第十二話 転校生の話〈後編〉
第十二話 転校生の話〈後編〉
「全魔法師に告ぐ。今回の作戦は成功した。非魔法界は以前のような生活を取り戻せた。」
なんとなく、落ち着けない日だった。だから、珍しく部屋の掃除をしていると、伝書フクロウが忙しく窓を叩いてきた。
こういう時は大体、魔法省からの連絡だ。
フクロウの持っていた手紙をもらうとすぐにフクロウは飛んでいった。
窓を閉め手紙に目をやると、案の定、魔法省の印鑑があった。
「またお仕事かと思ったらこれ、違うじゃん。」
手紙の内容は、今回の戦争によって様々な改革を行うという旨のものだった。
「やっと色々変わるのか……」
5枚ほどある手紙を流し見る。改ざん時に使用した人体蘇生魔術を改めて禁ずるとか、そういった内容。3枚目に差し掛かろうとした時、信じられない文字が目に入った。
『二度とこのような悲劇を起こさないよう、魔法界から非魔法界への干渉を一時的に禁止とする。なお、伝統的に非魔法界に住まう一族のみ、これを許可する。また、魔法の存在を非魔法界の人間に知られるようなことは断じてあってはならない。』
(これってつまり……私は、あっちに行けないってこと……?)
文書を詳しく読むと、今まで用意されていたゲートが閉じられるとのこと。
正直、手段がないと言うわけではない。
【転移魔法】だ。幸い、過去の仕事の記録で、おおまかな座標は調べてある。だが、この方法には問題がある。
誰1人として、転移魔法を使える術師はいないのである。そもそも、ゲートは古代の魔術師が作ったもの。そういうものとして教わるし、そういうものとして扱う。だから誰も、転移魔法を習得しようとなんてしなかった。いや、もしかしたら、させなかったのかもしれない。
非魔法界が魔法界に干渉することはできない。「魔法」という、圧倒的な力によって不可能を可能にしているのだ。
『私っ、アカネさんと、お別れしたくないっ!アカネさんは、唯一、私の話を聞いてくれてっ!私に夢を見させてくれてっ!私に優しくてっ!こんな人っ……初めてで……嬉しかったっ、からっ。』
「……っ!」
このままでは、だめだ。やっと仕事が片付いたのだ。あの子のために――と言うよりも、自分が、どうしてもまた、会いたかった。
会って何かをするでもなく、ぼんやりとして、他愛のない話をしたかった。もしかしたら、忘れているかもしれない。というか、ほぼ確実にそうだろう。
それでもよかった。いや、何もよくないのだが。ただ、言葉にはできないような気持ちだ。
(【転移魔法】、か……。)
できるかできないかで言ったら、恐らく「できる」だろう。しかし、相性が悪いのも事実だった。
いわゆる世界間の移動には、ものすごく魔力を消費する。私に備わっている魔力量では、当然、不可能に近い。
そもそも、物を運ぶ魔法は存在していて、その応用だ。ただ、運ぶ対象の大きさが大きい上に、場所も遠い。もしかしたら、意外と近くにあるのかもしれないが、それすらも分からない。「わからない」というのは、魔法を使う時に大きなデメリットになる。なんせ、イメージの世界だ。想像しにくいことは、魔法で再現などできない。
無理難題ではある……だが、希望は消えていない。
これまで積み重ねてきた努力を、経験を、全て生かすのだ。正攻法では時間がかかりすぎる。
(何か……何か取り憑く島がないか……!)
