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灰の大陸  作者: 森木冬二
這い寄る影
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大陸の屋根

 ファストロムとルスフが開戦。


 その報を聞いたとき、ルキラを襲った感情は驚きでなければ怒りでもなく、失望と落胆であった。

 いったい自分がこの数か月してきたことは何だったのだろう。

 アルデア大陸は秩序と平和を取り戻すどころか、ますます混迷を深めつつある。


「お嬢様、まさかこれからまたリブロンへ向かうなどとおっしゃいませんよね?」

 後ろからアニエスが恐る恐る問うてくる。

 いま彼女らがいるのはファストロム領内の、聖教国との国境にほど近い町ロンダリアである。

 リブロンから聖教国に戻る道中、この町に滞在中に衝撃の知らせを受け取ったのだ。


「ウィルクス卿と再び会って話す以外に事態を打開する道があるとは思えないわ」

 輝く金色の髪をかき乱しながらルキラは疲れ切った声を出す。

 この報を受けたことで疲労がどっと押し寄せてきた気がする。

「お言葉ですが、現時点であの男とお会いしたところで意味があるとは思えません」

 これは護衛のギョームの言葉である。

 この岩塊のようなごつごつした顔の巨漢が自分から口を利くことは珍しい。

 よほど主人の様子を見かねたのだろう。

「そうですお嬢様、あまりに情報が不足しています。ここはいったん母国に帰還し、情報を集め、聖教国としての対応も協議すべきではないですか」

「そう、その通りね」

 ルキラは二人に弱々しい笑みを浮かべる。

「わかりました。このまま聖都に戻ることとしましょう」




 一方そのころ、エンドアの王都ビルニウスでもロビンたちが今後について話し合っていた。

「ガレリアに続き、ルスフとも交戦状態に陥ったとなると」

 騎士ローレンが話す。

「残念ながら、とてもこの二国の王から祝福がもらえるとは思えない」

「じゃあどうするんだ。ここで旅を終えるのかよ」

 ダークが浮かない顔をする。

「そもそも、五王すべての祝福は絶対になければならないのか?」

 これはロビンである。

 実はこのことは以前から気になっていたのだ。

「ウィルクス卿の話だと絶対、というわけでもないらしい。ただ、やはり祝福は多いに越したことはないようだ。いざ光神に呼び掛けた時、反応がないと困るからな」

「なら、このまま予定通り旅を続けるのがいいんじゃないか。少なくともエンドアの北隣、プロビアでは祝福ももらえるだろうし」

「それに運が良ければ、そのころには戦争も終わってるかもな」

 ファルークが言う。その言葉に反してあまり期待はしていない様子だった。

 だが、ほかに妙手も思いつかない。

 結局四人は旅の続行を確認し、解散するのであった。


 ビルニウスを出発し、五日ほど歩くと一行はヴァルナの町に到着した。

「ここは『大陸の屋根』までで最後の大規模な町だ。みな準備は入念にしておけよ」

 ローレンが念を押す。


 「大陸の屋根」とはエンドアとプロビアの間にそびえるパラティア山脈の別名である。  

 ここは険しい山岳地帯が連なる旅の難所として知られているのだ。

 しかし、準備といったところで必要なのは食料の買い出しと登山用衣類の調達ぐらいだ。

 そういった事柄はローレンがまとめてやってくれるためロビンは特にすることもなく、カッシングの長剣を磨いていた。

 そんなロビンを見つけファルークが近づいてくる。


「おう、ロビン暇そうだな。相手してやるからちょっと来いよ」

「悪いけどまだ足が痛いんだ。山越えもあることだし、今日は勘弁してくれ」

「お前、いつもそればっかりだな」

 褐色の傭兵は呆れ声だ。

「そんなことじゃ強くなれねえぞ。第一、敵は足が痛かろうが腕が痛かろうが襲ってくるんだ。さあ来い」


 結局ロビンは町はずれに連れ出され、剣の稽古をつけられることになった。

 相変わらずファルークは容赦なかった。半時も打ち合うとロビンはへとへとになる。

 しかし以前に比べると傷はずいぶんと減った。

 これでも上達はしているようだ。

「腕は上がっている。それは確かだ」

 傭兵は腕組みして所感を述べる。

「だが、覇気が足りん。お前、本気で強くなりたいと思ってないだろ」

 これは図星だった。

 そもそもロビンは別に剣豪になって大陸に名をとどろかせたいなどと思ってはいない。

 ただ、身を守れる程度の腕があればいいと考えているのだ。

 その気持ちが本格的な上達を阻害しているのだろうか。


 ヴァルナの町を出て三日目、一行はパラティア山脈に入った。

 細く蛇行する山道を延々と歩き続ける日々。

 もう夏だというのに次第に気温は下がり、さらに空気も薄くなる。背

 負った大きな荷物が肩に食い込みひどく痛む。

「この荷物、どうにかならないのか」

「どうにもならん。このあたりには集落も何もないからな。食料は外部から持ち込むしかないのだ」

 ロビンの泣き言にも騎士は冷淡だ。

「ダークを見ろ。君より小柄なのに大したものだ」

「おれがチビなのは関係ないだろ」

 ダークはロビンに比べずっと余裕がある顔だった。

 伊達に日々獲物を追って山野を駆け巡ってはいないということか。

「とはいえそろそろ日も暮れてきた。今日はこれぐらいにしねえか」

 これはファルークだ。

 体力自慢の彼もさすがに疲れは来ているらしい。

「そうだな。ちょうどあそこに大岩がある。あの陰に設営しよう」


 保存食による簡素な食事を終えるとロビンは岩にもたれかかる。

 疲れているのはほかの仲間も同様と見えて、三人とも口一つきこうとしない。

「なあ、誰も見張りに立たなくていいのか?」

 ダークが誰ともなしに尋ねる。

「なに、こんな山奥には殺し屋も来ねえさ」

 ファルークは無責任な答えを返すが、ローレンは珍しく無反応だ。

 よほど疲労困憊しているのだろう。

 まもなく、ロビンは泥のような眠りに落ちていったため、その晩のことで彼が覚えているのはそれまでだった。


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