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総集編 エーテル・カンタービレその1



─────右腕重機関銃アーム・タレット


 技術者・ともえ 知果子ちかこが生み出した義手型の機関銃。


 新城しんじょう 火崎かざきの腕に取り付けられており、彼の意思と同期して銃弾を発砲する。


 銃弾の威力と性能はかの[帝国]にも勝るほどで─────。



・・・・・



 クリスマスの一件からしばらく。


 新年を迎えた王邸に、机に向かって書類作業を行う紗友理の姿があった。


「巴チカコと新城カザキ……」


 珍しく険しい表情の紗友里に、凪咲は声をかける。


「どしたの紗友里ちゃん」


 そういう凪咲は羽毛の服を着込んで、寒くないよう暖かい格好をしている。


「不安なんだ、とってもね。良くないことが起こり始めている」


「チカコちゃんとカザキくん……二人もこっちの世界に来てたんだ」


 最も危惧すべきは彼らの能力だった。


 転移者の能力は異世界人に比べて強力なのにも関わらず、まだ彼らの能力が解っていない。


 この世界において能力は個人情報になりうる。


 そして恐らく彼らは紗友里と敵対関係にある。もしも強力な能力を持っていたら……。


「滅多なことが起きなければ良いが……」



・・・・・



「なあチカコ、腕の調子が悪いんだが」


「そろそろメンテナンスの時期かなあ。でもあいにく丁度、部品を切らしちゃっててさ」


「なら明後日にでも補充しに行くか」


 今までかなりの数の下っ端を引き連れていたカザキだったが、ヴァイシュ・ガーデン王国の近衛騎士団による[半龍族奪還作戦]により大痛手を受けた。


 しかしそんな彼らにたった一つ、残されたものがあった。


 魔物を凶暴化させ、そして主従させる特殊な兵器だ。


 放浪していた二人へ、兵器の完成の噂を聞きつけた[ある人物]が声をかけたことにより、彼らは資金と住処を得た。


「それにしてもアイツには感謝だな」


「まったくー、アイツなんて言ったらダメだよ。あの人とかあの方とかって呼ばないと」


 今の生活は[ある人物]のおかげで成り立っている。ある人物の機嫌を損なわないよう、チカコは必死だった。


「あの人はかの[帝国]の上流階級の人なんだからね。悪口言ってるの聞かれたら消されちゃうよ?」


「良い心掛けだねチカコ君」


 そこには白服のスーツに煌びやかな金の刺繍が施された、三十代程度のスラッとした紳士が笑顔で立っているのであった。



・・・・・



 静紅の愛用している武器である魔法人形は、彼女の感情が溢れるほどに大きくなった時、姿形を変えて[擬人化]する。


 その原理や理由はまだわかっていないが[助けて欲しい]という気持ちと[助けたい]という気持ちが絡み合い、共鳴することで実現することがかろうじて分かっている。


 静紅はスケートボードに乗り、それを操作して空へ昇る。


 現在彼女は王都近くの草原にて、魔法人形擬人化の特訓をしている。


 命の危険を感じるには相当な高さが必要だ。


 もっと、もっと高く。


「うう、助けてくれると分かってても……やっぱり怖い」


 思い切ってボードから飛び降りた彼女は、地面目掛けて急降下していく!


「あああああああ!! 出てきてアテナ、ヘスティアッ!!」


 腕の中にあった二体の人形を投げた静紅は、目をつぶって強く念じた。


 その瞬間、人形が白く輝き出してみるみるうちに大きくなっていく。


─────意識の共鳴。


「さすがです主様! わたくしは今とても感激していますわ! 私達に会いたいばかり、自ら飛び降─────」


「いいから早く助けてえええええ!!!」


────まじやばいから死ぬから無理だからあ!