それからというもの、魔法界随一の図書館で古代魔術に関する文献を読み漁っては、どうにか実現できないのか考える。
そんな生活を一体何ヶ月、いや、何年も続けていた。
「これって……!」
古代文字を解読し、魔導古書を読んでいる時のことだった。そもそも、古語を解読するというだけでも無理な話であるが、縋るような思いで地道に解読を進めていった。
そこで見つけたのは、転移魔法に関することではなかった。だが、世界的な発見となるものであった。
私たちが普段から使っている「魔法」や「魔力」についての研究資料だった。
「大気中にあるマナと呼ばれる物質を体に取り込んで魔力にする、か。魔力はもう体内にあるそういう物として見られてるから……これってだいぶ大きな発見なんじゃ……」
今の魔法界は、なんとなく、で魔法を使っている。なぜなら、戦争での戦力としてしか魔法を見ていなかったから。
そして、私の論文が魔法界で有名になった頃には、非魔法界へ向かうことができる権利を得ることができた。ここまで来るのに、もう10年は経っただろうか。
10年、というのは、我々魔法師にとっては短いが、非魔法界の人間にとっては、それはそれは長い時間であることもわかっていた。
もしかしたら、いや、きっと、覚えてはいないだろう。それでも、元気な姿を見ることができれば、それで良かった。
ゲートへ入り、転移装置によって非魔法界へと運ばれた。なんともいえない浮遊感があり、あまり、頻繁には使いたくないというのが正直なところ。何度経験しても、これだけは慣れることはなかった。
10年。私たちにとっては、ほんの一瞬のような時。そんな時間で、人間はここまで進歩するのか。一歩目からそう思わせられた。10年前の焼け野原は無かったことにされたにしても、高いビルに整備された道。空気も澄んでいて気持ちが良い。
「るり……」
景色に見惚れるのも良いが、私には目的がある。
かつて、ひとときを共にした少女。彼女の姿を一眼でいいから、確認したかった。
しかし、一日中探し回っても、彼女を見つけることはできなかった。
それも、仕方ないのかもしれない。
どんなに自分にとって都合の悪い状況でも、受け入れるしかない。——あの子もそうだったように。
茜色だった空は、気がつけばポツポツと電灯の光が目に入るくらいには暗くなっていた。嫌なくらい差していた陽も、月の光に代わっていた。
一度、魔法界へ帰ろうかとしていた時、ふと、肩を叩かれる。
「……もしかして、アカネさん、ですか?」
「……!?」
目の前にいたのは、あの時よりも大人びた、けれど、どこかあの頃の雰囲気を纏ったままの、るり本人だった。
……覚えていて、くれていた。けど、どうやって?
あの時かけられた魔法はとても強力な物で、避けることなど、不可能だったはずだ。
再開した瞬間に、色々な想いが溢れてくる。
たくさんのことを考えているはずなのに、それが言葉になることはなかった。何も言わない私を心配したのか、るりから話を続けてくれる。
「……これ、ずっと大切に持っていたんです。どんな時でも、ずっと。」
差し出された手のひらには、あの時のお守りがあった。彼女の名前の色でもある、瑠璃色のそれは、昔と同じ輝きを放っている。
「……それ、ただの魔力の塊だって言ったじゃない。」
「お守り、とも言ってましたよ。」
「何の効果もないのにね。」
返事をしただけで、10年分の想いが溢れそうになる。……でも、今は——
「あの。ついてきてほしいところがあるんです。」
彼女に言われるがまま、後をついていく。隣に立って歩いている、というのを実感するたびに、胸が熱くなった。
道中、会話は一切なかったが、不思議と、心は暖かかった。
「……ここ。私、ここに住んでいるんです。」
連れてこられたのは、ごく一般的であろう、マンションだった。
「部屋、来てください。」
そのまま彼女の部屋に上がると、急に身体を抱きしめられた。胸元から、彼女の啜り泣く声が漏れ出ている。
「……ちょっ、え。どうしたのよ。」
「よかったあ。思い出せて、ほんと。」
「どういうこと。説明しなさい。」
「……アカネさんって空気読めないですよね。」
「泣いて抱きつかれるのは初めてなの!」
「私も、泣いて抱きついたのは初めてです。」
ふいに目が合った。はっきりと彼女の表情に、「嬉しい」と書いてあるかのようで、気恥ずかしくなってくる。
「……はい、落ち着いたでしょ?」
「まだまだ興奮してます。」
「冗談はいい加減にして、『思い出せてよかった』ってどういうことなの。」
「……話さないとだめですか?」
「駄目。」
「絶対?」
「絶対。」
どうして、そこまで渋っているのか。大体、予想はつくが。
「……私、道でアカネさんとすれ違うまで、アカネさんのこと、あの日のこと、忘れていたんです。」
「……やっぱり。」
「怒らないんですか?」
「抗えない現実ってのはあるもんよ。実際、膨大な力があなたたちに干渉したわけだし。……でも、どうして思い出したのかしら。」
「なんか、顔を見た瞬間に、こう。あの日のことがブワアアアって頭に入ってきたっていうか。」
もう一度、彼女の持っていたお守り、もとい、魔力の塊だった物を見る。
……やっぱり。魔力が抜けている。
道端で一瞬見た時には、まさかと思ったけど。もしかしたら、これに込められていた僅かな魔力が働いたのかもしれない。
これが良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからなかった。
私の心は今、ぐちゃぐちゃだ。
……私は、この子の嬉しそうな顔を壊さなければならない。
「……アカネさん?どうかしましたか?」
「いいえ、何でもないわ。」
どうせ壊れるのなら、いっそ——




