深まる混迷
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ロビンたちがラガを出発するにあたってちょっとした議論があった。
ファルークがエンドアの王都ビルニウスへ向かう際は迂回路をとるべきと主張したのだ。
「先日の襲撃では明らかに殺し屋どもがおれたちを待ち伏せしてやがった。このまままっすぐビルニウスに進んだら、確実に同じことが起こるぜ」
「しかし、われわれはすでにかなり予定より遅れている。もし、ファルークが言うようにここから東へそれて、海岸を北上するならさらに遅れを生ずることになる」
ローレンはこの意見に反対のようだ。
「そうはいってもロビンが殺されちまったら元も子もないだろ。先日だってかなりやばかった」
「それにしてもあんたが慎重論なんて珍しいな」
これはダークだ。
「……ひょっとしてこの前会ったサイーダって女と何か関係あるのか」
その話ならロビンも聞いていた。
何でもファルークとわけありらしい傭兵団の一行が聖都を目指すとかどうとか。
そういえばここから聖都へ向かうにはビルニウスを経由するのが最短だ。
あるいはファルークは途中で彼女らと会いたくないがために、迂回を主張しているのだろうか。
「あいつは関係ねえよ」
ファルークはぶっきらぼうな声を出す。
「とにかくおれの意見は言ったからな。あとは好きに決めてくれ」
褐色の傭兵はそのままどっしりと椅子に腰を下ろす。
これ以上議論する気はないらしい。
「やはり、迂回路をとった方がいいと思う」
ロビンはやや考えたのち結論を出す。
「賊にあったとき切り抜ける自信がないのか?」
ローレンのとげのある言い方にロビンは腹が立った。
「当たり前だろ。おれなんてまだ剣を習い始めたばかりなんだから。もうこの前みたいなことはごめんだ」
「……そうだな。確かにその通りだ。君に何かあったらその時点で旅は終了だ」
騎士は過ちを認めて謝罪するのだった。
エンドアの海岸地帯は想像以上に荒涼とした場所であった。
延々と続く砂浜とそこに押し寄せては砕ける波、そして時折寂しげに鳴く海鳥のほかには本当に何も見当たらない。
そこを四人は黙々とただ歩き続ける。
別に仲たがいをしているわけではない。
話題が尽きてしまい何も話すことがないのだ。
「こんなところを歩いてると」
そのような中で突如としてファルークが口を開く。
「あのしけた故郷を思い出しちまう。まったく嫌な気分だぜ」
「ファルークも沿岸部の出身なのか?」
ロビンは尋ねる。
「ああ。といってもアデリアみたいなでかいところじゃねえ。デルナっていう名のちんけな漁村さ」
この男が自身の出自について語ることは珍しい。
そのせいか、ロビンならずローレンとダークも密かに聞き耳を立てているようであった。
「おれは八人兄弟の五番目だった。そんな中途半端な順番じゃ、親は誕生日もろくに覚えちゃいねえ」
大男は自嘲気味に笑う。
「おれはそんなところで魚を追って一生を終えるのはまっぴらだった。だから、アルデアに出て傭兵になったのさ」
「ダークの言ってた赤毛の傭兵も同郷なのか?」
「お前らそんなにあいつのことを知りたいのか?」
ファルークは呆れた顔をする。
「まあいい、教えてやるよ。そんな大した話でもねえしな」
そして褐色の傭兵は語り始めた。
ファルークは十四でアルデアに来たが、その際右も左もわからない彼を自分が所属していた傭兵団に入れて、何かと世話を焼いてくれたのがサイーダだった。
その後十年ほど二人は行動を共にしたが方針の違いから対立し、ファルークは傭兵団を飛び出すことになったのだった。
「なんだよ、方針の違いって」
「サイーダはああ見えて野心家だ。自由気ままな用兵稼業よりもっとでかい、それこそ歴史に残るようなことをしたいとほざいてやがった。おれはそんなのに興味ねえからな」
そのサイーダは聖都を目指しているという。
果たして今聖都で何が起こっているのだろう。
そしてそれはロビンらの旅ともかかわってくるのだろうか。
ロビンは考えるも答えの出るはずもないのであった。
春が過ぎ、夏が近づくころ、ようやく一行はエンドア王国の王都ビルニウスについた。
迂回路をとったためか賊に襲われることはなかったものの、予定よりかなり遅れての到着だった。
そのため、騎士ローレンは速やかにエンドア王の謁見を求め、そのまま祝福を受けることを提案する。
「せっかくだし、少しはこの都を見物していこうぜ。それに歩き詰めだったから、もう足が痛くて痛くて」
「まだそんな呑気なことを言っているのか」
ロビンに対し騎士は呆れ顔をする。
「ラガからここに至るまで、当初の予定の倍もかかってしまったんだ。そんな余裕はとてもない」
有無を言わさずロビンを王宮に連行していく。
その姿をファルークとダークがにやにやしながら見ている。
二人はこの後市内に繰り出すのだろう。
