1 如月大和の千思万考
1如月大和の千思万考
「うちは、そないなあんたのことが・・・こんなに心配なんやから。」
あのときの、飛鳥の言葉が、耳から離れない。
なんで、あんなこと・・・
昨日は、上総の誤解を解かないといけなかったり、伊予さんからの話があったり・・・まぁ、いろいろとあって。結局、あの言葉の意味を考える時間がなかった。どんな顔をして今日、あいつに会えばいいんだろう。
こんな日でも、部活の朝連はある。俺はいつも通り、朝食と弁当を作って、家を一番に出ていく。伊予さんは、今日は授業がない日だし、上総は部活がないから、まだ寝ぼけ眼だった。・・・昨夜は、いろいろ思うところがあったのか。寝つきが悪かったみたいだから余計にだろう。斯くいう俺も、若干睡眠不足だったりする。
早朝にもかかわらず、体にまとわりつくような生ぬるい空気に、思わず眉を寄せながら、俺は昨夜考え損なったあのことに思考を巡らせた。あいつ、女なんだよな。今更ながら、そう思う。転校初日の自己紹介で、驚かされたじゃないか。
大阪生まれの京都育ちの転校生は、初っ端からあった席替えで、偶然にも俺の隣の席になった。どの部活に入るかも決めていなかったあいつを、バスケ部に誘ったのはただなんとなく。けど、あいつも中学時代はバスケ部だったらしくて、小さな偶然が、少しうれしかった。部活前にやった3on3で、飛鳥がかなりうまい選手だってわかって、男バスのマネなんかじゃなくて、女バスの選手になりたいんじゃねえかとも思ったけど、飛鳥は見学の数日後、正式に男バスのマネになった。
部活もクラスも一緒だったし、飛鳥とは趣味もあったから、自然と学校では一緒にいることが多くなった。ズボンをはいているけど女子だってことは本人から聞いてたし、クラスの女子とか、部活で加賀と話しているときは、普通に女子だって思える。けど、俺にとって飛鳥は、親友・・・それに、限りなく近い存在だったように思う。男女の間で友情は成り立つのか、なんて。そんなことを考えるつもりはないけど。俺と飛鳥の関係は、本当に「親友」で正しいのか。あの言葉を聞いてから、なぜだかそんな疑問が、俺の中に生まれた。
学校に着いて体育館に向かえば、もう何人かは自主連を始めていて、そこにはもちろん、二人のマネージャーの姿もあった。
「あ、大和。おはよう。」
「はよ。」
飛鳥が、俺に気づいて駆け寄ってくる。
「昨日は・・・あの後、大丈夫やった?」
心配、してくれてたんだな。
「ん。おかげさまで。・・・ありがとうな。」
「オレが役に立てたんやったら、うれしいわ。」
「・・・・・・お前さ、なんで自分のこと、『オレ』なんだ?」
「へ?なんなん、急に。」
「別に・・・なんとなく、気になったから。」
昨日は・・・昨日の電話では、「うち」って、言ってたのに。
「そやな・・・初めは、兄貴の影響やったかな。」
「兄貴?」
「そや。両親共働きやから、兄貴とおる時間が一番多かったし。」
「そっか。」
一応納得。
「・・・まぁ、影響っちゅうよか、反動いう方が正しいかもしれへんけど。」
「はい?」
「あ。気にせんといて。」
「あ、あぁ。」
「ヤマト!ちゃんと練習しなよ。先生来るよ!」
加賀の呼びかけで俺らの会話は終了して、俺は部室に行って着替えて、いつも通りの朝連になった。
昼休みになって、俺は飛鳥を誘って屋上へ行った。それぞれ自分で作ってきた弁当を出して、昼飯にする。飛鳥の弁当は、相変わらずバランスがよさそうだ。今度は、勉強だけじゃなくて、弁当のおかずの作り方も習いたいかもしれない。って、今はそんな話じゃなくて。
「飛鳥、昨日のことだけどな・・・」
心配かけたから、ちゃんと、知ってもらいたかった。上総のことはあいつのプライバシーとかの問題もあるだろうから、簡単にしか説明しなかったけど。
飛鳥は、真剣な顔で、俺の話を聞いていてくれた。そして、最後まで話し終わったところで、初めて口を開いた。
「ほんなら、おねえはんとは、仲直りできたんやな?」
「あぁ。」
「ほうか。よかったなぁ。」
「ホント、ありがとな。」
飛鳥には、感謝してもし足りない。俺が・・・ちゃんと上総と向き合えたのは、飛鳥との電話があったからこそだ。でなきゃ、俺は自分がどうすればいいのか見当もつかなかった。昨日のうちに和解なんて、できなかったかもしれない。
「・・・で、大和は、それでえぇんか?」
へ?
