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愛さない魔女の話  作者: もふ羊
6/6

 時が過ぎた。


 その間、何処かの国が戦をし、何処かの国が滅び去り、何処かの国では飢饉に見舞われ、また別の何処かでは繁栄を極めた。


 意志を持つ魔の森。明けの森は、そのいくらかの時の流れの間も増えもせず減りもせず、やはり変わることなく在り続けた。

 そして古森の中心、静の湖の畔にそびえる高い塔の窓辺には、やはり変わることない魔女の姿があった。


「本当に居たとは驚きだな」


 低くよく通る声が、魔女の意識を塔の外から内へ引き戻した。


「一房紅い虹色の髪に、虹色の衣。美貌の魔女は黄金の瞳。確かに聞いた通り」


 魔女は振り返ると、突然の訪問者に目をやった。

 深い湖のように静穏な双眸は、長身の男を映していた。厳めしさ漂う精悍な美貌。野伏の装いを着けた逞しい体躯。漆黒の髪。薄明の空の瞳。

 奇視感に魔女はひとつ瞬いた。

 しかし、ただ一点のみが異彩を放つ ――― 左の瞳は、夕映えに煌めく湖の色。

 魔女は何も言葉を発さなかった。そうして暫く男と視線を交えていた。

 先に沈黙を破ったのは男の方だった。


「貴女は沈黙の魔女に、間違いないな?」

「確かに私が沈黙の魔女」


 白い魔女は、表情ひとつ変えずに答えた。

 男は色違いの瞳で魔女を見下ろしたまま、尋ねた。


「私が誰だか分かるか」

「身分ならエウダージュ王国太子。名はセラージュ・アルダノ・エウダージュ。初対面で名乗らぬ礼儀のなさは父親に瓜二つだ」


 魔女が無表情に答えると、男は口の端を上げて笑った。


「成る程、蛙の子は蛙と言うしな」

「貴方も沈黙の魔女と契約を結ぶことを望むか」


 すると男は笑みを掻き消した。


「今日、私は貴女に伝えることがある」


 男は一度目を伏せると息を吸い、口を開いた。


「我が父、エウダージュ国王陛下は現在病床にある。医者はもはや手の施しようがないと言う。いつ身罷られてもおかしくはない」

「それで、沈黙の魔女に王の治癒を望むのか」

「いや。私は沈黙の魔女と契約を結びに来たのではない。言伝てを伝えに来ただけだ」


 魔女は小さく首を傾げた。虹色の髪がさらりと揺れた。


「陛下は最期一目、貴女に逢いたいと仰せだ」


 沈黙の魔女は男に視線を据えたままゆっくりと瞬いた。


「・・・それは不可能だ」


 男は不満げに眉を顰めた。


「何故だ。今にも死に行く人間の望みを叶えるだけだぞ。エウダージュ国王は貴女を今でも愛している。想い報われぬまま30余年貴女を愛し続けた。我々子どもたちに貴女の話をして聞かせて育てたほどだ。王妃も貴女のことは認めている」

「話を聞いているならば知っているだろう。沈黙の魔女は明けの森から出ることなどない」


 低く静澄な声が淡々と答えた。男は金の瞳を眇めた。


「ほんの僅かさえも無理なのか」


 魔女は言った。


「あの男は死に至るまで約束を果たさなければならない」

「――― 約束?」

「二度と私と関わらず、二度と私の前に姿を現さず、二度とこの森へも来ないこと」

「貴女は・・・」


 男は躰の脇で拳を握った。


「父を、愛していたのではなかったのか」


 しかしそれに対して魔女は笑った。初めて男、自らが産み落とした男の前で笑った。


「愛。そのようなもの、魔女は持たない。魔女は人を愛さない。人間は愛に夢見るのが好きだが、愛など何の役にも立たない」


 男は絶句し、次いで双眸を怒りに染めた。


「・・・・・笑いながら言うことか。貴女に人間味などない。話に聞いていたものとも違う。父は貴女を愛情深い心優しき女性だと言ったが、貴女は魔性のようだ」


 微笑んだまま、沈黙の魔女は静かに答えた。


「貴方の父親は有能だが、自らに都合の良いものしか見えていなかった。魔女とは元来そのようなものだ」

「“ローフェンアルダ”!」


 叫びが部屋の中に響き渡った。

 魔女は笑みを消すと、静かな眼で男を見た。


「それが貴方の名だと、父は貴女の名を大切に抱いていた。“沈黙して与え続けるもの”よ。沈黙の魔女は言い換えれば慈愛の魔女なのだ。父は貴女に赦しを乞いたいと、30年貴女を愛しながら苦しみ続けた。最期にその枷から解放してはくれないのか。貴女の名を直に呼ばせてやってはくれないのか」

「全て、あの男が自ら招いたことだ。その尻拭いまではしない。沈黙の魔女は個に関わらない」

「―――――」


 男は苛立ちを隠しもせず魔女を睨んだ。しかし魔女は終始無表情であった。


 長い沈黙が流れた。


 男は拳を握り締めながら、微動だにせず魔女を見続けた。


 魔女は人形のように窓辺に座し、沈黙を守った。


 5分か10分か、黙りこくった後、男は深い嘆息をした。


「どうあっても聞いてくれないのか」


 魔女は目を伏せた。


「答えろ、沈黙の魔女」

「・・・契約の力は誰も逆らえない。私と会したその時が貴方の父親の死ぬ瞬間だ」

「逢いたいという意志は、あるのか」


 しかし魔女は、瞑目するともはやなにも答えなかった。男はそれ以上追求することを諦めた。代わりに呟きを洩らした。


「私は33年をエウダージュ王子として生きた。父の死後は私が王位を継承することになっている。私は実の母を知らなかったが、何にも不足なかった。私を謗る者たちはいたが、父は私を愛してくれた。家族も私を愛してくれた。だから今に至るまで私は幸福だ。私は貴女を母と呼ぶことはしない。だが契約とはいえ、私を産んでくれたことは感謝している」


 魔女はやはり何も答えない。


「森は私に寛容だった。貴女の血を引くからだろうか。実は魔術を使えるのだ。父が訓練を受けさせたお陰で魔力を制御できるし、周辺諸国で私の魔術にかなう者もいない」

「・・・・・そうか」

「何か、父に伝えることはあるか」

「何もない」


 躊躇いなく答えた魔女を悲しげに見た男は「貴女方は生まれた時代が違ったなら、或いは理解し合えたやもしれなかった」と残して、塔を後にした。



 風が塔の窓から入り込み、悪戯に魔女の髪を乱した。


 再び独りきりになった魔女は窓辺に頬杖を突くと、溜め息を洩らした。


 そして、魔女は虚空に呟いた。


「魔女は決して愛さない」


 

 決して届かない言葉を。

 

 

 

「愛しても、失うだけ」


 

Fin

終了です。拙作にお付き合いいただきありがとうございます。

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