ロビンは羨ましくてたまらなかった。
ビルニウスは古い石造りの都だ。
勾配がきつく市内には階段が多い。
相変わらず雨は多くそれらの階段も苔むし、歴史の長さを感じられる。
ロビンが痛む足を引きずるようにして、長い階段を上りきると王城の大門がそびえる。
そこを守る衛兵の一人にローレンは身分を告げ書状を渡した。
おそらく、ウィルクス卿からエンドア王に宛てたものなのだろう。
「これからエンドア王に謁見する」
衛兵の案内を受け場内を歩きながらローレンは低い声を出す。
「いいか、君はファストロム王太子セス殿下なのだ。事前に打ち合わせたように王族にふさわしい振る舞いをするのだぞ」
長い回廊を抜け、控えの間も通り過ぎ、玉座の間に前に来るとさすがにロビンも緊張してきた。
王の祝福を受けられなかったらどうなるのかとか、そもそも正体がばれてしまったらどうなるのかなどの不安が一気にわいてくるも、全力でそれらを脳内から追い出す。
「ファストロム王国王太子セス殿、ご入場!」
衛兵が高らかに告げると同時に玉座の間への扉が開かれる。
「殿下」
ためらうロビンをローレンが先に進むよう促す。
玉座の間は広大だった。端がよく見えないぐらいである。
玉座へは深紅の絨毯が引かれておりその両端に文官武官が居並ぶ。
そこをロビンはカチカチになって進む。
途中で足がもつれないか心配だったが、なんとか王の前までたどり着き、片膝をつく。
「セス王太子、遠路はるばるよくぞまいられた。余がエンドア王アンデルス六世である」
王に声をかけられロビンは頭を上げる。
エンドア王は温厚な顔をした恰幅の良い老人であった。
かすかに懐かしい感じがするのは同じデューレンの血を引く者同士であるためか、それとも単なる気のせいだろうか。
「何はともあれ今日はゆっくり休み、旅の疲れを癒すがよい。貴公らのために酒宴の用意もしておる。旅で見聞きしたことなどを語ってくれるとうれしく思うぞ」
ロビンはちらりと後ろを見る。
ローレンは目でだめだと合図をしてくる。
余計な話をしてぼろが出るのを恐れているのだろう。
「大変失礼ながら陛下」
ロビンは必死で言葉を思い出しながら話す。
「事情によりわたしどもの旅は大変遅れており、一刻も早く次の目的地に向け発たねばならぬ状況なのです」
「なんと、今到着したばかりというのにか。なんとも忙しい話よのう」
「さようにございます。つきましては偉大なる陛下におかれましては、この場で祝福を授けていただきたく光栄に存じますゆえ」
ロビンの言葉は少し怪しくなりかけていた。
「『高貴なる旅』のための祝福か。しかし、余にはいったい何をすればよいのかわからぬのだ。なにせ、ここ数百年もの間なかったことだからな」
「いえ、別に何も難しいことはないのです。ただ、聖水をすくってわたしの頭に振りかけ、旅の安全を祈っていただければ」
「なんだその程度のことなのか。よかろうすぐに準備をさせよう」
間もなく女官が聖水をたたえた水盆を王の前まで運んでくる。
「では」
エンドア王は咳払いをする。
「ファストロム王太子セスよ、そなたの旅に光神ラーヴァのご加護があらんことを」
王の言葉とともに聖水が頭に振りかけられると、ロビンはさらに身が引き締まるのを感じた。
気のせいか体に力がみなぎるようにも思える。
「感謝いたします。陛下にも光神の加護があらんことを」
「いや、まったく。緊張のあまり死ぬかと思ったよ」
王城を出てしばらく行ったところでロビンはぼやく。
「それはこちらのセリフだ。今日ほど怖い思いをしたことはなかったぞ」
言葉とは裏腹に騎士ローレンの表情は明るい。
無事一つ目的を果たし、彼の機嫌もよいのだ。
「しかし、こういっては何だが君は物覚えがいいな。少し危うかったとはいえ、見事王子になりきってみせた」
「なら少しぐらいここを観光してもいいだろ」
「だめだ」
ロビンは期待を込めて尋ねたが、ローレンの答えは冷たかった。
ロビンは舌打ちをして宿に向かうのだった。
宿に帰るとダークとファルークはすでに部屋でロビンらを待っていた。
てっきり城下町で遊びほうけていると思っていたためこれはやや意外である。
「なんだ、二人とも。もう帰っていたのか」
上機嫌でローレンが声をかける。
対照的にファルークの表情は暗く真剣だった。
「ちと、まずいことになったぞ」
「なんだ、もったいぶらずに話してくれ」
「ファストロムがルスフと開戦した」
ルスフはファストロムの北隣ガレリアのさらに北部に位置する王国である。
ローレンの顔から一瞬で笑みが消えた。
「バカな、いったいどういうことだ!?」
「つい先ほど、聖教国から来た行商人から聞いた話だ。詳しい話はまだわからん」
「まだ、ガレリアとの戦争も終わっていないというのになんたることだ……」
ローレンは天を仰ぐ。
大陸を取り巻く情勢はますます混迷の度合いを深めつつあった。