「もう、分かっていますわ! わたくしの盾の力、存分にご覧あれ!」


 盾がクッション材となって、静紅たちは何とか無事に着地した。


「はあ、久しぶりの登場だから息巻いてたのに、姉さんに出番取られたよ……」


 項垂れるヘスティアの頭を撫でながら、静紅は言う。


「それにしても二人と話すのも久しぶりな感じがするね、元気だった?」

 

「人形の姿でも意識はありますので、わたくしは主様と常に一緒にいた感覚ですわ」


 久しぶりの会話に花を咲かせる彼女たち。


 そんな中、静紅は手を打って話題を変える。


「さて本題に入るんだけど、いつでも二人を呼び出せるようにするなら何が一番手っ取り早いかな? 毎回毎回高いところから落ちてると心臓が持たないからさ」


 時間かかかるし、心身共に負荷もかかる。


 とはいえ弱い意志だと共鳴は出来ない。


「うーむ、感覚が掴めるまでは仕方ありませんわ。主様ならいつか必ず出来ると信じています」


「分かった、とりあえずは落下にしておくよ。……っと」


 話に夢中になっていたのか、気がつくと周囲を魔物に囲まれていた。


『ぐるぅ!』


「行くよ姉さん!」

 

「言われなくても!」


 矛のヘスティアと盾のアテナ。二人でひとつの戦力だが、この完璧なコンビに勝るもの無し。

 

