?」
「メルロー区域が昨日何者かに襲撃を受けたんだって。今でも魔物が街を壊している……って」
青ざめた顔で新聞を読むアリス。
「アドウェルに魔物なんて珍しいな。街を壊せるほどとなれば自然発生した個体……じゃなさそうだな」
これには流石のマル姉も険しい表情だ。
「魔物は五体。どれも突然現れているのと同時に確認できる限りではその全てが[巨大魔物]クラスだということが分かっている……だって」
五匹とも[巨大魔物]クラスだって……!?
そんなのおかしいよ、だって巨大魔物は滅多に生まれない生物なんだよね?
それが一度に五匹だなんて……。
「ど、どうするよ? 俺たちメルロー区域に行くんだろ?」
もう切符も買ってしまっているし、今更キャンセルすることは出来ない。
それに何より。
「スルーは出来んやろ。どうせこの大人数で潜入作戦は無理なんや、分断して対処しよ」
さすがは結芽子、こういう時の正義感と判断力は誰よりも優れている。
「分かった、なら電車で移動している間に私とアリスで考えるからそれでいい?」
・・・・・
─────そこは地獄絵図と形容するのが一番正しいといえる風景だった。
何かによって着火した炎が街全体に広がり、家のコンクリートまでもが燃え盛っていた。
「一晩でここまで被害が広がるものなの? ありえないわ」
「しかし実際に目の前に起こっています」
「私、結芽子、蜜柑、マル姉、ベルアは魔物の対処に当たるよ! アリス、六花、フレデリカ、アルトリアは煙炉塔へ向かって!」
煙炉塔の中は狭い行動が必要とされるので、能力的に不便な人は外で魔物の対処をすることにした。
逆に探索系の能力を持っている人を煙炉塔の方へ向かわせるように工夫もした。
「六花をよろしくね、フレデリカ」
「分かっています。お師匠様のお願いなら、このフレデリカ命にかえてもリッカさんをお守りします」
「誰があなたに守られますか! あなたこそボクに守られないように気をつけてくださいね」
この様子だと大丈夫そうだな。
静紅たちは煙炉塔へ向かうグループを見送ると、作戦会議を行うことにした。
「巨大魔物か、懐かしいな……巨大ムカデ以来か?」
「魔物の種類は見たところ狼型魔物、虫型魔物、鹿型魔物、鳥型魔物、トカゲ型魔物の五種類ね。この距離でもハッキリ分かるくらい大きいと思うとゾッとするわ」
ベルアの言う通りだ。
巨大ムカデ、センチピーサーの時もそうだったが普段自分よりも小さいものが建物よりも巨大になって襲いかかってくるとには本能的な恐怖を感じる。
「ベルアは二匹のことを巨大化させることが出来るんだよね?」
「ええ、巨大化できるのは二匹だけだけどね」
巨大化させた不死鳥と輪廻竜で何とかならないだろうか……。
「でもあの大きさと強さだと、巨大化した二匹と私の全力でようやく倒せるってところね」
神託と呼ばれる2匹の生物を連れていてもそれくらいか。
これは骨が折れそうだ。
しばらく会議を続けた後、誰がどの魔物を担当するのかを決めた。
お互い相性が良い魔物と戦うことと、必ず複数人で戦うことが前提だ。
しかし奇数なので、不死鳥と輪廻竜を連れているベルアは一人で戦ってもらうことになる。
炎で攻撃も出来るし、不死鳥の力で致命傷でも直ぐに治せるらしいので万が一が起きても大丈夫だろう。
「魔物か何か知らないけど、人間様の町を滅ぼすなんて100万年早いってことを頭に叩き込んでやるわ!」
そのベルアの言葉に、静紅の頭にふととあることがよぎった。
─────これは本当に魔物が自分で考えて起こした事件なのだろうか。
もしそうだとしても、それが可能なのだろうか。
もしもとある人物が裏で糸を引いているとしたら─────?
静紅の勘が正しいという保証はない。
ただひとつ確かなことがあるなら、静紅の勘はだいたい当たるということだけだ。