「なにが?」
「他に、言いたいことは無かったんか?」
「・・・別にねぇけど?」
俺が小さく笑いながら言っても、飛鳥の真剣な表情はそのままだった。
「ホンマか?・・・ちゃうやろ。あんた、今自分に嘘ついてるんちゃう?」
「何言って・・・」
「おねえはんや、伊予はんには言えんかったかもしれへん。けどな・・・うちには、本音話してや。聴いたることしかでけへんけど・・・その気持ちそのままにしたら、今度はあんたが壊れてまうで。」
・・・・・・俺の、本音・・・?
「本音なら、昨日言っただろ?ホントは一生懸命勉強してるのに・・・」
「そのことやない。」
「なら・・・」
「お母ちゃんのこと、納得しきれてへんやろ。」
「え・・・・・・」
「おねえはんのことは、伊予はんからお話あって。けど・・・大和は・・・なんや、我慢してるんちゃうの?」
我慢?俺が?
「言いたいことがあるなら、言うてみ。」
伊予さんの話を聞いてから、言いたかったこと・・・思ったこと・・・
「俺は・・・」
「うん。」
「・・・・・・俺は、母さんにとって・・・なんだったんだろうって。上総には、自分を重ねて・・・同じ思いさせたくないって、気にして、結局それが裏目に出たって・・・。」
けど、
「なら・・・俺は?」
なんなんだ?
「母さんなりの愛情?ホントに?」
ホントは、納得なんてできてなかった。
「じい様にされた教育、そのまま実行しただけなんだろ。男だからって、厳しく?それが子どものため?」
こんなこと言ってる俺自身、あの時は「男なんだから」って、我慢した。いや、我慢してるなんて意識もなかった。俺はあのとき、胸の中にくすぶる感情を、見ないふりした。
「結局は、上総を甘やかせるように、じい様へ『しっかり教育してます』ってポーズを見せるためだけの、駒みたいなもんだったんじゃねぇの?」
本当は、こんな言い方をしたいわけじゃない。けど、一度飛び出した感情は、うまく制御できない。まったく、だから無視したのに。
「いつも上総がうらやましかった。」
上総は、母さんの愛情に飢えてたみたいだけど・・・俺は知ってたんだ。
「母さんにおこられる時は、必ず上総のことが引き合いに出されて・・・。」
『同じテストで、上総は○点だったのよ?』って・・・。母さんは、いつも上総のことを気にかけてた。表面には出さないけど、持ってくるテストとか成績表を見てはにっこり笑って、それから、『あの子、がんばりすぎてないかしら?』なんて心配して。
「いい成績とってほめられても、結局は、上総にかなわなくて・・・。俺だって、がんばってるのに・・・。」
愛情・・・親からの、無償の愛。それに一番飢えていたのは、俺だったのかもしれない。
「俺は・・・本当に必要な存在だったのかなって、俺自身は・・・」
「大和。」
ずっと、何も言わずに聞いてくれていた飛鳥が、そう言って、俺を・・・抱きしめた。
「大和は、いらんくなんかない。」
もう何年も縁がなかったぬくもりは、母さんのことを思い出させた。
「お母ちゃんが、どないな考えやったかは、正直わからへん。おらんくなってもうたお人の心は、推測しかでけへんのや。」
飛鳥も、・・・その時の伊予さんも、嘘はつかなかった。憶測で俺をなだめることくらい、いくらでもできただろうに。
「けどな。大和は、お母ちゃんのこと、覚えとるやろ?」
俺が、知っているはずだから・・・。母さんの、俺に対する気持ちは、一番、俺自身が感じ取っていいただろうって・・・。
「それにな・・・。みんな、大和のこと必要やって思っとる。おねえはんも、伊予はんも。秋葉ちゃんも、部活のみんなも。甲斐や・・・美作さんかて。それにな・・・」
飛鳥は俺を放して、目を合わせた。
「うちにとっても、大和は必要な人や。」
なんでだろう。飛鳥は・・・いつも、俺が欲しい言葉をくれる。
「ホントに・・・?」
「ホンマや。」
そう言って笑う飛鳥の笑顔に、俺は、救われた気がした。
あの後、俺は飛鳥に告白した。俺にとっても、飛鳥は必要な人だって。それから・・・すごく、大切な人だって。だから、その・・・親友から、恋人になってもらえないかって。今までの関係が、壊れてしまうんじゃないかと、少し怖かったけど。飛鳥は、泣いて、「うれしい」って。「ホントは、ずっと前から好きやった」って聞いて、俺は胸が熱くなった。
今日の試合は、絶対勝って見せるからな。いろいろ心配かけたこととか、ずっと支えてくれたこととか、ほかにも、いろいろと。全部ひっくるめて。勝利という喜びと、一番伝えたい気持ちを一緒に。
「大和、ボール行ったぞ!」
「残り三秒!」
届け・・・‼
「ありがとう」
終