 魔物の群れをあっという間に吹き飛ばした二人は、ドヤ顔で武器を地面に突き立てる。


「おおーー」


 ぱちぱちと手を鳴らし拍手を送ると、二人は照れたように顔を少し赤らめた。


 と、そこへリーエルがやってくる。


「シズクさん、たった今連絡が来ました!」


 王都から草原までは少し歩く。


 酷く息を切らしてることから、恐らく急ぎの用事なのだろう。


「連絡?」


「覚えているかわかりませんが、鉄板壁アイアンボードの修理と再構築が終わりましたよ」


 そういえばそんな盾があった。


 この世界に来て間もない頃、盗賊団と戦う予定ができた静紅はリーエルの店に立ち寄り、とある盾を見つけた。


 しかしそれは欠陥品で、床に落とすや否やバラバラに砕け散ってしまう。


 そこでリーエルは知り合いの鍛冶屋に修理を依頼してくれたのだった。


 盾が壊れなかったら魔法人形は買わなかったし、その点でいえばラッキーだったと言える。


 そして月日は過ぎて半年以上経った今、ようやく修理と再構築が終わったとのこと。


────ん? 再構築ってなんだろう。


「色々変更点を加えて、使い勝手が良くなっているみたいですよ。今からだと遅くなるので、明日この場所へ向かってください」


 そう言って、リーエルから手紙のようなものを受け取る。


 修理が終わったことを伝える文と、同封されているのはこの国の大まかな地図、それととある街の地図だった。



・・・・・



「旧王都アニムス、到着したよ!」


 運転席から降りた竜車乗りのナーシャは、長時間の運転でこった身体を伸ばしながらそう言った。


「配達のついでとはいえ、ここまで送ってくれてありがと、めちゃくちゃ助かったよー!」


「お姉ちゃんには沢山の借りがあるからね! いつでも……は無理だけど、出来る限り連れて行ってあげるよ!」


 全員が竜車から降りたことを確認すると、ナーシャは年相応の笑顔と手を振って配達先へ行ってしまった。


「むぅ……まだ寝ていたかったです」


「起きてよ六花ー、おんぶ出来るほど私力強くないからね」


「全く、リッカさんは本当にダメですね。仕方ありません、このフレデリカが哀れなリッカさんに救いの手を─────」


「素直になりなよ……」


 仲がいいのか悪いのか、恐らく仲はいいのだろうがそれを伝えるのが気恥しいんだろうな。


 フレデリカにおんぶされる六花。少しだけ羨ましい気もするが、それは静紅だけではないみたいだ。


「子供頃はよくあんな風にフレデリカにおんぶされてたなあ」


「そう落ち込むことねえよ、俺たちで良かったらいつでもおんぶしてやるからな!」


「せや、二人で担いで走り回ったるで!」


 クリスマスの一件から、蜜柑とアルトリアの仲が深まり、二人はよく話していた。


 友人の友人は友人理論で、もちろん結芽子とも仲はいい。


 アルトリアも結芽子や蜜柑に通じるバカ要素があるので、必然といえば必然ではあるが。


「こんなところで立ってるのもあれだし、さっさと街に入ろっか」


 街の様相を見て、フレデリカは神妙な面持ちで言う。


「何度か訪れたことはありますが、何があってここまで廃れたのかは未だ明らかではないようです」


 言われてみれば、たしかに街中がボロボロだ。


 砂や泥を固めて造られた家なので、耐久性は低いのは一目瞭然だが、それでもここまで街全体の家屋が倒壊しているのも違和感がある。


─────まるで何かに蹂躙されたような。


「何だか不気味な場所だなあ……目的地はまだ?」


 アルトリアに言われ、地図を眺めてみる。


「この辺りのはずなんだけどな……」


 こんな所に鍛冶屋があるはずが無い。立派な工房どころか、家なんて一軒も建っていないじゃないか。


 リーエルが嘘をつくとは思えないが、何も無いのは事実だ。


 疑念の感情が一行の中に浮かんだ刹那、足元から地震のような振動が迫ってきた。


「な、何!?」


「離れましょう皆さん、ここは危険です!」


 地割れが起きているのか、足元の地面がパッカリと開いていく。


「んなああああああ!?!?」


 地面が開いたところから姿を覗かせたのは[巨大な工場のような要塞]だった。


 シャコシャコと蒸気を上げながら、その蜘蛛の如く八本の脚で地下から這い上がってくる要塞。


『君たちが客人かい? エルフにコボルト、それに人間……何だかおかしな集団だね。……って……』


「その声……まさか師匠!? なんでこんなところにおるん!」


 アストロ・シェルタの奥から聞こえてきた声に聞き覚えがあった結芽子は、警戒を解いて要塞の足元へ駆け寄っていく。


「師匠? 結芽子、知り合いなの?」


「知り合いも何も、鍛冶の師匠や!」


 最近結芽子が鍛冶屋に出入りしているのは知っていたが、まさかこんな大要塞を乗りこなす鍛冶士が師匠だったとは。


 しばらくすると、要塞のハッチから女性が降りてきた。


「やあやあ、よく来てくれた。ユメコの友人なら大歓迎だよ」


 茶の革エプロンのポケットには様々な工具が収められていて、腰周りのポーチには釘やら魔法石なんかが入っているその女性。


 見るからに鍛冶屋という感じ。


 結芽子とは仲がいいらしいけど、静紅は初対面だ。


「はじめまして、リーエルから盾の修理が終わったって言われて来たよ」


 リーエルから預かった地図やら手紙やらをその女性に手渡した。


 手紙の最後に差出人の名前が無かったから分からなかったが、アストロ・シェルタという巨大な移動要塞に乗っている鍛冶屋なんてこの世界で一人しかいない。


「あなたがポカなんだね」


 この国で最高の鍛冶屋として名を馳せている人間の女性。


 かつては紗友里と共に行動していたが、一段落した後はそれぞれ別の道を進むことになったらしい。


「驚いた、犬獣人の君、君が持っている直剣はボクが製作した直剣だ。これをどこで?」


 ポカはアルトリアに質問し、彼女はおどおどしながら答える。


「こ、故郷のゴミ箱で見つけた……。王都の鍛冶屋さんに聞いたら、掘り出し物だって言われたよ」


「完全に効力が尽きてるね、ここまで使い古してくれたのは嬉しいけど、ゴミ箱かあ……」


 鍛冶の賢者の異名を持つポカは、その製作物の全てに聖金貨うん枚の価値がつく大人気鍛冶屋だ。


 純金貨の更に上……聖金貨一枚で約100万円の価値があるのだから、元の世界でいう所の有名画家の名作レベルなのだ。


「今の持ち主は君だね、これはボクが修復して返すから楽しみにしてて」


 ポカはアルトリアの剣を握ってにひっと笑うと、振り返って一礼する。


「遠いところまでよく来たね、ボクは君たちを歓迎するよ」


 その笑顔によってアルトリアの人見知りはようやく解除されたらしく、気軽に話せるようになった。


「あの盾は中に置いてあるんだ。ささ、ずずいっと奥まで」


 ポカに案内されるまま、巨大な移動要塞アストロ・シェルタの中に入っていく静紅たち。


 パイプ管が入り組んだ廊下を進んでいくと、ようやく人が生活できそうな広い場所に出た。


「普段はボクの工房として使っているけど、非常時には避難所にもなるんだ。実際、王都決戦では一般人たちを避難させていたしね。さて、これが例のものだよ」


 そう言ってポカが持ってきたのは、かつての面影すら残っていない……強いて言うなら[盾]であることしか共通点のない品だった。


「誰が作ったのか知らないけどね、ボクに言わせれば元の形は及第点もあげられないね。だから八割くらい作り替えてしまったよ、それでも良かったかな?」


 こういう所の自分勝手は職人としての性なのか。

 

 それでもデザインは前よりも良くなってるし、興味がそそられる点もいくつかある。


「プレゼンしたいことは沢山あるが、何より一番の特徴はこれさ!」


 目を輝かせながら説明するポカは、盾の後ろに回って言う。


「盾の背面から飛び出たこの引き金と、内蔵された魔力・衝撃格納装置!」


 盾の背面には、蒸気機関が取り付けられていた。


「その昔、この世界は今よりもっと魔法に溢れていた。そんな中[帝国]は、とある画期的な発明をしたのさ!」


 ──────帝国。


 この魔法の世界で唯一、国全体で蒸気機関や電気といった近代工業を発展させてきたかなり文明が進んだ国だ。


 その文明は、静紅の世界の数倍だと紗友里が言っていた。


「物理と魔法を分解する人工鉱石さ! その鉱石をこの盾にふんだんに使ったんだ! まあ端的に言うと、受けた攻撃をチャージして自分の糧に出来るってわけさ」


 あまりのチート武器、それを作り出してしまうポカこ技量に驚くなら、ポカは鼻を高くして。


双概銃壁そうがいじゅうへきアイギス! それがこの子の名前だ。久々に良い物が作れたよ、ありがとう」


「アイギス……でもよくこんなに凄い物作ったね。やっぱり労力に応じた対価を払うべき?」


「いやいや。修理費は事前にリーエルから貰ってるし、再構築は趣味の範囲だから!」


「ええ、悪いよ……」


「作りたいものを作る。思いついたものを実現する。ボクの鍛冶はそういうものさ」


 ポカの作品が皆に認められている理由が少し分かった気がする。


 魅せようと、飾ろうとしていないその姿勢こそ彼女の価値なんだ。


「さて、せっかくアニムスへは来たんだ、君たちを案内してあげよう。といっても、案内できるようなところはひとつしか無いけどね」


「こんなボロボロの街に何があるってんだ?」


「昔からの友人の研究所さ。頑固な子だけど、根はいい子だからね。それにいつか必ず彼女の力を借りる時が来る」



・・・・・



 旧王都アニムスの北にあるのは、天井が動物の皮で作られた大規模な研究施設だった。


「彼女は意地っ張りで怒りっぽいんだ。それも愛らしいところではあるが……くれぐれも注意してね」


「ひいいい……なんだよそれ、怖がらせるなよ!」


 さっと結芽子の影に隠れる蜜柑と、それに合わせて隠れるアルトリア。


「怖い人なの?」


 そのアルトリアの問いに、ポカはいたずらに笑う。


「時と場合によっては、ね」


 その瞬間、先頭を歩くポカの足が突然止まり、一同は目的地に到着したことを察した。


「やあ調子はどうだい?」


 ──────時が止まったような感覚に陥る。


 旧王都アニムスに差す夕陽が、彼女の金の髪にふっと落ちて、その美しくも厳格な雰囲気が離れていても伝わってくる。


 声をかけられた彼女は羊皮紙に走らせるペンをようやく止めると、その瞳でポカの姿を認めた。

 

「まあ上々ってところね。あんたの後ろにいるのは?」


「ああ、ボクの客人さ。サユリの知り合いだってさ」


「ふうん、サユリのねえ……」


 椅子の肘置きに肘を着いてこちらを見下している十八程度の少女を見て、蜜柑はホッと胸を撫で下ろす。


「怖いやつって言うからどんなやつかと思ってたが、ガキじゃねーか。良かった……」


「そのガキっていうのが誰のことかは放っておいて、私はその言葉が嫌いよ。あと一度でも言ってみなさい? フェニに消し炭にしてもらうから」


 そう言うと、彼女は手のひらを前に差し出すのと同時に小さな鳥を出現させた。


「自己紹介が遅れたわね、私はベルア。ここ旧王都アニムスの荒廃とその原因について研究しているわ」


 炎の小鳥ともう一匹、小さなトカゲも頭の上に出現させたベルアは言う。


「神託を使役する唯一の存在、とでも言おうかしら」


今回からエーテル・カンタービレ編の総集編をお送りしまーす!!


最新話が気になる方、すみませんがもうしばらくお待ちください……!!

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